ボンクラの生徒会長から、空から降ってきた転校生を助けたという、到底信じ難い話を聞いた その日の放課後、真新しい制服に身を包み緊張気味の件の1年生が同級生に連れられて生徒会室へとやって来た。
丹羽がそいつを呼び出したのは聞き及んでいたし、それというのも理事長から、転校生の護衛を依頼されてのことだったのだが。


副会長は視るものを瞬時に凍りつかせそうな眼差しで以て、並んで立つ1年生ふたりをしげしげと観察していた。
如何にもおどおどとしたていで、丹羽に礼を言う転校生――ではなく、その傍らに立つ男。
ターコイズグリーンのネクタイに臙脂のパイピングジャケット。学園の制服に身を包んだ立ち姿には確かに見覚えがあった。
どうやら意気投合したらしく、転校生と丹羽が随分打ち解けた調子で話し込んでいる脇で、 傍らの男は誰何する視線に気づいたか、ふっとこちらに顔を向けた。
ゆったりとした視線の動きは、英明の疑惑も何もかも全て、把握済みだと言わんばかりだ。


「………」


こちらへ来いと無言で合図を送ると、奴は存外素直に英明の方へやって来た。
そもそもこの男の姿を見間違えるはずなどなかった。例え場違いな制服姿であったとしても。


「――ついに頭でもイカれたのか」
「…久々の再会だと言うのにあんまりな台詞だ」
「そのなりを見て、お前の頭を心配しない人間がいないわけがない」
「あれ?結構似合うと思うんだけど」


英明の眉間の皺を揶揄うように、和希は意味ありげに笑ってみせる。


「コスプレが趣味とは知らなかった」
「さすがにそこまで暇ではないよ。――詳しい話はあとで」


ちらりと後ろを振り向き、小声で英明に口止めを命じると、和希は伊藤の方へ戻って行った。




消灯後、周囲を憚るようにして和希は英明の部屋にやって来た。
ラフな普段着であればまだ、間違いなく英明のよく知るあの男だと思えるものを。


「――これお土産」


そう言って差し出したのは、缶ビールの6缶パックだった。


「理事長自ら逸脱行為を唆しに来たか」
「ふふ、バレてもちゃんともみ消しておくから安心していいよ」
「そういう問題か?」
「どうせいつも丹羽君たちと呑んでるんだろ?同じ同じ。――あ、つまみある?」
「ったく…待っていろ」


適当なスナック菓子を探して戻ると、和希はすでに最初のひと缶を開けていて、英明に向かって新しい缶を差し出し、早く呑めと急かす。


「何なんだお前は…」


英明の呟きも意に反さない。この男は昔からちっとも変わらない。
しかしそれより今は、何故に和希が自分の学園の制服を着て学内にいるのかを追及するべきだ。


「――で?説明してもらおうか、理事長のコスプレ趣味の話をじっくりとな」
「そんな趣味はないって言ったのに」
「だったら何を企んでいる」
「そんな人聞きの悪い」


英明の妄言を大人の余裕で聞き流して、和希は一連の流れを掻い摘んで説明した。
情報漏洩事件を理事長自らが潜入捜査するなど前代未聞だろうが、理事会との確執については和希からも時折聞かされていたし、その上この男の性格を鑑みれば受け入れるほかない。


「…相変わらずだな。その無鉄砲ぶり」
「そう?自分が動くのが一番手っ取り早いからね。内部調査は西園寺君と七条君にもお願いしたけど」
「………」
「ああ、そういえば仲が悪いんだっけ?彼と」


さも面白がっている口ぶりが腹立たしい。舌打ちしたい苦々しい思いも、この男の前にはさらけ出したくない。それがまた、忌々しい。


「――それにしても、お前の姿を全く見かけないのはおかしくはないか。入学式から二ヶ月近く、学園内はともかく、寮の中でもお前を見かけないなどありえないだろうが」
「さすがに忙しくて中々、ここで食事をする時間もね。食堂の夕飯は美味しいって評判らしいからそのうちゆっくりと思ってはいるんだけど」


朝はぎりぎりまで寝ていて、朝食もロクに摂らずに授業に出ると、放課後は職場へ直行し、そのまま深夜まで仕事。英明ならずとも、どうしてそこまでと疑問に思うのが一般的な反応だろう。


「例の転校生か」
「啓太のことは――詳しいことは話せないけど、とにかく今はあの子の身の安全が最優先される。君たちに頼るしかない状況だ。
無論俺も出来る限りのことをするつもりだから、改めて頼むよ英明…っと、一応後輩の立場なんだし、呼び捨てはおかしいか。
じゃあ…中嶋先輩? 啓太のことくれぐれもよろしくお願いします」


ぺこりと頭を下げる仕草をどんな思いで見ているかなど、おそらく和希は気づかないのだろうと思えば思うだけ自虐的な気分になった。









【和希おめでとう'13】
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