「〜♪」
「・・・・ご機嫌だね、和希」
「え?」
「なんかいい事でもあった?」
鼻歌混じりに理事長室で書類の整理をする親友、和希の珍しい姿に俺は思わず声を掛けてしまう。
同学年でありながら、実は昔、俺の面倒を見てくれた事のある年上のお兄さんだったりもする和希のこんな姿は非常に珍しい。
普段はやっぱり、それなりに落ち着いているからだ。
たまに、めちゃめちゃ浮かれている・・・ときは、大抵、恋人である中嶋さんと何かあった時で。
ノロケられたら嫌だなぁ、なんて思いながら和希の言葉を待つ。
すると返って来たのは、予想外の言葉だった。
「いい事っていうか・・・楽しみだなって」
「?何が」
「12月だろ、もう」
「・・・・だから?」
分からなくて首を捻れば、和希は少し焦れたように口を尖らして言葉を続ける。
「もうすぐクリスマスだろ」
「・・・・・・あぁ、そうだね」
「冷めてるなぁ、啓太」
「そんな事ないよ」
ちょっとだけ焦って、慌てて首を振れば和希は満足そうに笑う。
「俺、鈴菱のパーティーしか出た事ないからさ。いっそ今年は此処でやろうかと」
此処?って、まさか・・・。
「また理事長のお祭り騒ぎ・・・?」
「?うん。ダメか?」
何で?と書いてある和希の顔を見ていると、少しだけ中嶋さんが気の毒になってくる。
だって・・・あの人が、クリスマスに予定、立ててないわけ・・・ないよ・・・。
このまま放っておいて、理事長主催のパーティー、なんてなったら・・・確実に俺が中嶋さんにお仕置されるんだろうな・・・。
それだけは何としても阻止しなきゃ!と、俺は代替案を和希に提案したのだった。
「・・・・・・・だから、中嶋さんも付き合って下さい!」
「断る」
和希の了承を得てから、一番の難関がいる学生会室へ向かえば、にべもなく案を退けられる。
まぁ、分かりきってたけどね・・・。
そんな事を思いながら心の中でため息をついて、俺は小さく呟いた。
「・・・・和希、楽しみにしてるんだけどな」
ピクッ
―――― お?脈アリ?
「友達とパーティーしてみたいって」
ピクッピクッ
―――― もう一息かな?
「・・・・・・・・残念がるだろうな」
―――― さて、どう出る?
「学校単位でやるより、身内だけの方がいいと思ったんだけど・・・」
はぁ・・・と小さなため息が聞こえてきて、俺は中嶋さんの心がかなり揺れているのを感じてトドメの言葉を続けた。
「変な企画とか立てて、また誰かに抱きつかれた・・・」
「啓太!」
―――― 掛かった。
まぁ、この間のハロウィンパーティーの惨事を考えたらそうだよな。
中嶋さんじゃないけど、俺もハラハラしたもん。
あんな人気あると思わなかったんだよな、和希。
「・・・・一応、礼を言っておく」
「え?」
「お前がそこに居なかったらアイツの事だから、勝手に生徒に招待状とか送っていただろうからな」
「・・・・・・・さすが。良く和希のこと分かってますね」
「当たり前だ」
ふん、と鼻で笑って眼鏡を軽く持ち上げた中嶋さんの姿は、いつもと同じように振舞っていながらも少しだけ安堵した表情が見て取れて。
俺は、和希って実は凄い偉大なんだな、という風に思ったのだった。
殊のほか人に弱みを見せることを嫌う中嶋さんの、こんな姿を見られるなんて、めちゃめちゃ貴重だと思う。
この人を、こんな風に変えてしまった自分の親友。
その影響力の強さを、今さらながらに思い知る。
きっと、これは親友の王様にだって出来ることじゃない。
恋人だから出来ること。
でも、それも和希じゃなかったら、こうはならなかったに違いない。
ホント、愛されてるよな。
そんなことを思って笑った瞬間、学生会室のドアがノックされ、当の本人、和希が姿を見せた。
「あれ?中嶋さん、まだ仕事終わってないんですか?」
「・・・・・・もうすぐ終わるから待っていろ」
「俺、買い物に行きたいんですけど」
「何を買う気だ?」
「プレゼント」
「なに?」
「クリスマスプレゼントですよ・・・って、あ、啓太から聞きました?」
「何をだ」
途端に機嫌の悪そうな表情を覗かせた中嶋さんを見て、え?という感じでこっちを向いた和希に俺は慌てて首を横に振る。
だって俺はちゃんと言ったし!
むしろ了承したんじゃないの!?
ていうか、何で今ごろ機嫌悪そうな顔してんだよ、中嶋さん!
そんな風に思ってもう1度視線を向ければ、何だか機嫌の悪さの中に妙な表情を覗かせている。
ん?何だ?
何か言いたいことでもあるのか、な?
「中嶋さん?」
「・・・・・まさかプレゼント交換、とか馬鹿なこと計画しているんじゃないだろうな?啓太」
「そ、の・・・計画自体は俺の案じゃありません〜〜!」
「・・・・・・・・してるのか」
「ひっ」
な、なんか黒いオーラが中嶋さんの後に見えるよ!
こ、こわっ!!
