最近頻繁に中嶋さんのことばかり考えている。 別に四六時中と言うわけではなく、ふとした拍子―― 見上げた空がやたらと青かったとき、シンクでマグカップを洗うようななんでもない瞬間。 その度胸が苦しくなって、その場にしばらく動けなくなる。 何だろう…こんな感情は、今まで感じたことがなかった。 「――お前はどう思う」 「は…」 唐突に話題を振られても、まるで動じることなく、 秘書の石塚は慎重に言葉を選び、口を開こうとして、 「あ、お前まで、恋だの何だの言うなよ?」 上司に先手を取られる。 「どなたかにそのような?」 「…啓太がね。若いうちは、すぐそっちに結び付けたがるものだし仕方ないけど」 この場合、年齢性別問わず、大抵の人間が同じ様に判断するのでは? と石塚は密かに呟き、胸の中へと仕舞い込む。 「その、恋愛感情ではないと仰言られるのには、何か根拠が?」 「そうだなぁ。強いて挙げるなら、中嶋さんだから、かな」 「…確か彼は――学生会副会長…でしたか」 「そう。非常に有能な参謀で、成績優秀。ただし、素行極めて不良。 飲酒、喫煙は言うに及ばず。いかがわしい店に出入りしているという噂も絶えない」 「…よろしいのですか?」 学生の不祥事は、イコール学園の不祥事。 ゴシップ誌の恰好の餌食でもあるし、理事会でまた揉め事の発端になりかねない。 「もみ消すしかないな、何かあれば」 「……」 そこで"退学"の文字が出てこないことが、石塚には謎だったが、 上司の頭に、端からその選択肢は存在していないらしい。 「そんなことより、話が曲がったぞ」 「は…あぁ、そうですね。他に理由となりますと… あくまでも一般論で申し上げますが、恨みや憎しみがある場合等、でしょうか」 もちろん和希様には当てはまらないでしょうが、と付け足そうとしたが、 和希は難しい顔で考え込んでしまい、言いそびれた。 相談を持ちかけたものの、秘書もあまり当てにはならず、 和希はまた独り、思いをめぐらした。 啓太の言うような、甘酸っぱい恋愛感情などではないことに明確な理由は見出せない。 ただ何となく「違う」気がするだけ。 悶々と思い悩むのは性に合わないし、面倒臭い。 手っ取り早く解決するにはどうするべきか―― 「最近中嶋さんのことが気になって仕方ないんですが、 …貴方ご自身はどう思います?」 「俺が知ったことか」と一蹴されるのをまず予測していた。 その人は眉間に深い皺を寄せ、しばらく考え込んだあと、「それは」と口を開いた。 「それは…新手の嫌がらせか?」 「え?」 真顔で訊くから、こっちにまで眉間の皺が伝染る。 「でないならなんだ。困惑ついでに意識させようと言う魂胆か」 「と、とんでもありません。俺は…」 俺は――? 何を言おうとしたのか。 中嶋さんの玲瓏な面を改めて見上げたとき、ヒューズが飛ぶような感覚で、総ての言葉が消え失せた。 中嶋さんが、じっとこちらを見ている。深い闇色の瞳で。 憎らしいほど整ったその造作の中で、瞳が一番印象深い。 強烈な輝きを宿して、見る者を惹きつける。 手繰り寄せて、逃れられなくする。 「中…」 「――お前…俺が好きなのか」 「え…っ」 その眼に見据えられると、危うくそうだと頷いてしまいそうになる。 「あ、ありえませんよそんなの」 「…何故だ」 「だって中嶋さんは――… 俺は、端から望みのない想いを抱いたりしませんから。恋愛は、対等な相手とするものでしょう?」 「俺のような格下は相手にもしない、か」 「違…逆ですよ。中嶋さんそんな格好良くて、皆どれだけ…」 どれだけ学園中が噂しているか。 もっとも、容姿だけに限ったことではないことくらい、この人だって承知しているだろうが。 「お前がそこまで固定観念に囚われるヤツだとは知らなかった」 「え…」 「他人の言葉を鵜呑みにするのも、ただ己の考えを放棄しているだけ、のように見えるが」 妙なことを――ひっくり返せば面白いことを――言う… 「どうして俺が?」 「さぁな。本心を明かすのを躊躇うのは、そこに重要な何かを隠しているからじゃないのか」 すでに総てを悟ったような口ぶりで、この人は何かを試そうとしている…? 【艶文】 Copyright(c) monjirou +Nakakazu lovelove promotion committee+ |