切れ長の目元が特に印象的な、如何にも『丁寧に造られた』感のある顔立ちを、
無意識のうちに、吸い寄せられるように見ていた。
視線を容易に外させない、これもひとつの眼力…?


「…プレゼンよりリサーチか?」


冷静な声にはっと我に返った。が、やはり眼を逸らすことはできなかった。
益々近づいてくる端正な顔は、その姿勢のままじっと覗き込んでくる。


「ち、近づきすぎですよ」
「まだキスには遠い」
「ふざけ――…」
「俺が本気であってはならない理由でもあるのか」
「え…?」
「でなければ、お前の立場を考えて譲歩などしない」


いきなりぽぉんと遠くへ放られた流れ、


 ――卒業後、俺のモノになる気はないか


つまりさっきの…って…卒業したら…って――?


「よしんば本気だとしてもですよ、俺は男ですし」
「詐称するのは年齢だけで十分だろう」


元より承知している――と、遠回しな嫌味で釘を刺したのは、退路を断つ意味合いか。
その上、このひとの中では、すでに肯定的答えが確定している、と…。


自意識過剰という形容はきっと相応しくない。
方向性はともかくとして、その自信は概ね正しい。
挫折などおそらく知りもしない、欠けたところを探す方が難しいような生徒ならば――
些か褒め過ぎなのはさておくとして、


「――お断りします」


強烈な眼差しを見据えて、きっぱりと言い切ったが、相手は眉ひとつ動かさなかった。
それすら予定通りと言わんばかりの、余裕の笑み。


「理由は」
「…仮に貴方のものになったとしても、こちらには何のメリットもない」
「有能なビジネスリーダーとしては有効な回答だが、おまえ自身はどう考える。
 恋愛は損得勘定でするものか」


恋、愛…? 


思わずまじまじと至近距離にまで迫ったその麗しい面を見つめた。
それじゃあ何か?


「中嶋さんは…その、俺……」


躊躇う気持ちが勝り、口籠れば、相手は何の反応も見せず、ただ意味深な微笑みを浮かべている。


「………」


うっかりたぶらかされそうになっても何の不思議もない。こんな表情を向けられれば。
気取られないよう、精一杯平静を装い、視線を外してみても、
眼鏡の奥の読めない瞳は、何処までも追いかけてくる。光の残像のように。


このひとほどに冷静に徹しきれないなら、駆け引きにならないと――わかっているけれど。
席を立ってしまえないのは、どうしたって魅力的な存在と、否定できない自分自身が――


「あの…っ」


午後の授業の予鈴が、言い差した言葉をぶつ切りにした。
残っていた生徒たちも足早に、あるいは呑気に銘々が引き上げていく。


「戻…りませんと」
「――そうだな」


そんなにあっさりと頷かれるとは予想外で、拍子抜けする。
口に出来ない勝手な思いに気づいたのか、中嶋さんは、不意に顔を寄せ耳元で微苦笑した。


「物足りないのは俺も同じだが、残念ながらタイムリミットのようだ」


すっと距離を取って、遠くを見遣る視線。背後から近づいてくる足音。


「――和希っ」


息せき切って戻ってきた啓太の必死な様子が、滑稽なくらいその場にそぐわなくて、
けれどそんな風に感じている自分が一番、不自然に思えた。













「和希、何してるんだよ!授業始まるって」


強引に腕を引かれ、その場を後にする。
中嶋さんは何も言わず、我々を見送っているだけだった。




「どうしたんだよ啓太…そんなに慌てて」
「和希がなかなか戻ってこないからだろ?」


いきなりくるりと向き直り、啓太は真剣な眼をする。


「和希…ホントに中嶋さんに何もされなかった?」
「…? 何かって」
「そんなの決まっ…」


急に口を噤んだのは、授業開始目前ってことだけが理由じゃなさそうだ。
何だろう、哀れむような、困惑のような、そんな表情で、珍しいくらいの深いため息を漏らす。


「和希は何でも完璧なのに、どうしてそういうトコだけ抜けてるんだ?」
「何だよ急に」
「心配してるんだって!」


啓太の――真剣さは伝わってくるものの、どうしたっていまひとつピンと来ない。


「啓太の気持ちはありがたいけどさ、中嶋さんだって一応高校生なんだし、
 あ、いや侮ってるんじゃなくて、何て言うかさ…その、俺は歳上なわけだし」
「………」


啓太はそれ以上、もう何も突っ込んでこなかった。…呆れたのかもしれない。




□ ■ □ ■ □




2月、受験組にとっては正念場だが、大多数の生徒にとっては待ち遠しいイベントが待っている。
男子校でもその辺の事情はあまり変わらないようで、
対外試合などで世間に顔の売れた生徒も少なくなく、毎年学園宛に宅配便でチョコが大量に送りつけられるし、
直に手渡そうとやってくる女子も多いようだが、セキュリティチェックにより門前払いがほとんどだ。


そんな悲喜交々なバレンタインの晩、奇妙な電話がかかってきた。
部屋に何か届けなかったかと――あの日以来、あまり存在感を見せ付けなかった中嶋さんからの問い合わせ。
いいえと答えると、「そうか」とすぐに電話は切られた。
全く意味が分からず、身に覚えもないが、捨てても置けない。
おそらく部屋からだろうと踏んで、3年の階へ向かい扉を叩くと、間を置かずに反応があった。


「――お前か」
「はい、あの…何か…」


急の往訪を謝罪すれば、上がれ、の指示。躊躇いつつ、靴を脱いで、初めて眼にする室内をぐるりと見渡した。
基本、同じ造り同じ家具の寮の個室も、住まう寮生によってまるで違う。
シンプルでクールなファブリックは、どこまでもこのひとらしさを静かに主張している。


そんな中で、備え付けのデスクの上、綺麗に整頓されたそこに置かれた華やかなリボンの小さな包みだけが、異質だった。
今日がバレンタインということを踏まえれば、おそらくチョコレートだろうと推測は出来る。
あんな小ぶりな箱のクセに、妙に眼を引く…有名パティスリーの限定チョコか何か、だろうか。
同時に、喉の奥が、理解できない奇妙な音を立てた。


「…あ、もらったんですか?あれ」


このひとにたったひとつだけ、というのもおかしな点だが、受け取ったという事実もまた、不可思議で、
けれどもし本命の恋人からだというなら…納得もいくような。


「――夕飯の後、部屋に戻るとそこにあった」
「へぇ…えっ?」


寮の個室は全てオートロックで、ホテル並みのセキュリティを持っている。
IDカード…学生証がカードキーとなり、認証の役目を果たす。となれば…


「まさか不審者…」
「外部からの侵入は難しいだろう」
「ですけど…」


何より自分が構築したセキュリティシステム、まさか自ら否定するわけにもいかない。


「部屋に入れる人間が全くいないわけでもないしな」
「あ…」


キーを持たずに部屋を出れば、当然締め出しを食らう。
そんな場合や非常時にロックを解除できるのは寮長――


「そうだ。篠宮と…、あとひとり」
「えッ?」
「…お前だ」


それはまるで重大な宣告のような響きを胸にもたらした。








【ばれんたいん'09】
Copyright(c) monjirou

+Nakakazu lovelove promotion committee+

inserted by FC2 system