ごめん、和希。面白半分でふたりの関係に首を突っ込んで。 きっとふたりにしか見えない繋がりがあるに違いないのに、余計なことしようとしてゴメン。 ここまでの一連の流れに、本気でそう思って、思ったからこそ言葉を尽くして頭を下げた。 だけど和希は、予想を裏切る意外なことを告げた。 「…いいんだ啓太。啓太の言うのももっともだし、実際、はっきりさせたいって思ったことも…あるしさ」 「和希――」 「でもな、別に自分に自信がなくて言わなかったわけじゃないんだ」 「…えっ」 「ずっと一緒に…いられるわけじゃない。卒業したらこんな関係も終わる。それなら、このまま壊さずにいたほうがいいって」 打算的だろ、と和希は自嘲する。 「…中嶋さんだって、急に俺が本気になったら困るだろうって、思ってたし」 和希の部屋はしんと静まり返り、何故かひどく寒い。 大人って面倒臭いよなって、以前ならきっと笑い飛ばせてただろう。 「和希、でもさ」 「――だけど俺、啓太に言われて決心したんだ。いっそ全部ぶちまけようかなって。 それで、予定より少し早いけどこれで終わりにしたほうが、中嶋さんだって受験生なんだしさ」 「そんなの――…」 違うだろって言いたいのに、和希は静かに微笑んで、無言で啓太の言葉を遮った。 ヘンだろそんなの、一方的過ぎる。中嶋さんの気持ちを始めからないものにするのかよ? 「和希、本気?」 「あぁ…」 「いつ…言うんだ?」 「えっ」 「和希のことだから、タイミングを見てとか言いそうだけど、すぐセンター試験だよな?」 「あ、あぁ」 まくし立てられ、和希が気圧されている。だって無性に悔しかった。悔しくて無茶苦茶だ。 理性的なフリしてる和希に、理路整然と対抗できないのが、自分の力不足が、何より痛くて。 「だったら今言えば?」 「え、啓太…」 「ほら!思い立ったらなんとかだろ?俺もいるから。大丈夫だから」 まるで駄々っ子みたいなワガママに、和希は和兄の顔になって苦笑する。 「――わかったよ、啓太」 確信は、ない。中嶋さんだって、和希のこと好きなんじゃないのとは思う。 でもあのわかりにくい人は、和希の出方次第で、するりと身を躱してしまいそうだ。 容易く本音を見せてくれない。 和希は携帯を取り、間を置かずに操作を始めた。 「どうするんだ…?」 「どうって、告白しろって言ったの啓太だぞ?」 「そうじゃなくて――!」 呼び出すとか、こっちから出向くとか… そのうちに相手が出たようで、さすがに向こうの声までは聞こえないが、和希は妙に落ち着き払って、 「あ、中嶋さん。遠藤です。今、お時間よろしいですか」 和希の声はいつもより低くて、見たことはないけれど、仕事モードのときはこんな感じなのかもしれないと思った。 「――はい、お話したいことがあります」 和希は啓太に横顔を向け、俯きがちに話し始めた。 「…えぇ、今までありがとうございました」 「(和希ッ!?)」 多分電話の相手も、いや、こんなの誰だって戸惑うに決まってる。 「(和希!いきなり何言い出すんだよッ!)」 傍らでじたばた慌てる親友をちら、と横目で確認しても、和希はまるで動じない。 まさかこのまま電話で話を済ませるつもり…? 「俺――」 言葉を切り、眼を伏せる。痛々しい横顔に、こっちまで胸が苦しい。 「(和…」 思わず小声で呼びかけようとしたとき、和希は毅然と身を起こし、一息に告げた。 「俺、ずっと中嶋さんのことが好きでした――だから、もうこれで」 張り詰めた空気に息を飲んだ。 それを、いきなりノックの音が断ち切った。しかも急かすような、荒々しい音。 ふたり揃って同時にそちらに眼を遣る。 「――」 和希は携帯を耳に当てたままドアに近づき、誰と問わずにそっと鍵を開けた。 即座に外から荒々しく扉が開かれ、ずかずかと誰かが…―― 啓太は咄嗟に、ほとんど条件反射の動きで、バスルームへと身を潜めた。 『…イタズラ電話にしては性質が悪いな』 扉を隔てて声がはっきり聞こえている。突然の訪問者は、和希の腕を引き、強引に部屋の中に上がりこんだようだ。 耳をそばだてれば、近くなった物音だけでも案外状況が判断できる。 