5th anniversary and Hideaki's HAPPY Birthday!
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「ヒデ、お前…っ」
「遠藤をお前に貸し出してやろう。ただし1ヶ月の期限付きで」
「1ヶ月…?」
「あとひと月で学生会業務も終わりだ。人参がぶら下がっていればこの馬鹿も真面目に仕事をこなすだろう。学生会の円滑な運営のためだ。協力しろ遠藤」


理路整然と、この男は何を語っているのだろう。全く理解云々以前の問題だ。
しかしその裏で、英明の企みがしっかりと聞こえてくる。おそらく和希だから――わかる。


「待てよヒデ!コイツはモノじゃねぇぞ!冗談も休み休み――」
「だからお前は馬鹿だと言うんだ。お前の努力如何で、遠藤はお前になびくかもしれないぞ?」
「う゛…っ」


丹羽は反論しようと息巻いたものの、王様らしい正義感は己の欲望の前にあっさりと崩れ去った。
所詮口で敵う相手でもない。


「どうだ?遠藤」
「俺は…っ」
「それともいっそ、全てバラすか。それも手っ取り早い方法ではあるな」
「――っ…」
「丹羽がお前を殴れるかどうか、試してみるというのも一興だな」


初めから和希に拒む選択肢などない。答えはひとつしか認められない。異議など、唱えるだけ無駄だ。


「おい、何の話…」


訝しんで、脇から口を挟もうとする丹羽を無視し、英明はすっと近づいてきて和希の脇に身を寄せた。
耳打ちされた言葉に逆らえもせず、促されてファイル棚の陰に移動すると、丹羽の眼の届かないそのスペースで、英明は益々身体を密着させてきた。


「ちょっ…」


抗議など、無論意味を為さない。


「――丹羽に聞こえてもいいのか?」


どうせ端からそのつもりでいるくせに。


「なんですか」


乗せられないよう、出来る限り冷静なフリをして夏の白いシャツから眼を背けた。
そんな和希を眺めて英明は薄く微笑うと、細い顎を指先で摘み上げた。


「丹羽に告白されて、ときめいたんだろう…?」
「な…っ」


動揺が、和希を急に気弱にさせる。
どうして――気づかれたんだろう。いつもの軽口…なのにその眼は本気だった。
鎌をかけたわけではないらしい。じゃあ何故。


「――安心しろ。お前は俺以外の男に夢中になることはない。ひと月の辛抱だ」


英明は過剰とも取れる自信を湛えた口唇を、和希の頬に近づけた。


「…っ」


総てが自分の思い通りになると信じて疑わない――


「一ヶ月のお預けだ」


そう言って、吸い付くようなキスを仕掛けてくる。


「――」


どうしてこんな卑屈な感情で、こんな男に屈しているのかがわからない。
自分がわからない。


身を任せたまま英明のシャツを強く掴んだ。情けない自分の、せめてもの矜持のつもりで。




その日は、英明の計らいにより丹羽と一緒に下校することになった。
幾重にも幾重にも降り積もった気まずい材料が、ふたりの関係を余計にぎくしゃくとさせる。


「――ヒデの野郎、なに考えてんだろーな!ったく、元々わけわかんねーヤツだけどよ」
「えぇ…」


英明は、和希を試しているだけだ。和希の口から言わせたいだけだ。
丹羽よりも英明を選ぶ、とそれだけを。


「なぁ遠藤」
「はい」
「あーその、さ」


丹羽はすっかり暮れた夜空を見上げ、また頭をがしがしと乱暴に掻いた。


「あんま気にすんな。…つーのもなんか妙だけどよ」
「はい…」
「あ、でも、俺がお前のこと好きなのは変わんねーから!なっ?」
「………」


大きな厚みのある掌が、今度は和希の髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜた。


「わっ…王様ちょっ…」
「お?悪ィ悪ィ」


丹羽は本当に、どこまでも突き抜けて明るい。本当に、正反対だ。あの男と。
もし本当に自分が高校生であったとしたら、英明よりも丹羽を好きになればよかったと――思ったかもしれない。
それがエゴイスティックな感情だと気づきもせずに。


丹羽に伝えていない真実が、胸に小さな染みを作る。
秘密主義な訳じゃない。伝えるのは得策ではないと判断した――大人としての自分が。
その結果がこれだ。


――英明と自分は同類にも等しい。利己主義の塊。




記録的な猛暑の夏休みが終わる、数日前のことだった。









新学期が始まって、丹羽会長は酷く真面目に学生会室に通っている、と啓太から報告を受けた。
帰省していた親友は、自分が不在の間に起こった出来事を聞かされ、ひたすら「嘘!」を繰り返していた。
当の和希でさえ、未だに信じられないでいるのだから無理もない。


二学期に入ってから和希は、俄に本業が忙しくなり、なかなか学生会室に顔を出せないでいた。
決して避けているわけではないのに、そう邪推されるのではと思えば歯痒い。
何も事情を知らない丹羽――から連絡があったのは、それから間もなくのこと。
次の休みに何処かへ出かけないか、と。
期間限定の契約とは言え、付き合っているという名目上、デートするのは不思議でもなんでもないことらしい…。
だが生憎、次の日曜には予定が入っていた。


「すみませんあの…来週なら空いているんですが」
「お?そうか。俺はどっちでもいいぜー?どっか行きてぇトコあるか?」
「特には…」
「ふーん、そんならお任せコースな。楽しみにしとけよ?」


