「・・・・・・出来れば、痴話ゲンカは人目に触れないとこでお願いしたいよ」
そんな風に呟いた成瀬の心情を分かってくれる人は。
きっと、いつもあの2人にアテられている人間だけに違いない。
Bitter Sweet Lovers
「此処がいいんです!」
「俺は絶対に行かない」
「此処に行きたいから選んだのに、それじゃ意味がないじゃないですか!」
「俺は行く気がない」
「・・・・っ」
テニスコートに向かう途中、聞き覚えのある怒鳴り声が耳に届いて僕は足を止めた。
この声は・・・遠藤?
啓太を挟んで俺にぶつけられる尖った声。
それに近しい鋭さに声の主は判明したものの、僕に向けられるものより数段拗ねたような子供っぽささえ感じられる。
怒鳴られている相手は一体誰なんだろう。
ふと興味を感じ、僕は木の陰に隠れたベンチの辺りから発せられている騒ぎの元をそっと覗きこんだ。
「―――― 中嶋さん・・・?」
確かにその場に居たのは遠藤。
だが、怒鳴られている相手は意外にも、この学内で一番こんな場面が不似合いな人であった。
「・・・・っ、もういいです!中嶋さんなんか勝手にすればいい!」
「どうする気だ?」
「・・・・・・貴方とは別行動にします。勝手に好きな所に行ったらどうです?俺も好きにしますから!」
うわ〜・・・遠藤ってすごい。良く副会長にあそこまで食ってかかれるなぁ。
ていうか、良くあの副会長がおとなしく聞いてるよな。
そんな風に思った瞬間、副会長の腕が遠藤の方へ伸びる。
「うわっ、ダメです!副会長!!」
幾ら腹が立っても、その体格差で殴ったら遠藤が壊れちゃうよ!
咄嗟にそんな事を思って、僕は木陰から飛び出した。
「・・・・・何だ?成瀬。デバガメか?」
「え・・・?」
そんな副会長の声に、良く2人の方を見れば遠藤が殴られた形跡はない。
というより、むしろ伸ばされた腕は遠藤の腰に回され、その一回り小さな身体を抱き寄せていた。
「・・・・・・あの・・・差し支えなければ、ちょっとお聞きしたいんですが」
「何だ?」
放して下さい、中嶋さん!という遠藤の叫びを気にする事なく、しっかり抱きしめたままの副会長に怖々と尋ねた僕は、
その答えを聞いた瞬間、馬鹿馬鹿しいと脱力したのだった。
「何を言い争っていたんですか?」
「あぁ・・・成瀬、お前なら行きたいと思うか?テディベアミュージアム」
「――――― は?なんですって?」
「テディベアミュージアムだ」
「え〜と・・・別に興味はない・・・です、が」
「俺もそうだ。それなのに、コイツがどうしても行きたいと言って聞かなくてな」
「っ、だから俺は勝手に行くから貴方も勝手にすればって言ったでしょう!?大体、俺はあそこに行きたいから伊豆にしたのに!」
「・・・・・伊豆?」
「最近忙しくて何処にも連れて行ってやれなかったから、旅行に連れて行ってやろうと思ってな」
「貴方から言い出したくせに、いざとなったら行きたくないって、どういう了見なんです!?」
「伊豆に行きたくないなんて言ってないだろう?俺はテディベアミュージアムは却下、と言っているだけだ」
「だから俺は勝手に行くから別行動にすればいい、って提案してるじゃないですか!」
・・・・・・・・・・・・・・えーと。
これって、もしかして単なる痴話ゲンカってやつ?
知らなかったけど、もしかしてこの2人、そういう関係なわけ?
だって、どう見たって、どう聞いたって・・・ただの痴話ゲンカにしか見えないよ!
「・・・・・・分かった。行ってやるから、そんなに喚くな」
「本当?一緒に行ってくれる?」
「あぁ。一番最初に行けばいいんだろう?」
「ありがとう、中嶋さん」
「まったく・・・本当にワガママな奴だな、お前は」
仕方なさそうに言いながら、それでも楽しそうな表情を隠しもしない副会長を見ていると、遠藤のそんな所が好きなんじゃないかと思う。
それを分かっているから遠藤も、嬉しそうな笑みを惜しげもなく浮かべているのだろう。
それはまるで、盛大な甘えのようにも見えて、僕は深いため息をついた。
ホント、お似合いの恋人だよ。
彼らにとっては、こんなケンカも恋愛を楽しむ要素なんだろう。
苦いけれど甘い、そんな恋愛関係。
これ以上、彼らの時間を邪魔したら副会長に何されるか分からない。
ほんの少しだけ真剣にそう思った僕は、そっとその場を後にした。
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