「…なぁ啓太。ひとつ訊いてもいいか?」
「ん?なに?」
「……啓太が小さい頃、俺と一緒に出掛けたりしたの、覚えてるか?」
「あぁ…うん。何となくだけど」
「………なぁ、あれって、デート、かな」


啓太はきょとんと、大きな眼を丸くした。


「ん〜違う…んじゃないかなぁ。強いて言うなら、散歩?」
「散歩か…そうだよな」
「…どうしたの?和希」
「あ、じゃあさ、啓太。会長と外出するときって、何処へ行ったりする?」
「王様と?ん〜釣りに行ったりとか、バイクで遠出したりとかかな。俺がいると高速に乗れないから、下道でいけるトコ限定だけどね」


ふぅんと相槌を打って、遠くなってしまった幼なじみを眺めた。
付き合い初めの頃のような初々しさはすっかり薄れて、長年連れ添った夫婦のようなコメント。
何だかんだでもう4ヶ月…くらいか。王様と啓太が成るべくしてそうなって。


「あんまり参考にはなんないな…」
「和希、さっきから何の話?」
「え?あ、う〜ん…なんでもないよ、うん」
「嘘ばっかり。デートコースのリサーチなんかして…あ!和希もしかして中嶋さんとデートするの?」
「え?いや違う違う。デートじゃなくって、ちょっとふたりで出掛けるだけ」
「それデートって言うんじゃないの? …和希って何気に希少価値高いよね」
「どういう意味だ?」
「うぅんなんでもない。あ、それじゃあ初めてのデートだ?」
「啓太、俺だってデートくらいしたことあるぞ!」

「え?」
「…え」


お互いに顔を見合わせ、初めてズレと勘違いに気づいた。
啓太は、中嶋さんと初デートって言いたかったんだろ?それは間違ってない。仮にデートと認定するならの話だけど。
ついムキになって反論したのはつまり…人生通してデートなんてものにあんまり縁がなかったって…ことで…


そもそも交流関係は幼い頃からかなり制限されていたから、留学中に、たまに何人かで出掛けたりした。そんな程度だけ。
だって仕方ない。うっかり間違いでも犯して、何年後かに、あなたの子だから認知しろ――なんて出現されたりしたら困る。
独身中は身を慎め。結婚後なら、愛人の5人や10人いくらでも。
そんな教えが呪いのようにこびりついている。
何より大事なのは鈴菱の名で、体裁で、醜聞は許されない。
確かに父も、割りと早めの結婚だったのはそんな理由からなんだろう。

…まぁいいんだけど、そんなことは。言い訳してるみたいだし。



「――で?何処へ行くか決まらないんだ?」
「そうじゃないんだけどさ…中嶋さんって、あんまり積極的に何処かへ行きたがるタイプじゃないだろ」
「確かに。行くとしたらアヤシイ店とかっぽい〜」


そんな笑い飛ばして言うことでもないような…啓太…中嶋さんの生態把握しすぎなんじゃあ…


「中嶋さんから誘われたんなら、任せておけば大丈夫だって」
「う…ん」
「――和希って、普段ちゃんと大人なのに、時々ヘンなところで悩むよな〜」
「う゛ッ」


痛いところを突かれた。
あれこれセーブされて、大事なことをぽろぽろと零したまま、気づいたら大人になってたんだもんな…
この歳でまともなデート経験もないのに、最初のハードル高すぎるって点には同情してくれないのか?啓太。



■ □□■□ ■ □□■□ ■ □□■□ ■ □□■□ 



中嶋さんとは、別に付き合ってるわけじゃない。
学生会室で、ごく普通に会話する程度で、それが数日前いきなり、


「――次の日曜は暇か」
「は…えぇっと、午後なら多分。何か?」
「出掛けないか」
「誰…がです?」
「他の人間を誘うのに、お前に声をかける道理があると思うのか」
「…まぁ、そうですけど」


唐突過ぎるから戸惑うんでしょうが!とはさすがに叫べない。
短い関わりでも、おおよそ中嶋さんの人となりは理解しているつもり。複雑な意味合い込みで。


「あの、どちらへ…ですか」
「息抜きだ」


答えになってませんが…?
向こうから誘ってきて、行き先も不明ながら決まっている様子で、
それでとりあえず首を縦に振ったんだった…




「――心配なら断ればよかったんだよ」


啓太が苦笑いするのもわかる。
だって断りづらかったんだよって言うのも何だか言い訳めいてイヤだった。
大体、中嶋さんと出掛けるのに何を着ていけばいいんだ?
啓太が相手なら、それ相応の恰好を選ぶのに。あぁ…着るものに悩むなんて女の子みたいだ…


「でも和希、女の人の事情は分かったけど、男の人に誘われたことはないの?」
「え?ないよそんなの。あるわけないだろ?」
「…和希」


あ、そんな哀れむような眼で。


「俺はいつだって和希の味方だけどさ」
「うん?」
「ちょっとだけ同情しちゃうかも。中嶋さんに」


…ソレ、どういう意味だ?




