「秘密のデート」






「・・・・・ヒデ。もう終わりにしねぇ?」
「そうだな・・・確かにいい時間だ」


現在時刻、夜8時。
学生会の仕事を、珍しく逃げ出さなかった丹羽と共に片付けていた中嶋は時計を眺めながら頷いた。


出来ることならば、今月が期日の書類は全て片付けたい所だったが、丹羽の忍耐力も限界だろう。
とりあえず今週末の期日分までは全て判を押させたし、何より寮の食堂が9時までだ。
自炊が出来るように各部屋にも簡単なキッチンはあるが、ここの所の激務のせいでそんな気力もない。


かと言って、カップラーメンやレトルトを食べれば済むほどの胃の状況でもない。
正直言って、簡単に済ませたコンフレークとコーヒーの朝食以来、何も口にしていない中嶋の胃はかなりの空腹を訴えていた。


それもこれも、丹羽が逃げ出してばかりで仕事が溜まる一方だからだ。

体育祭、学園祭と行事が目白押しの秋。
ただでさえ少人数精鋭で運営している学生会の仕事は、これ以上にないほど多く、急を要するものばかり。
幾ら中嶋が必死になって片付けても、最終的に会長印がいるものが大多数を占めるのだ。


それをこの男は、デスクワークが苦手だ、のひと言で逃げてばかり。
人の苦労も知らないで・・・と傍らの親友を睨み付けた中嶋は、すっかり夕飯に心奪われた様子の丹羽に思わずため息をついた。


「?なんだよ、ヒデ」
「・・・・・・何でもない」
「変なヤツ」


さーメシメシ、と浮かれた丹羽にとって、仕事は二の次・三の次だと良く分かっているからこそ中嶋は仕方なく黙ったまま、帰り支度を始める。
そのまま2人揃って学生会室を出ようとドアを開けた瞬間、ノックしようとしたのか手を振り上げた和希がそこにはいた。


「あ・・・」
「よう、遠藤。どした?」
「えーと、お帰り・・・ですか?王様」
「ようやくなー。ヒデにすっかり拉致されちまって」
「お前がちゃんと仕事しないからだろうが、哲」
「だからってこんな時間まで缶詰にするこたぁねぇだろ!」
「俺だけ先に帰っても良かったんだぞ?」
「・・・・・・・・スイマセン、アリガトウゴザイマシタ、ナカジマサマ」
「分かればいい」


片言で丹羽が謝ったのを見た途端、思わず吹き出した和希に眼をやった中嶋は、不思議そうな顔で彼の頭に手を伸ばす。

指先に触れたのは、サラリとした前髪。
かき上げてもすぐ零れ落ちる手触りの良いそれを殊のほか気に入っている中嶋は、気づけは和希の髪を触っていることが多い。

本人は無意識でやっていることもあるが、その瞳が思わず周りが目を疑ってしまうほど優しいので丹羽ばかりか和希までもが気恥ずかしさを憶えて顔を赤くした。


「あ、の・・・中嶋さん?」
「何かあったのか?遠藤」
「え?」
「こんな時間に学生会室まで来るなんて」
「・・・・・こんな時間、は俺のセリフですけど」


ほんの少し拗ねた色を乗せた声に、中嶋は首を傾げて言葉の続きを待つ。
次の瞬間、苦笑を浮かべたのは必然だっただろう。


「俺のこと放っておいて王様ばっかり構う甲斐性なしの恋人を責めに来ました」
「おいおい、遠藤。俺ばっかりって」
「王様は黙っててください」
「・・・・ハイ」
「で?どうすればお前の気は済むんだ?」
「お弁当」
「は?」


目を丸くする中嶋英明なんて、ものすごい貴重なモン見ちまったぜ。
そんなことを思った丹羽に構わず、和希は満面の笑みで中嶋の身体を反転させ、部屋の中に押し戻す。


「お弁当作って来たんで、ここで食べて行きましょう?」
「お前が作ったのか?」
「篠宮さんに教えてもらいながらねー」
「それなら少しはマシな物が食えるんだろうな?」
「あー、可愛くなーい!そういうこと言ってると食べさせてあげませんよ?」
「ほう?遠藤自ら食わせてくれると。なら俺が箸を持つ必要はないな」
「ぐ・・・っ」


丹羽が居ることなんて既に忘れている2人は、そのままソファに腰を下ろす。
学生会室で秘密のデート、といったところか。


馬に蹴られるのはゴメンだ。

呆れたように首を横に振って、丹羽は静かにドアを閉めた。











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