和希の誕生日当日は、丹羽と伊藤はふたりして準備があるとぬかし仕事をサボった。 お前、本当に来ないのか?と丹羽に念を押されたが、業務が滞るだろうと逆に嫌味で返してやった。 ひとりきりの学生会室は、考えてみれば随分久々だった。 数ヶ月前までそれが日常だったと忘れるくらい、今は賑やかなこの部屋。 伊藤が現れ、遠藤がそれにくっついて来て、丹羽もよく顔を出すようになった。 丹羽はおそらく伊藤を憎からず想っているのだろう。 態度にはあまり表れないが、長い付き合いだけに英明には隠し切れていない。 その伊藤は遠藤を慕い、遠藤は―― 「厄介な話だな」 一方通行だらけの、混沌とした学生会。たった四人でこのザマか。 自嘲というより本気で呆れた溜息を漏らし、いつの間にか止まっていた手を再び作業に戻した。 「――あ、やっぱりまだいましたね」 いきなり飛び込んできた声に、はたと我に返った。 足音はおろか、ノックの音さえ耳に入らなかったが、集中していたのか呆けていたのか、まるで覚えがない。 「なんだお前…」 遠藤が立っている。英明の机のすぐ脇に。 「いい加減切り上げないと、警備の者が巡回に来ますよ」 夢でも見ているのかと陳腐な表現をするくらい現実味が薄く、腕時計を見れば時刻は9時過ぎ。 「どうせ食事もまだなんでしょう?これ、残りものですけど」 遠藤が差し出した手には、四角い物体がラップに包まれ載っていた。 「――成瀬さんがパウンドケーキ焼いてくれたんですよ。こっちがドライフルーツで、こっちが抹茶」 「甘いものなどいら…」 「疲れてるんですからちょうどいいですよ。血糖値も上げないと」 食べる気もなかったが、つい何気なく受け取ってしまい、それが何故だか妙に気恥ずかしい。 「それで?こんなもののためにわざわざ来たのか」 「まぁついで…ですけど」 「ついで?」 和希は、例の、頬を掻く仕種で僅かに眼を逸らした。 「啓太が…行ってみれば?って言うものですから」 いきなり忌々しい名を聞かされて、途端に不機嫌のスイッチが入る。 「伊藤がなんだと?」 「あ、いえ、そっちはきっかけって言うかその…啓太から伝言なんですけど、 "素直にならないなら俺と同レベルですよ"って…」 あのガキ…今度会ったらお仕置きだ。 表面上は冷静さを取り繕いつつ、英明は胸のうちで盛大に悪態を吐く。 「――中嶋さん?」 「くだらない話をする時間があるなら、さっさとその伊藤のところにでも戻ったらどうだ」 「人の話は最後まで聞いてください。俺も最初はよくわからなかったんですけど、 そう言われれば、俺もまだ中嶋さんに言ってもらってないことがあるなって思い出したんで」 例えば、街中で屈強な男数人に囲まれたとして、英明ならばたじろぐことも臆することもない。 それが、和希の些細なひと言で、あたかも不意を突かれて胸倉に掴みかかられたかのような―― 「――何の話だ」 「俺、今日誕生日なんですよ」 「知っている」 「誕生日といえばおめでとう、ですよね」 「……」 微笑みを浮かべる和希を前に、一気に脱力した。 なんだそっちか――と危うく口走りそうになって人知れず焦る。 「催促するな。図々しい」 「だってせっかく…誘って頂いたのに、台無しにしてしまいましたし。 それにここなら、その他大勢でもないでしょう?」 和希のそのささやかな希望は、建前なのかもしれない。遅まきながらようやく気づいた。 「あぁ、確かにな」 間を置かず立ち上がり、和希と目線を同じにする。 「しかしお前、祝われてまだ嬉しいと思うような歳なのか」 「もちろん――いくつだって嬉しいものですよ」 「…俺に祝われてもか」 半分は確認の意を込めて問う。 和希の面から笑みが消えたのを認めて、ゆっくりと口を開いた。 「ひとまずおめでとうと…言っておく。それから、どうやら俺は…お前が好きらしい」 一息に告げ、相手の反応を待たずに続けた。 「これで満足か」 それが望んだ言葉なんだろう、と声に出さずに問いかけた。 「――そ…んな正面から来られるとは…、中嶋さんってもっと実力行使の人だと思って思ってました…し」 「そっちのほうがよかったか」 「え…」 「俺だって、本気とそれ以外の区別くらいつける」 「そっ…」 さすがに頬こそ染めないが、どこか照れた風の和希を見るのはそれなりに珍しかった。 「なんだ?」 「だからそういう…こと、言われると、誤解します…から」 「別にどう受け取ろうとお前の自由だ。誤解も何も、どうせ端から信じる気もないんだろうからな」 「んな――」 急に投げ遣りになったわけじゃない。勢いで告白してみたところで、和希が伊藤から離れる道理もない。 一体何を期待したというんだ。愚かにも。 「ホンっとにそういうとこ、啓太の指摘通りですよね」 「何…」 「それが中嶋さんらしさを作ってるといえばそうですけど、もう少し素直になってくださいよ。 俺がここまで、わざわざケーキのためだけに来たなんてありえないでしょう?」 「遠藤…?」 不機嫌なのはこっちのはずなのに、憤懣やるかたないといった調子で、和希は英明を眼前に据える。 「子どもでいてくれたほうが俺にはありがたい気もしますけどね」 豹変したかと思えば、次はやけに余裕あり気な笑みを浮かべて、そんな放言を。 「何が言いたいんだ」 「何ってそんなの――」 【和希おめでとう'08そのさん】 Copyright(c)2008 monjirou Material/Mon petit bambin +Nakakazu lovelove promotion committee+ |