『よく聞き取れなかったが、何と言った?』 『――俺は…貴方が好きですと…』 『それで、今までありがとうとはどういう意味だ』 『…貴方の意に反して本気になってしまいましたから。中嶋さんにご迷惑をかけるわけには』 『はいそうですかと納得するとでも思うのか、それで』 姿が見えないことで、声に混じる苛立ちが際立って判る。 中嶋さんが…あの中嶋さんが――和希を眼の前にして度を失っている…? 『ですから…』 『――どうやら俺は、お前の扱い方を間違えていたようだな』 空気がざっと揺れ動いて、急に誰の声もしなくなった。聞こえてきたのは何かがぶつかるような音。 かと思えば、微かに苦しそうな息遣い…が… 「………」 経験の乏しい啓太でもさすがにはっとして、口元を両手で塞いだ。 思わずヘンな声が漏れそうになるのを、必死でこらえる。 扉一枚隔てた向こう側では、陰に潜むものなど(当然)意に介さずに、粘着質な音が次第に大きく響いてくる。 うわぁ… 視えない部分が、TVでたまにやってる洋画の濃厚なラブシーンで、勝手に脳内補完された。 入ってくるのは耳の拾う音だけなのに、なんか…すごく卑猥だ。 シャツの擦れ合う音だとか、口唇の合わさる音だとか、鼻に抜ける声だとか、あうぅ… 現役16歳男子は顔をほんのり染めて、人知れず前屈みになった。 『――伊藤』 「……………………」 え、あっ!伊藤ってオレだ! 「ひゃ、ひゃいッ!」 『出て行くなら今のうちだ。続きを覗き見したいのなら別だが』 「いいいいいいいえッ!」 なんだ――しっかり気づいてたんだ、中嶋さんってば… そーっとシャワールームのドアを開け、ふたりの姿をなるべく視界に入れないようにぎこちなく眼を逸らして、 壁伝いに、忍者の如くそそくさと移動する。 和希の気まずーい視線を十分背中に感じつつ、 「じゃ、し、失礼します…」 やっと玄関まで辿りついて、気づいた。オレの靴がしっかりそこにあるよ…バレるワケだよな。 振り返って、和希によかったなって声を掛けたいところだけど、いいよな、後でメールすれば済むことだし。 息を潜めて廊下に出て、ふーっと大きく深呼吸したら、急に、あれ?と足が留まった。 よかったな…でいいのか? 中嶋さんの表現は、通話の最中にすっ飛んできてしまう態度とは裏腹に、ものすっごく判りにくいから、 柔軟性を欠いた社会人の頭にちゃんと伝わったのかどうか…かなり不安だ。 今はおそらく取り込み中…だろうから、明日にでもゆっくり…根掘り葉掘り…は心臓に悪いからやめておいて、 さりげなく聞き出すことにしよう。 また、中嶋さんへのプレゼントどうしよう〜とかって相談されちゃったりするんだろうか。 それもま、和希が幸せならいいんだけど。 そんな啓太の予想を裏切って、翌日の夕飯時、食堂の端っこで見掛けた和希は、以前より悩みの深くなった憂い顔で、 以前よりも更に、周囲の視線を一手に惹きつけていた。 「和希…」 昨日の今日だし、こっちだってまだ十二分に恥ずかしいのをぐっとこらえて、できるだけ平常心で和希のいるテーブルに近づいていった。 「――啓太…!」 顔を上げた和希は、はにかみつつも嬉しそうな表情を浮かべて啓太を迎えた。 見てるこっちが赤面しそうなくらい、ピッカピカの幸せオーラに当てられる。 …のワリに、その艶っぽい物思い顔はなんだ? 「あ、和希…ぇと、元気か?なんて」 やっとそれだけ、妙な質問だなと自分でもわかってはいたけど、他に気の利いた言葉が思いつかなかった。 それをどうやら和希は誤解したらしくって、頬を赤らめ、口の中でゴニョゴニョと言い訳を始める。 手加減がどうのとか…よくわかんない。何のことだ? 「――あっ!」 「え?和希、なに…」 いきなり背後のナニモノか、に反応した和希が、急に啓太の陰に身を隠そうとするから、 つられてその視線の先に眼を遣れば、食堂の出入り口付近に、そのひと、がいる。 夕飯時の食堂なんだから、もちろん中嶋さんがやって来たってちっとも不思議じゃないんだけど。和希…? あぁそうか照れてるのか!って結論に達するまでそう野暮な時間はかからなかった。 