「・・・・王様なんて嫌い」
「うっ」
「啓太も嫌い」
「な、なんで急に!?」
「・・・・・・・・・でも、中嶋さんはもっっっと嫌い」
ふんっ、と鼻を鳴らしながら、そんな風に言って。
和希は、目の前の中嶋を睨みつけた。
日常、とも呼べるような放課後。
それは、役員でもない啓太と和希が揃って学生会室で仕事を手伝うようになった最近の状況だろう。
逃げ出してばかりの丹羽も、さすがに生徒総会を間近に控えているからか、おとなしく仕事をしている。
それにつられるように学生会室に篭る率が高くなったのは、役員である中嶋もだが、啓太と和希も同様であった。
今日も作業を分担して片付けていたのだが、一息つこうと休憩を告げたのは中嶋。
丹羽の集中力が切れてきたのを見て取ったその眼力は、さすがと言える。
珍しく中嶋自らがコーヒーを淹れ、配っていたその時。
事件は、起こったのだった。
「・・・・・・何だ、急に」
「話掛けないで下さい」
嫌い、と言ったでしょう!?
そんな風に声を荒らげる和希を、啓太も丹羽も少し心配そうに見つめる。
自分たちも嫌いと言われたダメージを残してはいたが、それ以上にこんな和希の様子が珍しかったからだ。
はっきり言って中嶋と和希は、啓太たち2人の中ではバカップル認定をされている。
何だかんだいって恋人に甘いのが中嶋だし、それを知ってか知らずか、甘ったれているのが和希だ。
人目をはばかる、なんて言葉は辞書に載っていないだろう彼らの・・・というか、和希の怒ったような剣幕は初めて見る。
それは中嶋も同じなのか、ほんの少しだけ考えるような表情を覗かせて和希のほうに手を伸ばした。
「っ、触らないで下さい!」
パシっ
そんな音が学生会室に響き渡り、手を叩き落とされた中嶋はその瞬間、小さく舌打ちをする。
「・・・・・何が気に入らない?」
「自分の胸に聞いてみたらどうですか!?」
何でこんな事になったんだ、と外野はオロオロするばかり。
険悪なムードが漂う中、和希はそんな丹羽たちにも鋭い視線を送る。
正直な所、親友と呼ばれる存在の啓太は和希にそんな瞳を向けられたことなどなく、既に半泣きだ。
誰もが黙り込み、ピンと張り詰めた空間。
それを壊したのは、こんな場面を作り出した本人だった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・何でこの2人だけ、名前・・・っ」
は?
なに?
頭の中にハテナが飛び交う啓太と丹羽を他所に、そんな和希の言葉を聞いた中嶋はちょっと前のやりとりを思い返す。
『哲也』
『お、サンキュー』
『啓太』
『ありがとうございます』
『遠藤』
『っ』
『遠藤?』
『・・・・王様なんて嫌い』
『うっ』
『啓太も嫌い』
『な、なんで急に!?』
『・・・・・・・・・でも、中嶋さんはもっっっと嫌い』
珍しく中嶋自らがコーヒーを淹れ、配っていたあの時。
そのやりとりが、和希の逆鱗に触れたのだろう。
・・・・・・・なるほどな。
理由に思い当たった中嶋の様子は、それはひどく楽しげなもので。
その表情を見た和希の怒りは、余計にヒートアップしていく。
「っ、なに笑ってるんですか!?」
「別に・・・」
「別にって・・・・あぁ、そうですか!中嶋さんは俺なんてどうでもいいんですよねっ」
「誰がそんなこと言った」
「だって!俺より王様とか啓太の・・・・・」
「可愛いな」
「・・・・・・・・は?」
「可愛いな、と言ったんだ」
突然のその言葉にポカンと口を開いた和希だったが、理解した途端、怒りでか身体を震わせる。
「馬鹿にしてるんですか!?」
「本当のことを言っただけなのに何故怒る?和希」
「本当のってですね!・・・・・・・って、え?」
「どうした?和希」
「・・・・・・・・・・なっ」
今度は顔を紅くして口を閉じたり開いたり。
くるくる変わる表情は、中嶋でなくても目を奪われるものだけど。
次の瞬間、啓太と丹羽は、こんな親友たちを持ってしまったことを少しだけ後悔したのだった。
「名前で呼んで欲しければ、お前も呼ぶんだな」
「な、に言って・・・っ」
「1人だけ苗字で呼ばれたのが気に入らなかったんだろう?・・・・和希?」
「・・・・・・っ、卑怯者・・・」
「ふん、何とでも」
バカップルの焼きもちのせいで、嫌いとか言われたわけ?
そんな虚しい想いを抱えて、啓太と丹羽は傷ついた心を癒すべく学生会室を後にした。
「・・・・・・・なぁ、啓太。遠藤のヤツ、明日から英明、って呼ぶと思うか?」
「・・・・・・・・・・呼ぶんじゃないですか?あのまま中嶋さんが逃がすと思えないし」
「だよな・・・・・・俺、ピンクのオーラが漂うとこで仕事したくないぜ・・・」
「そんなの俺も一緒ですよ、王様・・・・」
いつでもバカップルとは、人様の迷惑になる生き物らしい。
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