後ろめたい気持ちが、ごめんなさい先約がありますだけで終われずに、つい予定外の余計なことまで口走り後悔する。
こんなに出来の悪い人間ではないつもりだった。ずれ出した歯車は、いつまで経っても元に戻ろうとしない。
英明は…あの聡明な頭脳は、どこまでこんな状況を予測していたのだろう。




――約束の日、丹羽は遅れもせず和希を迎えに現れた。
これくらい真面目に学生会の業務にも精を出してくれれば、英明の眉間の皺も少しは柔らかくなっただろうに。
そんな余計なことをつい考えていると、


「遠藤がどこに行きてぇとか全然見当つかねぇしさ、ヒデの野郎に訊いたんだけどな」
「えっ…?」


まさか見透かしたわけでもないはずだが、英明の名を出されて正直どきりとした。
学園を離れるバスの中――


「したらさ、ヒデのヤツなんつったと思うよ」
「さぁ…」
「知らん、だとよ。あの冷血漢、どんだけ冷てぇんだか」


丹羽は、その後も無意識に英明を陥れる発言を繰り返した。雄同志の争いのようなものなら、それも有りなのかもしれない。
自分を優位に立たせようとする、計算ではない本能的な言葉で、丹羽を非難したりしない。
他人事のように醒めた眼でそんな分析をしている自分を、むしろ不快に感じる。


「でもよーヒデのヤツに、バイクはやめとけって釘刺されたぜ? いい季節だし、どっか走りに行くのもいいかなーって思ってたんだけどよ。 あれか?スピード系とかダメな口か?」
「い、いえ…そういうわけでは…」
「んじゃヒデの心配しすぎか?ヘンなヤツ」


決してバイクが苦手なわけじゃない。ただ、乗ったことがない――それ以前に乗ることがない――それが不文律のようになっている。
リスクは避けなければならない。鈴菱の人間として。TOPに立つ人間として。広い意味でのリスクマネジメントだ。
幼い頃からそうやって育てられてきた。でも何故それを英明が…?
今まであの人の前で、一度も口にしたことはないはずだ。


ふたりを乗せたバスは駅前に到着し、そこから私鉄でまたしばらく走る。
何処へ行くのか訊きそびれたまま、たどり着いたのは水族館だった。


「結構デートっぽいだろ?」


ニカッと歯を見せて笑うのが、照れ隠しのようにも見えて、如何にも18歳らしいなと唐突に思う。
英明は、凡そ実年齢とはかけ離れた人間で、ついでに言えば…人間性においては今更語るのも馬鹿馬鹿しいほどだ。










「――遠藤はさぁ、ヒデのヤローが好きなんだろ?」
「……っ」


水族館の薄暗い通路に、水槽が青く揺らめいて映り込んでいる。
一心に泳ぐイワシの群れを見つめている横顔が、不意に訊いた。正面から顔を見ない丹羽は、それはどこか彼らしくない。


「なのになんで、ヒデの無茶な提案なんかイヤだって言わねぇんだろーなってな」


和希の顔を見ないのは、この図体のデカイ18歳なりの気遣いなのだと知る。


「バラすとか何とか言ってたけどよ、ヒデに脅迫かなんかされてんなら言えよ?」
「――いえ、あれは…本気で言っていたわけではないと思うので…」
「ならいーけど…な」


丹羽は、和希が力で、言い換えれば暴力で支配されているという思い込みからまだ抜け出せていないらしい。
和希自身も、それを否定するだけの材料を持ち合わせていない。


「中嶋さんのことは――好きです…けど、それだけで、それ以上でも以下でもないんです」
「なんだそりゃ?」


ぐりんっと首を廻らせて、丹羽のふたつの眼がこちらを向く。
勢いに若干怯んだが、眼を逸らせなかった。


「なんかさ、なんかヘンだよなお前らって」
「えっ…?」
「初めはヒデに遠慮してんのかって思ってたけど、何か違うよな。あーなんつーかさ、高校生らしくねぇんだよ。傍から見てても」


背筋がぎくりとするのを、辛うじて無表情の中に押し込めた。


「16だろー?お前」
「………ハイ」
「もっとバーンとさぁ行きゃあいいんだよ、第一そういうもんじゃねぇの?好きな相手にだったらよー」


何も答えられなかった。答えてはいけない気がした。16歳じゃない、高校生じゃない。ひたすら真っ直ぐで周りの見えない恋愛など、もう無理だ。


「怒れよ遠藤、お前はもっと怒っていい」
「…?」
「ヒデのバカに、身売りみたいな真似させんなって」
「それは…」
「――それが言えねぇんなら、俺にしとけ」


丹羽の声はどこまでも優しく真摯で、胸を震わせた。それでも、頷けない。


「ゴメンなさい…」


英明じゃなければダメなんて、こっちが口惜しいくらいだ。あんな最低な人間を。


「…旨そうだなー」


空気をぶつ切りにして、丹羽は再び水槽を眺め呟いた。イワシの群れは、音も立てずに見事な連携で旋回を繰り返している。


「そうですね…」
「お、そうだ。今度釣りでもすっか!学園でも意外に穴場があるんだぜ? …あ、でももうひと月済んじまうか」
「――そんなの…関係ないですよ。いつでもお供します」
「そうか?じゃそのうちな」
「ハイ」


気を遣ったと思われなかっただろうか。丹羽は爽やかに笑って見せてくれたけれど。


「あ、じゃあ寿司でも食べて帰りましょうか?」
「お、いいねぇ〜」
「でも…水族館帰りに寿司ってどうなんでしょう」
「んなの気にすることねぇだろ?魚だって旨い旨いって食ってもらえりゃ本望だ」


ワリカンな、と丹羽は和希の背中を叩いて促した。









【ヒデ様おめでとう'10】
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