陽も随分と短くなり、夜半に外出するにはいい季節となった。
土曜の夜、久しぶりに呑みにでも、と寮を出ると、エントランス先で遠藤と出くわした。
制服姿だが、この時間だ。おそらくサーバー棟からの帰りだろう。


「――今頃ご帰宅か?」
「あっ…」


そういえば、この顔を見るのも久々だったと、道端で鬼にでも遭遇したかのような和希の表情を見て思い出した。
英明を見てぱっと一歩退き、すぐに慌てて体勢を取り繕う。


「…お出掛けですか?」
「ああ」


夜間の外出に、どこか非難めいた意味が込められている気がして、付け足した。


「無断外泊じゃない、誰かと違ってな。ちゃんと届けは出してある」
「………」


当て擦りは、正しく相手に伝わったらしい。和希は一瞬英明を見据え、すぐに眼を逸らした。


「――ではお気をつけて」


言い捨て、脇を抜け、寮の中へと消える。




――なんだ?


どうもぎくしゃくしている。和希の側で一方的に。英明への対応が以前と比べて固い。
何かした覚えもないが…一生徒として、一歩引いた扱いに切り替えた…思いつくのはそんなところだ。
今更感が漂うが、先日の食堂の一件も、そう考えれば符合する。




紫煙を静かに燻らしながら、さっきから和希のことばかり考えている自分にふと気づいた。
行きつけのショットバーでは、無論英明を子ども扱いする者などいない。17だとバラしたところで誰も信じまい。
グラスを手に、適当な相手が現れるのを待つだけだ。いつものように。
詮索せず深入りせず、それなりの見た目であれば男でも女でも。
愉しませてやる義理はない。そこそこの時間を過ごせればそれでいい。


その夜も、幾人かに声を掛けられたが、いまひとつ気乗りせず、河岸を替えてみたが結果は同じだった。
どれもそれなりに悪くはなかったのに、何か決め手に欠けた。


――そんな夜もある…


せっかく面倒な届けを提出して外界に出て来たのだから、適当に遊んで帰ればいいと思うものの、気持ちはすでに学園に向いていた。
今戻っても、門は閉ざされているだろうし、寮の鍵だって同様だろう。

















ネクタイを引き抜き、ジャケットを脱ぎ捨て頭からベッドに倒れ込んだ。
ちゃんと風呂に入って着替えもしなくてはとわかってはいても、身体が言うことを聞かない。頭がひどく疲れていた。


さっき――寮の前で中嶋さんに偶然会った。出掛ける寸前だったのだろう。大人びた私服がとても似合っていて、引け目などなしに恰好いいと思った。 …思ってしまった。確かに瞬間、見惚れていた。


嫌味を残して、何処へ行ったのだろう、こんな時間から。
考えるだけ無駄なのに、さっきから脳内では延々と煩悶が繰り返されている。
どうせ歳を誤魔化して呑みに行って、可愛い子でも口説いて、体よくお持ち帰り――
おそらく間違ってはいまい。が、推察はどこかあの人からは遠い気もした。
声を掛けるのは見知らぬ誰かであって、色目を遣って口説き落とすのも、中嶋さんじゃない。黙っていても周囲が放っておかない。だから。




微かな携帯の振動音で、眼を覚ました。
やはりいつの間にか寝入っていたらしく、シャツも髪もぐしゃぐしゃの酷い有様だった。
暗闇の中、何とか携帯を探し出し画面に眼を落とすと、時刻は午前2時。発信者は中嶋さんとなっている。
俄かに覚醒した頭で通話ボタンを押す。こんな時間に外出中の相手からでは、焦るのも当然だった。
事故だろうか、何か悪いことに巻き込まれたのかもしれない。あの人の性格を考慮すれば、どんな状況もありえそうで、知らず指先が震えた。


「――も、もしもしっ!?」
『……俺だ。すまないが頼みがある』


中嶋さん本人の声――ひとまずホッとしたが、まだわからない。


『遠藤、聞いているか。今から戻る。門を開けておいてくれ』
「――」


答えを躊躇う間に、電話は一方的に切られた。
外泊するんじゃなかったのかと、あれだけ悶々とした後だけに、苦々しい思いで衣服を直し、静かに辺りを見回して外へと向かった。
後から考えれば無視する事も、選択肢としてはあったのだろうが、今の和希の頭の中には一切存在していなかった。












【ばれんたいん'10】
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