辛いとき、哀しいとき、苦しいとき。


いつも傍に居てくれたのは、君だった。

 

 

 

 

雪と甘い涙


 

 

 

 

新しい年が始まった。


いつもであれば、鈴菱の長男である俺は父について挨拶周りに行かなければならない。

しかし、今年は祖父の喪に服しているということで、それもなくなった。

 

俺が祖父から遺されたのは、この学園と研究所。

理事長として、所長として、この半年を過ごしてきた。


それは、優秀な秘書たちが居ても忙しさを感じる毎日。

その忙しさに、泣きたかった想いは心の奥底に封じ込められていた。

 

でも、こうして例年とは違うゆっくりした正月を迎えてしまうと、思い出されるのは祖父のことばかり。


仕事にかまける両親より、共に過ごした時間の長い人。

尊敬し、誰よりも愛していた。


祖父が亡くなって、誰よりも泣きたかったのは俺だろう。

限りない愛情を注いでくれた祖父を亡くした痛みは、まだ薄れてはいない。

 

祖父の死を知ったのは、留学先だった。


スキップして、当に卒業した大学から別の大学へ。

単位だけをただ取って、両親の望む成績を修めていた。


その結果が、これか。

周りの境遇を呪いながら、帰国した俺に待っていたのは『大学は?』のひとこと。


祖父の死に目に立ち会えなかった俺を、更に打ちのめす言葉だった。

 

 

あれから半年が経った。


誰もいない、新年の学園。

理事長室から窓の外に目を向ければ、雪が舞い落ち始めたのが見える。


祖父の愛したこの学園を、その季節を自分の身で感じたい。

ぼんやりとそんな事を思いながら、俺は理事長室を後にした。

 

 

「綺麗・・・・」

 

小さな煌めく雪の欠片。

灰色がかった空から落ちてくるのに、それでも綺麗なのはどうしてなんだろう。


上を向き、身体中で雪を受け止めながら瞳を閉じる。

 

ねぇ、おじい様。

貴方は幸せでしたか?


肉親に看取られなかった最期でも、幸せでしたか?

 

どうして、もう少し早くに教えてくれなかったんだろう。

そんなに悪いなんて、誰も教えてくれなかった。


知っていれば、もっと早く帰国したのに。

独りでその瞬間を、迎えさせることなんかなかったのに。

 

何故、教えてくれなかったんですか――・・・。

 

 

哀しさなのか、切なさなのか。

それすらも分からない感情が、胸に渦巻く。


溢れだした想いは留まることを知らなくて、涙が零れ落ちた。

 


「・・・・・・馬鹿なのか?天下のベルリバティスクールの理事長様は」

「ひ、で・・・あき・・・?」

「この寒いのに、傘も差さないで雪にまみれるな」

 

呆れたような声で後ろから傘を差し出す少年に驚いて振り向けば、途端に彼の顔に厳しい表情が浮かぶ。

 

「和希。言っただろう?一人で泣くなと」

「中学生にそんなこと言われる筋合いはない」

「だったら子どもみたいに泣くな。もう成人式も終えた大人だろう?」

「・・・・・そうだよ、大人だよ。だから一人で泣くんじゃないか」

「独りならそれでいい。だがお前には俺がいるだろう?」

 

そんな風に言って、俺の涙を拭う少年はまだ幼い体躯を抱えている。

 

中学三年生である彼、中嶋英明とはある意味、家族ぐるみの付き合いをしている。

英明の父が、鈴菱家の主治医を務めているからだ。


総合病院の院長でありながら、鈴菱の面倒を見ているのは、利害の一致以外の何物でもない。

しかし、それは子どもの英明や俺には当てはまることもなく、予想以上に彼に懐かれる羽目になった。

 

クールで、何処か大人びた子ども。

童顔で、高校生と間違われることの多い俺。


あまり年の差を感じることの少ない彼に、押し倒されたのは日本に一時帰国した一年前のこと。


好きだと、鈴菱は関係なく和希自身が欲しいと、そう言われた。

子どもの戯言を嬉しく思ってしまったことを、悔やんだ時もある。

 

だけどこうして、一番泣きたいときに傍に居てくれるのは、やっぱり英明だけだ。

 

 

「おじい様は・・・幸せだったかな?」

「当たり前だろう?」

「どうして断言できる?」

「和希がこれだけ愛しているのに、どうして幸せじゃないと思えるんだ。俺だったら悔いはないな」

「・・・・・・英明、幾つだよ・・・子どもの台詞か?それ」

「いつまでも子どものままじゃ、和希においていかれるからな」

「―――― 馬鹿」

 

おいて行ったりなんか、しないよ。

むしろ、おいて行かれるなら俺のほうだ。


この春からベルリバティの生徒になる英明は、無限の可能性を秘めているんだから。

 

「・・・・邪魔になったら、すぐ・・・」

「和希。それは俺を馬鹿にしているのか?」

「そうじゃなくて」

「誰と出会うかなんて分からない。気の合う相棒も、友人も、これから幾らだって出会う可能性はある」

「そうだ。だから」

「でも、俺が好きなのはお前だけだ」

 

少し背伸びをして、冷たくなった俺の身体を抱き寄せた英明は、顔を見上げながら言葉を続ける。

 

「舐めるなよ?伊達にお前を好きだった時間が長いわけじゃない」

「な――・・・」

「子どもの本気を舐めるな」

 

突き刺さるような鋭い視線を向けられ、思わず動きを止める。

そんな俺の首に手を当て、顔ごと引き寄せた英明は伸び上がってキスをした。

 

驚いた拍子に零れ落ちた涙は、さっきとは違う甘い感情を湛えている。

 

 

「サーバー棟の立ち入り禁止、俺は免除だろうな?」

「・・・・・・特別扱いは出来ない」

「だったら勝手に入るまでだ」

「他のデータを壊すなよ、英明」

「さぁな」

 

笑いながら眼鏡の縁を弄る英明の姿に、出るのはため息だけ。

本当にこの子は、なんて自分勝手で尊大なんだろう。

 

でも、そんな彼に振り回されるのは案外悪くない。

 

 

英明が差す傘の下で、そんなことを思いながら俺は、降り続ける雪を眺め続けた。

 

 

 

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