目標物が白旗を揚げるや否や、奥のベッドに投げ捨てられた。
――そんな気がするくらいの勢いで、即座に相手も身体の上に覆い被さってくる。


「っ…!」


命を脅かされる恐怖、とは違う、これは、なん…だろう。
反射的に固く眼をつぶって、次にやってくる何かへの対処をひたすら頭に思い描いた。


「…まだ、わからないか」


え…?


瞼をこじ開けた先に、中嶋さんがいる。当たり前のことなのに、


「な、なにが…です?」


毒のまるで見えない、穏やか過ぎる表情は、どうして。


「一から十まで説明されなければ理解できないのかと訊いている」
「――」


そんなのは都合のいい責任転嫁だ。
何を訊いてもはぐらかすばかりで、まともに向き合おうともしてくれなかったくせに。


「どちらにしろ、お前は信じなかっただろうが」
「…って、」
「仮に俺が何を言っても…無理矢理押し倒したとしても、お前には…単なるガキのおふざけにしか映らない」
「………」


奇妙な投げ遣りさはさっきからずっとだ。
その理由がどうしても視えない。飲み込めない。


「中嶋さ…」
「10も違う相手に、何を言われたところで、どうせそんなものだろうが」


そんなには離れていませんけど――…流れがまた変わった気がして、遮るのをやめた。
迷走気味のこのひとの言葉が、辿りつく先を見届けなければと思った。


「…中、嶋、さん?」


心中を察したかのように、相手は急に黙り込む。口を噤んで、じっとこちらを見据えてくる。
降服を口にして、ベッドの上で組み伏せられている意味を、理解しないわけじゃない。
その意味――くらい…


苛烈な眼差しには、上っ面など通り越して、それ以上に全てを見透かされてしまいそうで、
しかし何処か非難の意が込められているようにも、感じられた。


「………」


自分も、そこまで意固地で頑ななつもりはない。
本気でぶつかって来られたら、こっちだってそれなりの対処をする。
それより前に躊躇するのはあまりにもこのひとのイメージとはかけ離れている。

でも逆に、らしい、としたら…?
拒まれることより、もっと痛手は大きいのかも。このひとがああもきっぱり断言するくらい。

中嶋さん、だから。


「あ、の…」


言葉を探して惑ううち、やおら柔らかく口唇を奪われた。
こんなキス、一体何処で学習してきたんだろう。
このひとは本当に、隅々まで18歳らしくなく、
なのに時々無性に、取り繕うのを忘れたようなことを口走るから――混乱する。


一転、貪るような舌の動きに、自ら身を委ねて、中嶋さんの本気を受け止めた。
反応に気づいたらしい相手の襟足に腕を伸ばし、続きを促す。
それでも、何か問いたげなその様子に、絡めた腕で頭を引き寄せ、耳元にそっと告げた。


「――貴方のことを好きになるかどうかはさておき…歳下の相手も悪くないって思うことにしました」
「…どういう意味だ」
「どういう意味に取ってもらっても構いませんよ」
「無責任発言だな。理事長ともあろう者が」
「…今は、俺の立場は忘れてください」


いつもの軽口の中に、真意を探ろうとする意思を感じる。
わかってくれたらいいとは思うけれど、伝わらなくても別に構わない。
…どうでもいいわけじゃなく――頭で四の五の考えたってきっと、永久にいたちごっこが続くだけ。
ちらりと垣間見えたこのひとの素顔を、自分なりに受け入れてみたかった。


「――切り札を封印していいのか? あとで泣きを入れても責任は取らないぞ」


え?と訊き返す間もなく、最終確認のような軽いキスが降ってくる。
秘められた意味を知るのは、もうちょっと先のこと――







結局――例のチョコ(?)は、差出人不明のまま可燃ゴミ箱行き。
無論爆発物ではなかったようだが、全く気にも留めない様子のそのひとに、
身辺にはくれぐれも注意してくださいと口煩く繰り返したせいで、
何故か中嶋さんは足繁く、こっちの部屋に通ってくるようになった。


「――受験生のくせに随分余裕な様子ですけど」
「俺が失敗すると本気で思うのか?」
「…自信は時に足枷になるって言いますけどね」
「落ちた時はお前のせいにするだけだ」
「……はい?」
「理事長に誘惑されたとな」
「なッ…人聞きの悪いことを言わないで下さい!」


「それは聞き捨てならないな」


反論をふふん、と鼻であしらう…あ、嫌な予感…


「理事長命令であんなこと・・・・・までさせておいて、よく言う…」
「だ…ッ!」


大声で叫んで、両手で鬼…モトイ、中嶋さんの口を塞いだものの、間に合わなかった。


「事実だろう? 素直に認めろ。大人気ない」
「無理矢理言わせたのは誰ですかッ! 全部無効です、無効!」




叫びは空しく風になり、吸い寄せられるように、中嶋さんの口唇に消えていった。









−了−




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