「だ、だから俺じゃ・・・」
怯えながらも、言うことだけはちゃんと言っておかないと中嶋さんのお仕置きを一身に受けてしまうという怖さのほうが勝って、どうにか口を開く。
すると、そんな俺と中嶋さんを交互に見ながら、和希が不思議そうに訊ねてきた。
「なんか問題でも?」
「・・・・・何がだ」
「プレゼント交換、しちゃダメなんですか?」
中嶋さんが何で機嫌が悪いのかは分からないものの、何に対して気分を害したのかは通じているのか。
的確な質問をしてきた和希に驚きながら、俺は事の成り行きを見守った。
「普通、友達同士のパーティーってプレゼント交換するものでしょう?」
「誰がそんなこと決めた」
「決めたっていうか・・・テレビとかで良くやってるし」
鈴菱の跡取りとして、どうも普通の家庭とは違う育ち方をしてきた和希にとっては、クリスマスパーティーとはそういう認識のものらしい。
「誰に何あげよう、とか考えるの楽しみだったんですけど・・・ダメ、ですか?」
「・・・・・・・」
「中嶋さんと一緒に買いに行きたかったんですけど・・・」
そんな風に和希が言った途端、中嶋さんが深いため息をつく。
も、しかして・・・OK出す、のか?
「・・・・・・今年だけだからな」
「っ、ホントに!?」
「今年だけだぞ?」
「ありがとう!中嶋さん!!」
・・・・・・ホントに和希ってスゴい・・・。
あの中嶋さんがOKしちゃったよ・・・・・。
普通、中嶋さんに逆らったら命ないよな。
う〜ん、愛の力って偉大。
そんな事を思いながら、俺は和希の嬉しそうな笑顔を眺める。
中嶋さんもだけど、和希もずいぶん変わったよな。
俺が此処に来たばかりの時は、もっと人との距離をとってたし。
こんな風に誰か≠ノ甘えるようになるなんて思わなかった。
そう考えると、ちょっとだけ悔しい。
中嶋さんじゃなきゃ、きっと和希は甘えない。
他の誰でもダメだって、その表情を見れば分かる。
中嶋さんだから§a希は甘えたいんだろう。
誰よりも厳しい人が、自分だけに垣間見せる少しの優しさ感じ取って。
「羨ましいよなぁ・・・・」
そんな関係。
一瞬、漏れてしまった心の声を聞いて、不思議そうな表情を浮かべる和希に慌てて何でもないと返す。
さらに、誤魔化すために俺は、無理やり違う話題を口にした。
「じゃあ、パーティーは24日・・・の何時にする?」
「え?25日だろ?」
「え?24日じゃないの?」
「だって、24日はダメだよ」
「なんで?」
「24日は中嶋さんと出掛けるから」
え・・・そんな事、ひと言も中嶋さん言ってなかったけど?
そんな風に思って中嶋さんを見れば、本人も怪訝そうな顔をしている。
ということは、やっぱりそんな約束はまだしていなかったのだろう。
それなのにどうして?
不思議に思いながら和希を見れば、続いた言葉に心底力が抜ける。
「だって、イブは恋人と過ごすもんなんだろ?だからダメ」
「へ・・・?」
「24日は中嶋さんと一緒だから、25日の・・・夕方でいいか?」
「・・・・・・・・・・・・・いや、もう和希の好きにしていいよ」
ホントに俺より年上なんだろうか、これでも。
何か、誰よりも子供な気がするんだけど・・・。
素で惚気ている事にも気付かず、楽しみだな〜なんて呟いている和希の笑顔は、ことのほか嬉しそうで。
まぁ、和希が喜んでるならいいか、なんて風にも思ったりする。
・・・・・そんな和希を見つめる中嶋さんの目が、すごく優しげなものだったのは、俺だけの心の中に留めておいたほうがいいんだろうな。
まったく、甘やかされてるんだから、和希ってば。
「じゃ、25日で皆に伝えておくから」
「うん。頼むな、啓太」
「了解。それより、行くなら早く行ったほうがいいんじゃない?」
「え?」
「プレゼント。買いに行くんだろ?暗くなる前に行ってきたら?」
「・・・・・でも、中嶋さんの仕事が・・・」
「俺が出来る所はやっておくし・・・ね、中嶋さん。今日、寒いですから」
畳み掛けるように言って中嶋さんを見れば、軽く頷いたのが目の端に入る。
「あぁ、悪いな啓太」
「いいえ。それより・・・・和希の楽しみにケチつけないで下さいね」
後半は、中嶋さんの耳元で彼にだけ聞こえるように言う。
そうすると、意識して浮かべているのだろう意地悪そうな笑みと、楽しげな声が返ってきた。
「さぁな。善処はする」
「・・・・・はいはい。じゃ、行ってらっしゃい!」
間違いなく、和希が選んだプレゼントに1つずつ毒の含んだ言葉を口にするんだろう。
だって、素直に許したわけじゃない。
他のヤツにやる物なんて、って思ってるに違いないんだから。
きっと和希もそんな中嶋さんに怒りながら、それでも2人で居られる嬉しさのほうが勝って傍から聞いてたら痴話ゲンカとしか思えないような会話を繰り広げるんだろうな。
その様子が目に浮かぶようで、俺はこっそり笑いながら2人を送り出したのだった。