「・・・・・・・・ちょっと凄いね、これは」
そう言って、つめていた息を緩く吐き出しながらそう言った河本さんに、俺は何て返したらいいのか分からなくて曖昧に笑った。
「これはベルリバティの生徒さんたちかい?岩井くん」
「はい・・・3年の篠宮と、2年の西園寺、1年の遠藤です」
「それぞれが抑えたような表情なのがまたいいね。この絵の良さを凄く引き立ててる」
「ありがとうございます」
クリスマスに行われる絵画展に合わせて描き下ろした新作。
それを持って河本さんの所へ行けば、絵を見せた瞬間、息を呑まれた。
彼に絵を見せるのは、いつも酷く緊張する。
それでも、今回のは自分でも満足の行く出来だったから、少しだけその顔にどんな表情が浮かぶのか、楽しみだった。
「クリスマスの間だけなんて勿体無いな」
「でもこれは、もうあげる人が決まっているので」
「そうなのかい?残念だな・・・交渉の余地はない?私が買ってもいいぐらいだ」
「・・・・・・・・・・多分、アイツが許さないと思うし」
「アイツ?」
「あ、の・・・これをあげる相手、が」
気を悪くさせただろうか、と思って言葉につまると河本さんは少し考える仕草をしてから口を開く。
「岩井くん。差し支えなければ、その相手が誰なのか教えて貰っても構わないだろうか?」
「え?」
「個人的に知りたいんだ」
「でも・・・交渉しても無駄だと思いますが・・・」
「あぁ、そういうんじゃない」
「そう、ですか・・・それなら・・・うちの生徒です。3年の、中嶋」
「中嶋?もしかして、学生会の?」
「はい。知ってるんですか?」
「あぁ、美術部に顔を出しに行ったときに会った事がある」
「あ、あの時・・・そう、か」
「うん。まぁ・・・でも意外だな」
「何がですか?」
「こういう、なんて言うか・・・絵とかを欲しがるような子には見えなかったけど」
首を捻るようにして疑問を口にした河本さんに、俺は、言ってもいいのだろうかと思いながらも答えを返す。
「中嶋は絵が欲しいんじゃなくて、これだから欲しいんだと思います」
「これ、だから?」
「だって怒られたし・・・・」
「怒られた?」
「・・・・・・・・勝手に遠藤を描いて、って」
そう言うと、河本さんは少し目を見開いてから、声をたてて笑った。
「なんだ、そういう事か。ふぅん・・・この子は彼の恋人なんだね」
「・・・・・・・・そうらしいです」
「そうらしい?」
「滝から・・・学園に詳しい後輩から聞いたんですが、あまり知られていないらしくて」
「へぇ。まぁ、公開したら大変だろうね」
「?」
「だって、姫、だろ?彼は」
遠藤を指差しながら、そう言って河本さんはまた笑う。
「なんで・・・知ってるんです?」
「この間ベルリバティに顔を出した時に、学生が噂しているのを聞いたんだ。何か今年は珍しく3学年に姫が揃ったって。この絵の彼らの事だろう?」
「・・・・・・そうか、河本さんは卒業生でしたね」
「うん。俺たちの頃は、残念ながら2学年下にしか姫がいなかったけれどね。それでも皆が注目していたよ。姫の恋人には」
だから周りに知られたら大変だろう?
苦笑しながら河本さんはそんな風に言ったけれど。
俺は少し考えてから、それに首を振った。
「大変なのは周りだけです」
「周りだけって・・・中嶋くん、姫を手に入れやがって、って責められるんじゃないか?」
「そんなの気にするような奴じゃないし、どちらかと言えば自分の恋人を勝手に姫なんて呼んで愛でるな、とか言って殴って歩くような人間かな・・・」
「・・・・・・随分と激しい子だね」
「中嶋は世の中、自分中心に回ってるから」
それでも、遠藤と一緒にいる時の中嶋だけは、ちょっと違う。
ほんの少しの柔らかな空気を纏って、幸せそうに微笑む。
そうだ。
今度、中嶋と遠藤が一緒にいる所を描いてみようか。
きっと今回以上の絵が描けるに違いない。
その考えは、とてもいいものに思えて。
俺は河本さんに絵を預けて、すぐに学園に戻るべく画廊をあとにした。
幸せが詰まった、あの小さな島へ。