再び問う冷静な英明の声に、3人は少ない脳ミソで算段をしたらしい。
学園内でも丹羽は武闘派で広く知られている。
一方で、学生会参謀の英明は一見判り易い頭脳派で、重要なアイテムである和希を頭数から除いた上での三対一なら余裕で勝てると踏んだようだ。
むしろ勝てなければおかしい――と、息巻いて飛びかかった筈だったが、ほんの瞬きほどの時間で3人が3人とも、 無様な呻き声をあげて、雨の路面に転がっていた。


「――英明!」
「………」


己の身に何が起こったのかまるで理解していないその内の一人の手首に、英明の靴先がめり込んだ辺りで和希の待ったが掛かった。
無為な暴力はやめろと言うことらしい。


「誰の差し金か吐かせなくていいのか」
「……ある程度は把握しているから。この子たちを締め上げても意味はない。それより喋る気力もなさそうだし」
「お前はそれでいいのか」


和希が頷くので、英明は渋々踏みつけた相手の手首を解放してやった。
和希の言うように、転がった三人は英明の一撃に沈み、逃げ出せる余力もなさそうだった。


「――だったら長居は無用だ。戻るぞ」
「え…この子たちは」
「放っておけ、死にはしない」


下手をすれば、人を呼んでこいつらを寮まで運ぼうと言い出しかねない和希を急かして、歩き出す。
どこまでお人よしだと忌々しく呟けば和希は、「お預かりしている大事な生徒だ」と真顔で返してきた。
言わんとすることは理解できる。憎むべきは奴らの雇い主であって、馬鹿な生徒たちではない、と。

しかしそれでは英明の気持ちが治まらない。三段蹴りを喰らわせて落としたところで、気が済むわけもない。


「――英明!濡れるって。そんな急がなくてももう大丈…」


強引に和希の手を引いて早足に進む。
傘を差し向けられても意味をなさず、すでにずぶ濡れだったが構うことはない。


「英明の忠告を聞かなかったのは確かに俺の落ち度だし、心配を掛けたことも謝る。だからそんなに――…」
「そんなに、なんだ」
「…怒らないで欲しい。それからちゃんと傘に入って欲しい。君に風邪を引かせるわけにはいかないから」
「………」


怒ってなどいなかった。ただひたすらに腹立たしいだけだった。
この腹立たしさは何に起因するものなのか、自分では十二分に理解っているつもりだった。
無論あの三人組に対してもそうだし、あいつらの裏にいる黒幕にもだったが、何より眼の前にいるこの男が、 何も――、一切何も理解っていないことが、英明の苛立ちを増幅させている。


「お前は――…」
「英明…?」


子ども扱いも、和希の立場を思えば致し方ないと受け入れていた。
見当違いな感情をぶつけて、軽くあしらわれるよりはずっとマシだと知っていたから、甘んじてその立ち位置を守っていただけのことだ。


「英明…どうし、」


雨が強かに英明の背中を打つ。
傘を傾けて、不意にこちらを向いた英明の顔を不安げに覗き込む和希の、実際の歳よりはずっと幼く映るその姿を視界に捉え、両腕を伸ばした。
和希の、華奢な体躯が軋むほどに強く抱き寄せて、肩口に顔を埋める。
ずっと手に入れたかったもの。望んでも叶わなかったもの。


「ど…どうかした?気分でも悪い?」
「ああ…」
「それなら早く寮に戻っ」
「――久々に呑みに出たはいいが、薄らボケの理事長のことが気になって戻って来てみれば案の定だ。俺の寿命がどれだけ縮まったと思っている」
「…な、」
「あれだけ釘を刺してやったのに、護衛の一人もつけずに、わざわざ相手の懐に飛び込むような真似をして。 俺が通りかからなかったら、今頃自分がどうなっていたか本当にわかっているのか、お前は」
「え、えーっと、英明…?」
「お前が嫌がろうか暴れようが、これからは25時間でも6時間でも、お前の傍に張り付いてやるからな」


困惑と憂慮とが、顔を上げなくても伝わってくる。
篠突く雨の中、英明に抱きしめられたまま和希は身じろぎしない。ただ傘を差し伸ばす腕だけはそのままだった。


「英明、…誤解しないで聞いてくれると嬉しいんだけど、」
「…ああ」
「俺の知っている英明は、他人にはどこまでも冷酷で、容赦なくて、例えば俺がどうなったとしても知ったことかって言うくらいの…、 もちろんちゃんと心配してくれているのはわかっているんだけど、何と言えばいいのか、その…」
「――お前の疑念は概ね正しい。だが、肝心なところに気が付いていない」
「え…?」


どうしてお前を特別扱いするのか、おそらくその答えにたどり着く日は永遠に来ない。言葉を尽くして説明したところで、得心するとは思えない。
緩慢な動きで和希の肩先から頭を起こし、とばっちりですっかり雨に濡れてしまった和希の前髪を指先で掻き分けた。










【和希おめでとう'13】
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