ベルリバティスクール学生会の副会長として、学内に知らぬ者などいない有名人。
それが俺、遠藤和希の恋人である中嶋英明という人だ。
切れ者でクール。
眉目秀麗という言葉がピッタリの、頭が良い美形。
そんな男を周りの人間が放っておくはずもなく、彼に女の噂が途切れることはなかった。
そればかりか、男子校であるにも関わらず学内でも熱烈なラブコールを送る者が後を絶たない。
中嶋もそれに異を唱える事もなく、男女の区別なしにセックスの相手を変えていた。
そんな彼に俺が持てた感情が、良い物であったワケがない。
先輩に対しての必要最低限の敬いを見せる他は、どちらかと言えば嫌いだという態度が見え隠れしていたように思う。
少なくとも啓太が王様と親しくなって学生会の仕事を手伝うようにさえならなければ、いまだに個人的な付き合いなどなかっただろう。
そう、あんな事がなければ。
「遠藤?どうした、今日は1人なのか?」
その日は いつもの様に仕事の手伝いに放課後、学生会室に向かったのだが、啓太と連れ立ってではなく俺1人だったことなど初めてで、中嶋さんも疑問に思ったのだろう。
ほんの少し不思議そうな表情を覗かせた彼に、俺は殊勝な顔をして頭を下げた。
「すいません、中嶋さん。啓太、今日は生物の補習があって・・・」
「また平均点以下だったのか」
そんな風に言いながら、ふ、と笑ったその表情がとても柔らかくて。
俺は、そのまま動きを止めて中嶋さんを凝視した。
「遠藤?」
「はい?」
「そんなにジっと見つめるな。減る」
「減る、ってね・・・そんな顔で笑うほうが悪いんですよ・・・って、何ですか?この手」
いつの間にか引き寄せられ、腰に回った手をピシャリと叩けば悪びれもせず言い放たれる。
「妬いてるのか?」
「は?誰が誰に?」
「お前が、啓太に」
艶然とした笑みは、酷く中嶋さんに似合っていて。
俺は、一瞬自分の頬に朱が上るのを感じながら、誤魔化すように口を開く。
「逆ならあると思いますけど?」
「ほう、お前は俺に妬くのか?」
「えぇ。啓太は案外と貴方に懐いていますからね」
そう、怖がっていながらも学生会に入り浸っている様子を見れば分かる。
言うほど中嶋さんを怖がっていない事も、中嶋さんが啓太を意外と構っている事も。
王様を捕獲する時の2人のコンビプレイは、見事とでも言うしかないほどで。
啓太の1番の親友を自負する俺としては、少しばかり妬ける事実だ。
「なら、俺は啓太に妬くがな」
「は?」
「いつまで啓太、啓太って言っているつもりだ?」
「どういう・・・意味です?」
「――――― 知らないとは言わせない」
そう言って腰に回した手の力を強くした中嶋さんは、口唇が触れ合うのでは、と思うほど近くまで顔を寄せて囁くような声を出す。
「いつまで気がつかないふりをする?」
「だから何が・・・」
「・・・・・・こんなお子様に惚れたのか?俺は」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
なに言ってるんだ、この人は。
そんな思いで目の前の人を眺めれば、中嶋さんにしては珍しく本気でため息をついている。
「中、嶋・・・さん?」
「なんだ?」
「今、なんて・・・?」
「まったく、そこまで気付かれていないとは思わなかったぞ?」
苦笑する様すら似合って見えるのは、得なことだ。
ぼんやりとそんな事を思いながら見上げれば、そこにあったのは苦笑を引っ込めた真面目な表情。
周りが騒ぐのも分かる気がする、と思えたその表情は、掛け値なしにカッコ良いと言えるものだった。
「俺のものになれ、遠藤」
「中嶋、さ・・・・」
「俺以外のヤツの事なんて、考えられないようにしてやる」
そう言って前髪をかき上げられ、露わになった額に口唇を落とされる。
普段の鋭さを収め、柔らかく触れてくる口唇の感覚は、酷く優しくて。
俺は、知らぬ間に目を閉じて、そのキスを甘受した。
「何で・・・貴方なんか好きになっちゃったんですかね」
いつもの様に学生会室で仕事を手伝いながら、そんな風に呟けば、楽しそうな声が返って来た。
「それは是非とも聞いてみたいものだな」
「分からないから言ってるのに」
「ふん、なら教えてやろうか?」
「俺が分からないのに、貴方が分かるって言うんですか?」
「少なくともお前よりはな」
ニヤリと笑った中嶋さんは、いつもの意地悪そうな表情以上に楽しげな笑みを浮かべている。
何を言われるのか、と身構えて答えを待つ間に近づいてきた彼は、俺の身体を持ち上げて机の上に座らせた。
急に目線の高さが同じになった事に少し慌てて、目を逸らそうとしたがそれも叶わない。
強い視線が向けられ、それに吸い込まれるように中嶋さんの瞳を見つめることしか出来なかった。
そんな俺の様子を見て微かに笑う彼に、批難をこめて眉をひそめる。
「可愛いな、お前は」
「なに馬鹿なこと言ってるんですか」
「俺が見つめたぐらいで顔を紅くして・・・・誰にでもそうなのか?」
「っ、そんな事あるわけないでしょう!?」
「俺は特別、か?」
「・・・・・・・・・っ」
「お前が俺を好きになった理由。知りたいか?」
ギリギリまで近づいて、口唇が触れそうなほどの距離で囁かれた問い。
まるであの時のような張り詰めた空気に、俺は声を出すことも出来ずにただ頷いた。
『俺のものになれ』
そんな風に言われたあの時を思い出し、顔が紅くなるのが自分でも分かる。
「自分だけを見つめてくれる人間が欲しかったんだろう?」
「なん・・・です、それ」
「友達や先輩じゃない、特別な存在が」
「特別・・・?」
「1人で放っておかれるのが嫌いだからな、お前は」
「・・・・・・・・俺は子供ですか?」
「そうだな、大きな子供だ。そのお陰で俺はお前を手に入れられたわけだが」
楽しそうに笑って俺を見つめるその表情は、常にないほど穏やかなもの。
冷徹とか、非情とか、いつも学内で言われている帝王らしさは微塵もない。
俺の前にいる時だけは、何処までも甘やかしてくれる包容力の大きい恋人だ。
「なら、俺は淋しがりやで良かったってことですよね?」
「そうだな」
くすくす笑いながら中嶋さんに抱きつけば、引き寄せられるようにして抱き返される。
誰も知らない、俺だけの特権。
それがある限り、俺はきっとこの人から離れられないに違いない。