クリスマス★ロマンス
「まっかなおっはっなっの〜」
鼻歌を歌いながら寮の大ホールでツリーに飾りつけをしているのは、遠藤和希。 ベルリバティの理事長ながら、学生として自分の学園に通う酔狂な人物である。 生徒に混じって楽しげにクリスマスパーティーの準備をする姿は、とても成人男性には見えないほど可愛らしいオーラを撒き散らしていた。
「ご機嫌だね、和希」 「だって、初めてなんだ。こういうクリスマス」 「え?」 「いっつも仕事関連のパーティーばっかりで、つまんなかったし。それに啓太と一緒に過ごせるなんて夢みたい」
和希が理事長だということを知っているのは、親友の啓太とごく一部のみ。 潜めた声で告げられた言葉は、啓太以外に聞こえないよう配慮してのものだったが、彼の耳にはしっかり届いた。 それは嬉しく思うのと同時に、少しの呆れを啓太に憶えさせたのだが。
「なーに言ってんだよ。俺よりもっと一緒にクリスマス過ごせて嬉しい人、いるくせに」 「けっ、けーた!」 「ホントのことだろ。まぁ、準備から参加してはいないみたいだけど・・・どうせパーティーは来るんだろ?」 「―――― うん」
約束したからね、と言って笑う和希は恋愛感情がない目で見ても文句なしに可愛い。
これじゃ、あの人が虫除けに躍起になるはずだ。 少しだけ哀れんで和希の恋人である中嶋の不機嫌そうな顔を啓太が思い浮かべた瞬間、後ろから異様な空気が漂ってきた。
「見つけたぞ、遠藤!」 「ひっ、え、あ?ぶ、部長?」
急に掛けられた声に驚いたのか、和希が身を竦めながら見つめた相手は、手芸部の部長である川瀬。 いつもの穏やかな表情とは違って微かに殺気立ったように見える顔に、和希は後ずさりながら口を開く。
「どうしました?部長」 「ちょっと遠藤に手伝ってほしいことがあってな」 「手伝い?」 「あぁ。伊藤も一緒とは好都合」 「え?俺、ですか」 「・・・・・野郎ども!準備はいいか!」 「「「「「「「はい!!」」」」」」」 「え?ちょ、ちょっと!?」 「放してください!!」 「悪いな、遠藤、伊藤」 「は〜な〜せ〜〜〜〜っ」
いつの間にやら手芸部員が勢ぞろい。 驚く2人を尻目に、数に物を言わせて担ぎ上げるとそのままホールを後にする。
「―――― 2人が攫われた・・・」 「おい、呑気なこと言ってていいのかよ?」 「え?」 「王様とあの人が黙っちゃいねぇんじゃね?」 「・・・・おいっ、誰か報告に行ってこい!!」
遠藤、伊藤両名が連れ去られた瞬間。 現学生会メンバーが顔を青くして、旧学生会トップたちの怒り顔を思い浮かべたのは言うまでもなかった。
「手芸部のヤツら、何処に行ったんだ?」 「上の階に向かったと言っていた。そうなると川瀬の部屋か」 「ヒデ・・・・俺に凄んだって意味ねぇよ」 「気にするな。憂さ晴らしぐらいさせろ」
すんな!と叫んで親友の後頭部を叩いた丹羽だって、あまり心中は穏やかではない。 だが、中嶋に比べれば随分マシだと思う。 いや、マシだと言わざるを得ない。 足音荒く階段を上る中嶋英明なんて、この3年間でついぞお目に掛かったことはなかったのだから。
「哲」 「なんだ」 「修理代は折半でどうだ?」 「力づくかよ、おい」 「篠宮を説得してマスターキーを借りる時間が惜しい」 「・・・・ま、同感。しゃーねぇな」 「決まりだ」
3階まで一気に駆け上がっても息が切れないのが、この2人の普通じゃないところ。 お目当ての部屋の前で立ち止まり、顔を見合わせる。
その瞬間、部屋の中から声が聞こえた。 生徒へのプライバシーは充分すぎるほど配慮がされた寮内。 少しぐらい騒いだって聞こえないはずのものが漏れるとは、結構な声量だ。 聞き覚えのある2人の声が、どうも暴れながらのものらしいと気付いた中嶋と丹羽は、揃って足を振り上げドアを蹴り破った。
「な、中嶋先輩!?」 「王様?!」
部屋に乱入した2人の目に飛び込んで来たのは、心底驚いた表情を浮かべる手芸部員たち。 ・・・・・と、顔を真っ赤に染める和希と啓太の姿だった。
「――――― 川瀬。学生会長から妙な報告を受けたんだが」 「っ、な、なんでしょう、中嶋先輩」 「1年生をお前たちが無理やり拉致したと」 「ひぃっ!」 「あー、川瀬?ヒデと俺が大人しくしてるうちに全部吐いたほうが見のためだぜ?」
