5th anniversary and Hideaki's HAPPY Birthday!
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寮に帰って丹羽と別れ、自室に戻ると全身から緊張が抜けていった。
自分でも気づかないほど、気持ちが張り詰めていたらしい。
丹羽の想いが真っ直ぐな分、応じられないことが心苦しいだけじゃなく、偽りだらけの自分の存在が申し訳なかった。


ベッドに突っ伏して眼を閉じる。


疲れた…


いつもの休日なら丸一日寝て過ごすか、あるいは英明と互いのどちらかの部屋で過ごしていることが多い。
約束のひと月が過ぎた後、あの男はどうするつもりでいるんだろう。
何もなかったかのように、以前と同じような関係に戻る…戻れると思っているのだろうか。
当たり前の顔をして和希に触れる――絶対に和希の気持ちは揺るがないと根拠もなく断言していた。


…丹羽に話した通り、英明のことは好きだけれどもそれだけだった。そのつもりでいた。
深入りせず、ドライで割り切っていたいと望んだのは、英明の求める関係もそうだったから。
求めすぎれば苦しい。永遠に手が届かないものを欲する程惨めなことはない。
それも、あんな人間を。


これは、十二分に本音だ。


ゴロリと寝返りを打って天井を見上げた。疲れているのに眠れそうにない。
早めの夕飯を寿司屋で済ませて帰寮したから今はまだ7時かそこらのはず。実際、寝るには早い。


静寂を破って、机の上に放り出してあった携帯が振動しだしたのを、枕から顔も上げずに手探りで取る。


「――はい…」
『あ、俺だ、俺』


何処かで聞いた詐欺の決まり文句のような丹羽の呼びかけに、思わず口元が緩んだ。


『悪ィな、寝てたか?』
「いえ…平気です。何か?」
『あーあぁうん。今日はその…よ、わざわざ付き合ってくれてありがとな』
「――」
『んで、その…あー、なんだ』
「? 王様?」
『あーあのな?』
「はい」


きっといつもの調子で、携帯を片手に頭をがしがしと掻いているんだろう。そんな姿が容易に想像できる。


『――今日、俺が言ったことあんま気にすんな。つけ込むような真似したくねぇからよ。まぁ、もう十分つけ込んでんのかもしんねぇけど』


丹羽はやはり何処までも丹羽らしく、これで心動かされないほうがおかしい。
あってはならないことだとわかっていても、同情めいた気持ちさえ…抱きそうになる。


『そーゆーこったから。んじゃな、おやすみ〜』


最後はいささか呑気に電話が切れて、ひと息つく間もなく、今度は部屋の扉がノックされた。









「――はい」


あまり躊躇わずにドアを開けたのは、通話での丹羽のテンションが伝染していたせいかもしれない。
扉の先に立っていた人の姿に、瞬間言葉を失った。


「帰っていたのか」


冷静になってみれば、仰天するほどのことじゃない。自分の想像以上の動揺は、後ろめたさに由来するものか。
だとしたらそんな理不尽なこと…が――


「丹羽と出掛けていたんだろう。どうだった」
「どう…って」


和希の様子になどまるで関心を示さず、許しも得ず勝手に部屋に上がると、英明はいつものシニカルな笑みを浮かべて問う。


「楽しかったのかなどと、俺が訊くと思うのか」
「じゃあなん…」
「丹羽とはもうヤったのか。どうなんだ?」
「なっ…」


ひたすら絶句。一体どんな構造になっているのか、この男の頭は。どうしてすぐそっち方面に話を進めたがる。
誰しもが自分と同じだと思うのがそもそもの間違いだ。本当にどうしてこんな人間に対して、罪悪感を感じなければならないんだろう。
つくづく自分が嫌になる。


「…言葉に出来ないほどよかったのか?」


一気に罵りの言葉を投げつけてやりたかったが、突き抜けた憤りは脱力感を生むだけだった。


「そんなくだらない話をするためにわざわざいらしたんですか」


ぬるい嫌味に怯む相手でもないこともわかっていたが、


「ああ」


こうもあっさりと肯定されれば、おそらく100人中100人が逆に不審に思うはず。


「ああって――」
「丹羽と何処へ行った、何をした、何を喋った…お前にはくだらないことだったのか?」
「…問題をすり替えないでください。大体、仕向けたのは貴方ですよ。…ああ!まさか今更ヤキモチですか」


吐き捨てるような皮肉だってどうせ、針の先で刺したほどの痛みも与えられないのだろう。
悔し紛れに放ったひと言が、この男にとって100%ありえないことくらい――…


「ああ、お前の言う通りだ」
「……はい?」


張り詰めた空気の角が、急にひしゃげたような感覚だった。
何を言っている?またどうせいつもの軽口だろう。そうに決まっている。
なのに英明の眼差しが、いつも冴え冴えと冷たい氷のような瞳が、和希を見ている。
ただ黙って何も言わずに語っている。お前の言う通りだと。