「照れ臭いのはわかるけど、あんまり隠れ切れてないよ、和希」 「う…それもあるんだけど、俺ほら、誤解…してただろ?」 誰がどう見たって不自然な体勢で、精一杯肢体を小さくしながら、和希はもそもそと喋りかけてくる。 「誤解…? って中嶋さんのこと?」 「うん――誤解って言うか、勘違いって言うか…」 小さく頷く和希が、大人なのにやたら可愛く見えて、今すぐリボンで飾り付けして中嶋さんの前に差し出したい気分だよ。 肝心のその人は、カウンターで夕飯のトレイを受け取って丁度、今、席を探しているところ。 そっちに向かって、大きくぶんぶんと両手を振り合図を送ったら、ざわつく周囲が一斉にこっちを眺め、中嶋さんもすぐに気づいてくれた。 「け、啓太っ!」 もちろん背後の和希は大慌てで、今更机の下にしゃがみ込もうとしている。でももう間に合わない。 悠々とこちらにやって来た中嶋さんの視線が、無表情のまま和希と啓太を交互に眺める。 「よかったな和希、これでもうプレゼント悩まなくて済むな!――ほら、ちゃんと本人に訊けよ?」 もちろん中嶋さんの耳に入るように、タイミングを狙って切り出した。 和希があわあわと度を失って、情けないくらい萎れた様子で、やがて観念して椅子に座り直す。 「――食堂で騒ぐな」 「はいっすみません!」 啓太にしたところで、昨日の今日だから照れ臭いのを誤魔化そうと、ぎこちなく回れ右をしようとして、 「伊藤」 「は、はいッ」 「余計な気は回さなくていい」 「は……えっ?」 不意に呼び止められ、振り返ったまではよかったが、言われた意味が理解できない。 中嶋さんもニヤリと片頬で意味深な笑いを見せるだけで、それが謎掛けって言うか…わざと遠回しに伝えてるってことは理解できるんだけど… 「――遠藤からならもう貰った」 「あ!そうなんで…す……か」 中嶋さんの言葉をストレートに受け止めて、一旦へえと納得したものの、なんか空気が…とろんと甘い? 昨日の現場でも、啓太ひとり置き去りで蚊帳の外だったときと、ちょっと似ているような…あぁ!そういうこと…? わざわざリボンをつけて和希を差し出さなくても、もういいんだ。そうかぁ。 ちょっと照れ臭いけど、よかったな和希! 「…って、和希?」 話題の当人は、静かに黙々と独り食卓に向かっていた。 このふたりとは全くの無関係ですと言わんばかりの無表情さで、せっせと箸を動かし、やがてさっと立ち上がると、 「――ごちそうさまでした」 「和…」 「そんなところに立ってると、皆の邪魔になるぞ、啓太」 「あ、ゴメ…」 あくまでも中嶋さんの存在を認めない態度で、和希はそそくさとトレイを手に、去る。 …コレ、ホントに照れてるだけ…なのか? 「――お前が気にする必要はない」 「え…?」 中嶋さんは和希と入れ替わりに席に着き、悠々と食事に取り掛かった。 「でも――」 「あとでじっくり可愛がって、きちんとフォローしておくから心配するな」 「え。」 意味が飲み込めずにきょとんとする啓太の背後からは、おぉーっと歓声に近いざわめきが起こった。 な、なんだ? きょろきょろと周囲を見回すと、わざとらしい日常の風景が素早く戻ってくる。 なんだろう…この雰囲気。もしかして和希、中嶋さんじゃなくて、周りの眼を気にして出て行った? あんなに無頓着だった和希が…ってことは誰かに入れ知恵された? そんなの独りしか思い浮かばないって… 「――なんだ。まだ何かあるのか」 「い、いえ…」 すぐに和希の後を追い、色々聞き出して来ようと思ったのだけれど――… 和希に訊くよりも、この人に訊くほうが何かと面白い話が…いやいやダメだろ、そんなの和希に悪いし。 あぁだけどだけど、好奇心と友情が、天秤の上でぐらぐら揺れている。 ホントに、昨日あの部屋であれから何が?誤解って何だ?わかんないことだらけで頭が爆発寸前だ。 和希…オレは余計なこと…しちゃったのかな……。今日は眠れそうにないよ。 −了− 【ヒデ様おめでとう'09】 Copyright(c)2009 monjirou +Nakakazu lovelove promotion committee+ |