バキバキと指を鳴らしながら近寄る丹羽に怯え、川瀬は後ずさる。 しかし、後ろに居た啓太に身体が辺り、逃げ場を失った彼はそのまま襟元を丹羽に掴まれて引き上げられた。
「なぁ?集団で後輩をいたぶるような部だったのか?お前ら」 「ちっ、ちが!」 「違う?・・・・・じゃあ、何で2人ともシャツを脱がされかけてんだよ!」
ダンっ、と勢いよく壁を殴りつけた拍子に部屋中が揺れ、丹羽の激昂が全員に伝わる。 他の部員に至っては、中嶋の絶対零度の視線に動くことすら出来ないで居た。
「無理やりやっちまう気だったのか!?」 「っ、違います!」 「じゃあ何だってんだよ!」 「投票です、投票!!」 「「投票?」」
気勢を殺がれた丹羽と中嶋の声に、川瀬はこことぞばかりに声を張り上げる。
「そうです!クリスマスパーティーで、何を見たいかって」 「・・・・・そんなものあったか?哲」 「そういやあったような。俺、確かド派手なマジックショーって書いたぜ?ヒデは?」 「知らん、そんなもの」
疑問の色を浮かべながらも少し怒りの解けた2人に、ようやく口を開く余裕が出てきた手芸部員たちは一斉に話し始めた。
「で、投票の1位が、この2人のミニスカサンタだったんで!」 「投票期限が遅かったんで、集計が遅れたんですよね」 「だから衣装作るの遅くなっちゃって」 「本番だけ着せるっていうのも、サイズが合わないとかあったら大変だし」 「とりあえずホールの準備なんか他の人間でもできますから」 「2人には先に試着をしてもらおうと!!」
それぞれが必死に言い募るのは、旧学生会コンビが怖いからだろう。 この2人に睨まれたら、2度とベルリバティで日の当たる道を歩けない気がする。 恐怖に怯えながら許しを請うのは当然と言えた。
しかし、当の本人たちは少しばかり驚きの表情を浮かべている。
「・・・・・今、何て言った?」 「え?あ、試着を」 「それじゃなくて」 「衣装作るのが遅くなって?」 「もっと前だ!」
焦れたような物言いの中嶋の姿に、珍しいものを見たと思いながら川瀬は首を捻る。 もっと前って、あれ以上前? 前って、投票の話か?
「ミニスカサンタ?」 「それだ」
どうやらビンゴだったらしい。 キラリと眼鏡を光らせ、中嶋は川瀬に詰め寄った。
「衣装は決まっているのか?」 「・・・・ハイ、とりあえずは」 「どれだ」 「えーと、これです」
親友の変わり身の早さについていけなかった丹羽は、呆れた顔で中嶋の顔を見やる。 そこには珍しく、歳相応に楽しげな笑みを浮かべる姿があった。
「ヒデ・・・・お前、欲望に忠実すぎ」 「じゃあ何か?哲は啓太に着せたくないと」 「そんなこと言ってねぇよ」 「だったら自分だけイイ子になろうとするな。不愉快だ」 「へぇへぇ、悪ぅございましたねー」
思わぬ雲行きに、和希と啓太の2人はそろりと部屋を後にする。 が、そんなことを許すような恋人たちではない。
「和希」 「っ」 「啓太」 「は、はい!」 「「逃げられると思うなよ?」」 「「そんな・・・・」」
助けに来てくれたんじゃなかったのか。 2人の頭に浮かんだ思いは、彼らの恋人自らが無残にも否定する。
「今すぐ着替えろ」 「中嶋さん、本気ですか!?」 「あぁ、本気も本気だ。ただ、お前が行くのはホールじゃなくて俺の部屋だが」 「部屋って・・・・」 「サンタは子供の願いを叶えるのが仕事だろう?」
たっぷりとプレゼントを頂こうか。 笑いながらそう言って、中嶋は衣装を手に取る。
「啓太もだぜ?川瀬、今日の余興はナシだ。悪いな」 「えーっ!?王様、困りますよ!」 「ふぅん?じゃあ、俺とヒデ、両方をぶちのめしたら許可してやるよ」 「まぁ、万が一にもそんなことはありえないが」 「っ、横暴反対ーーーーーー!」 「「恋人優先」」
にやりと笑った中嶋と丹羽の顔には、既に隠しきれない欲望の色が浮かんでいる。
これは、逃げられそうにもない。 諦めたように肩を落とした和希と啓太は、互いに顔を見合わせ、泣き笑いを浮かべたのだった。
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