腹を探りあいつつ手の内を小出しにするのは、カードゲームに少し似ている。



「――さぁ…? 貴方を好きになるとしたらかなりの覚悟が要りそうだなとは…思いますけどね」
「例えばどんなだ?」
「…決して深入りせず、後追いせず、本気にならないこと――」


如何ですかの意を込めて、眼を上げる。


「余程俺は悪人らしいな、お前の中で」
「違うんですか?」
「…おそらく多くの人間にとってはそうだろうが、
 お前に対してそんな事実があったかどうか、俺には覚えがないな」
「……」


それって…?


きょとんと相手を眺めると、中嶋さんは眼鏡を指先で直す仕種で、視線を断ち切った。


考えてみれば確かにこの人には…学生会の仕事を手伝わされたくらいしか、
具体的に迷惑を被った記憶がない。


「…一般論です、あくまでも」
「お前はさっきからそればかりだな」


「そっ…」


否定できない。そうだ――否定するほど、この人のことを知らない。


「少しは自分の目線でモノを考えたらどうだ」


素直に受け取るなら嫌味でしかない中嶋さんの言葉が、そのとき、
全く別の意味をまとって胸に届く。


俺は…もしかして?



「――貴方を…好きなんでしょうか、俺は」
「…両極端なヤツだな」


微苦笑するこの人の姿に、覚えのある胸苦しさが蘇ってくる。


「遠藤」


呆れた声にも、無造作に指先で顎を掬い取られるまで気づけなかった。
ふたりの間の距離が、さっきよりずっと縮まっている。


「中…」
「そんなものはほとんどが、思い込みと勢いだけで成り立っているものじゃないのか」
「え…恋愛が、って意味ですか?」
「ああそうだ」


この人の口から恋愛論を聞くなんて、ひどく妙な気がする。


「思い込み…で、さっさと結論を出してしまえ、と?」
「飲み込みが早いのは悪くない」
「はぁ…」



 ――褒められたのか?今のは



「それは…どうも。でも――」
「なにか問題か」
「それだと、貴方を好きになってもいいって承諾…みたいです、よね」


飄々と…何処まで本気なのかまるで読めない、中嶋英明という人。


「お前が俺にどんな感情を抱こうと構わない。例え殺意であったとしてもな」
「な、なんですかそれ」
「俺に過剰な要求をしない限りは、お前の好きにすればいいということだ」


好意を寄せるのは自由だが、見返りを求めるな?
この人らしい言い分に思わず苦笑いが漏れるのに、何故だろう。
胸が…疼くように痛い。


この人を好きになっても、想いが届くことはない。
それは結構残酷な通達だ。



「…やっぱり……今更申し訳ありませんが、この話は――」
「聞かなかったことにしろ、か? 何処まで気まぐれなんだ、お前は」
「そ…」


何も答えようがなかった。
項垂れた顔を、中嶋さんの指が再び上向かせる。


「不慣れな事態が、余程苦手のようだな」


揶揄うような口調で覗き込まれると、容易に視線を泳がせることもできなくなる。
半強制的に合わせられた眼の先。中嶋さんの切れ長の眦(まなじり)。睫。瞳の色。


顎を支えていた指がいつの間にか離れても、ぼうっと酔ったみたいに動けなかった。
ふ…と微かに口角が上がった気がしたその人の口唇が、更に距離を詰めようとするまで。


「――っ…!」


俄に我に返り、慌てて後退ろうとしたが、今度は腰の辺りを強く引き寄せられ、密着度は否応なく増す。


「中…ッ」
「俺が好きなら、さすがに気づくだろう? いくらお前でも」


こんな状況に陥れば。誰だって。嫌かそうじゃないかの判断くらい。付く…?


「ふ…ざけるのも――」
「忘れたのか? お前が訊くから、俺は答えを導き出してやってるだけだ」
「それは…」


「お前と話していても、埒が明かない」


荒々しく吐き捨てて、


「俺を好きだと言え。俺が欲しいと。そうすれば――お前の望むものを与えてやる」
「望み…?」
「あぁ」


同意の言葉と共に、口唇が重なってくる。


「ん……ッ」


いきなり容赦なく、本気で叩きつけるように挑んでくる。


無理矢理にではなく、自然にそうなるように仕向けて口を開かせ、しかし強引な仕種で弄ばれる。
乱される呼吸に我を忘れて、中嶋さんのジャケットを思わず掴んだ。



「く…っ」


少なからず屈辱的な思いを抱いて、ようやく離れた相手を睨みつける。
もちろん本気には程遠いが。


「答えは出たか」
「そっ…」


そう単純に1か0かで答えが出るわけがない。


「結構その気だっただろう?」
「い、今のはッ! 流された…だけで……」
「今言わないと、この先望みが叶う機会を一生失うことになるぞ」
「さっきから、何なんですかそれ」
「さぁな。知りたいならさっさと腹を括ることだ」


大袈裟な物言いと、意味深な笑みを不思議に思って首を傾げると、
改めて引き寄せられて、今度はゆっくりと柔らかに口唇が触れた。


さっきとは違う心臓の鼓動。
くすぐるような感触が、どうしようもなく甘い。
泣きたくなるくらい甘くて、胸が苦しいのは、




 ――中嶋さん…どうして……?









-了-


:前編:

【艶文】

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