その後、どんな手段を使ってか知らないが、遠藤と伊藤は和解したらしい。


「――すみません中嶋さん。せっかくのお誘いなんですけど…この埋め合わせは必ず」


啓太の計画に参加したいと、和希はわざわざ伝えにやってきた。だから約束はなかったことに、と。


「別に気にすることはない。その日でなければ意味もないからな」
「…それって――でも、先日は確か…」
「なんだ」
「どうでもいいというようなことを啓太に言ったと…」
「誕生日に誘う理由くらいわかれと言った覚えならあるな」


ほんの一瞬和希が浮かべた、はっとした表情を見逃さず、英明は密やかに苦笑する。


「俺は、その他大勢になるつもりもない。…そういうことだ」


いつも何かと騒がしい学生会室が、今日ばかりは和希の張り詰めた呼吸までもが聞こえてきそうなほどの静寂。


「この…間から、中嶋さん何か――変ですよ?そんな、誤解しそうなことばかり…」
「どんな風にだ」
「そ、れは…」


あえて、の問いだと向こうも気づいたのだろう。途端に口籠り、言いにくそうに眼線を泳がせた。


「…あくまでも俺の勝手な思い込みに過ぎませんから。初めに断っておきますけど」
「あぁ」
「――中嶋さん…もしかしてその…俺のこと…?とか…」
「……」


英明が何の反応も見せずにいたので、和希は焦って即座に打ち消そうとする。


「あ、いえ、やっぱり何でも…」


「――そうだ、と言ったら?」
「え…?」
「俺が認めたら、どうする気だ」


和希の表情が凍りついた。少なくともそう…受け取れた。それが全ての答えのように。


「俺の手を取る気もないくせに、なかなか残酷なことだ」
「だっ…」
「俺より伊藤を優先させたお前に、とやかく言える資格はない」


一体何処まで本気なのかと訝る表情が、眼の前で揺れる。誰だってそうだろう。


「確かに俺は啓太を優先しましたけど。俺は別に啓太とは――…」


「知っている。だが、啓太がお前をどう見ているか――にも気づいている筈だ」
「――」


沈黙は肯定に等しい。
和希が面伏せるのを視線で追い、一歩そちらに近づくと、相手は僅かな動揺を見せる。


「お前の正体を知った伊藤は、どう思うだろうな」
「中嶋さん――!」
「別に腹いせにバラしてやろうなどと、腹黒いことは考えない。そこまで俺を貶めるな」


本気で危惧するような眼差しに、口にした傍から思いが揺らぐ。
そこまで啓太が大事なのか――と。


「それを餌に、お前を脅したりもしない。安心しろ」


半ば無理矢理、自分に言い聞かせた。
そもそもそんな思考の流れ自体おかしいのに、誰も否定しようとはしない。
眼の前の相手さえ、怪訝そうな表情を、見せる…ばかりで――


「中嶋さん…?」
「――とにかく、余計な気は回さなくていい。結論は変わらない」


投げつけるように言い捨てて、和希の脇をすり抜け、学生会室を後にした。





結果的に手伝いをふたり失うことになったが、以前と同じに戻っただけのこと。
そう開き直っていた矢先、伊藤が、遠藤までを引き連れ、何も変わらない顔で学生会室に現れた。
一切を聞かされていないのなら伊藤はともかく、もう一方は。


全く柄にもなく心が騒いでそちらに眼を遣れば、それとなく英明を見ていたらしい和希と視線がぶつかる。
互いに瞬きを忘れたように、相手から眼を離せない。


「和希っ」


いきなり割り込んできた尖り声とジャケットの背中が、ふたりの間を遮ったのはあきらかで、
そればかりか振り返った啓太は、激しい敵意を露に英明を睨みつけてきた。


明け透けな態度を見れば、伊藤の考えなど丸わかりで、やはり何処までも幼稚だ。
和希、和希と連呼してみたり、これ見よがしに過剰にボディタッチしてみたり、更に英明に向けられる勝ち誇った笑み。
こんな子どもと張り合った挙句――負けた?


自分の中で、別段重要視されていなかった筈の事柄が、実はそうではなかったと、今更ながらに自覚する。


和希が休みのとき、啓太の態度は益々顕著になるらしく、丹羽の眼があるのをいいことにかなりの暴走っぷりだ。
それをいちいち相手にしてやるほど暇でもないが、作業効率は確実に下がる。


「伊藤、俺が目障りなくせにわざわざ手伝いに来るとは余裕だな」
「あれ?俺が来ないと和希も来ませんよ?いいんですか、それでも」
「子どもに情けを掛けられる覚えはないが」
「…素直じゃないのも十分大人気ないと思いますけど」
「何か言ったか」
「いいえー?」


泣く子も黙る、鬼の副会長中嶋英明と、口を利くだけでも竦みあがる生徒は多いと言うのに、
どうしてここまで侮られなければならないのか、理解に苦しむ。
遠藤は、俺を袖にしてお前を選んだんだろう。
そう投げつけてやりたかったが、さすがに理性が勝ったのでやめた。









そのいちそのさん

【和希おめでとう'08そのに】
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