「何を今更…そういうの、虫がいいって言うんですよ」
「…だろうな」
「っ…」


駄目だ、調子が狂い過ぎている。今、1メートルほどの距離を置いてこの男と向かい合っていることさえ不思議に思えてくる。
英明を、この最低な人間をどれだけ好きか。どんなに欲しているか。
誰に言われずとも、それこそ自分がよく分かって――いる。
憎らしくて仕方ないのに、相反する感情が、素肌に触れたいと願ってやまない。


「いくら謝ったって…っ」
「許しを請うつもりはないが」
「じゃあ何ですか!」


憎しみが倍増するほどの余裕の表情を見せ付けて、英明は一歩和希に近づく。それだけでもうこんなに胸が苦しい。


「――俺の必要性を改めて認識できただろう?」


自信に満ちた微笑みが、あの日の学生会室での表情とリンクする。
全て和希の予想通りだった。したくもない理解を無理矢理押し付けられる感覚に、全身総毛立つ。


「お言葉ですけど、俺は初めから…!」
「初めから?」


「………俺、今ものすごく貴方を罵倒したい気分ですよ…」
「そうか」


遠慮などせずいくらでも?と言わんばかりに両手を広げて見せる。
他人の神経を逆撫ですることにかけては右に出るものはいないんじゃないだろうか。全く。
もう本当にどうにでもなれ、だ。










「俺はちゃんとっ、……自分の気持ちに揺るぎない自信があります。むしろ問題は中嶋さんの側ですよ」
「俺が、なんだ」
「俺は、中嶋さんに一度も好きだとか言われた覚えはありませんし、付き合ってくれとも言われていませんからね」


鼻息も荒く居直った感のある和希を前に、腕組みの恰好の英明はふんと鼻白んだ。


「その当てつけに、付き合ってないなどと言ってアレを誘惑したわけだな」
「誰が誘惑なん…っ」
「お前がきっぱりと断っておけば、丹羽もあそこまで食い下がったかどうか」
「――」


今…顔がピキピキと引きつっている気がする…


「だって中嶋さんが気を悪くするでしょう?付き合ってもいないのに俺が勝手にそれを認めたら」


嫌味には嫌味で応酬しなければ。
いい歳をして大人気ないなどと揶揄われる前に。
む、と押し黙った英明に内心勝った!と思ったのもつかの間、


「――それで、お前はこれからどうしたいんだ」
「それはこっちのセリフ…っ」
「お前には俺が必要だと認識できたんだろう。だったら――足掻くだけ無駄だと思わないのか」


理不尽な断定に唯々諾々と従うつもりなど毛頭ない。本当にないのに、英明がまた少しこちらに近づいて、それだけで心が緩んで絆される。
そんな風に隙だらけなのを当然の如く見透かして英明は、更に和希との距離を縮めた。


ここ数週間ほとんど顔を見なかったし、連絡も取らずにいたせいか、変に懐かしいような気もするし、胸の奥のほうからじわりといとおしさが染み出るような気もする。
苛立ちは治まり切ってもいないのに。つくづくこんな我が身が恨めしい。


「……どうしてなんですかね」
「いきなり何の話だ」
「これでもきちんと分別のある大人でいるつもりなんですけど、貴方みたいな最低の人間を好きでやめられないのって」


長々と――これは嫌味ではなく本気で――溜息をこぼすと、名指しされた最低な男はくくっと忍び笑って、和希の項に手を添え軽く引き寄せようとする。


「…ダメですよ?まだ1ヶ月経ってません」


キスを狙って近づいてくる、端正の極みのような顔を両手でぐいと押しやった。


「自分で言ったことくらいきちんと守っ…」


力ずくで来られれば敵わないことくらい承知していたが、英明は和希の頭をそっと引き寄せ、熱を測るときの親密な仕草のように額同士をぶつけ合わせた。


「今回は譲って撤回…してやってもいい」
「なんですか、その中途半端な譲歩」
「――お前が居ないのは、煙草を切らすより余程都合が悪いからな」
「そんな遠回しな例えでは、全然伝わりませんよ」


僅か5、6センチの距離から見上げる英明は何処となく難しい顔で、その眉間の皺だって見たのは久々かもしれない。


「――そういうときは、俺にキスしたい…って、やっぱりお前が居ないと駄目だった――って言わないと」
「…どうもミイラ取りがミイラになったらしいな」


八割方諦めの呟きの真意は、数週間ぶりのキスによってうやむやにされた。
甘く繰り返される口づけに、和希もそのうち何もかもどうでもよくなって、何か肝心なことを忘れているような気がしたが、 性質の悪い毒は、理性どころかまともな思考能力さえ易々と奪っていく。









【ヒデ様おめでとう'10】
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