そんなこんなで日曜日。悩みぬいて選んだ恰好は変じゃないだろうか。
行き先を問い合わせようかとも思ったが、どうせまたはぐらかされるだけだと思うと躊躇われて諦めた。
それが当日、待ち合わせ場所の、寮の玄関ロビーに向かう途中で、ばったりと当人に出くわした。
同じ場所に向かっているんだから、偶然でもないよな――その中嶋さんは、フツーだった。
普通の高校生…には元々あんまり見えないか。夏らしく涼しげな麻のシャツに、アンダーは生成のTシャツ。
そういえば、私服の中嶋さんって初めてだっけ。


「あ」
「ん?」


待ち合わせの相手と、その時間より先に別の場所で会うのって何だか妙に照れ臭い。
どうも、なんて言うのも何だし。


「あの俺、変…じゃないですか?どこへ行くのかわからなくて」


あ、言い訳臭かったかな。中嶋さんが値踏みするような視線で以って、上から下まで一瞥をくれる。


「いいんじゃないか、別に」
「はぁ…」


肯定なのか否定なのかいまいちよくわからない…


「それで、今日は何処へ?」
「ライブだ。野外ジャズフェス」
「へぇ…」


ジャズが好きなのか…な。大人びたこの人には似合うかもしれない。


「興味ないか」
「え!いいえ…ってほど詳しく知らないんですが。一緒に行くのが俺でいいんですか?」


ふ…っと微かに中嶋さんの口元が緩む。


「謙虚だな。反吐が出るほど毛嫌いしていなければいい」
「………」


ジャズを、って意味に受け取っていい場面なのに、どうしてだろう。
俺を、って自身を示したように…感じられたのは。



■ □□■□ ■ □□■□ ■ □□■□ ■ □□■□ 



コンサートの後の高揚感なんて久々だった。まだ足元が浮ついている。


「ピアノソロの、ほら、バラードがすごくよかったですよね、あの曲って…」


興奮冷めやらぬ調子で語れば、隣を歩く中嶋さんはポケットに手を突っ込んで失笑気味。
急に酔いが醒めた。


「すみません…」
「気に入ったのなら何よりだ。――さてどうする。飯でも食べて帰るか」
「あ、はい!是非」


必要以上にはしゃいでしまうのは、別にこの人が真実を知らないからじゃない。
だけど…後輩として扱われることが嬉しくて、その反面どこか後ろめたくもあって。


「何か、希望は」
「オムライス…!がいいです」
「――」
「あ、ダメ…ですか?」
「いや…どこか行きたい店でもあるのか」
「えっと…行ったことはないんですけど新宿の…」


あ、これってデートっぽい? 食事をどうするか、どこにしようか…そんな他愛ない遣り取り――って…
やっぱりどうも舞い上がってるみたいだ。啓太がデートデートって連呼するから…きっとそのせいだ。うん。




「――どうでもいいが、どうしてオムライスなんだ」
「え?ヘンですか?」
「そうは言ってない」


玉子の黄金と、ライスの赤のコントラストを眼の前にして、よっぽど喜色満面だったんだろうか。
向かいに座った中嶋さんは、やや呆れ口調で訊いた。


「あんまり食べる機会がない…からでしょうか。寮にも学食にもありませんし」
「手間が掛かるからな」
「あ、作ったことあります?」
「俺がか…? ロクに食べた覚えもないな」
「――じゃあ、ひと口いかがですか?」


テーブルの真向かいで、相手は更に呆れて微苦笑を浮かべた。


「お前は、大人しいかと思えば時々派手に理解を超えるな」
「すみません、つい…」
「――益々興味深い」


えっ…?

正面から伸びてきたスプーンが、眼の前のプレートのチキンライスをひとすくいして、パクリと口元に収める。


「…まぁまぁだな」
「――」


啓太となら普通にし合える行為なのに、中嶋さん相手だとどうしてこうも胸が落ち着かない――?




…きっと中嶋さんがさ、人目を引く容貌をしているからじゃないかって思うんだ。
なんだ、啓太。何笑ってるんだ? だってふたりで並んで歩いていてもさ、すれ違う視線が皆中嶋さんを見ていくんだぞ?
確かにあれだけの容姿だし、上背もあるし、無理もないんだろうけど…

だから啓太、何が可笑しいんだって、さっきから!








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