「・・・・・・・ヒデ、なんだその景気の悪いツラ」
「煩いぞ、丹羽。たまに出てきたと思ったら暴言か。随分といいご身分だな?」
「何で仕事やりに来て文句言われなきゃなんねーんだよ!」
「日ごろの行いが悪いからだろう。それとも問答無用であの猫でもお前に押し付けてやったほうが良いか?」
放課後のベルリバティスクール学生会室。
ここには今、絶対零度の嵐が吹き荒れていた。
発信源は泣く子も黙る帝王・中嶋英明。
彼の本気は、王様と呼ばれる会長、丹羽哲也も出来れば回避したいと思われるような代物である。
「あのぅ、ヒデ様・・・?出来ればアレは勘弁して頂きたいんですが・・・?」
「だったらさっさと仕事しろ」
「だからやりに来たんじゃねーか」
「・・・・・・・・・俺に文句でもあるのか?」
「・・・・っ、アリマセン」
とりあえず本気でトノサマ投げられたら堪らないと怯えた丹羽は、大人しく会長席に座る。
そうしてようやく、部屋の中がいつもと違うことに気づいて、中嶋に声を掛けた。
「なあ、ヒデ。啓太と遠藤はどうした?」
「・・・・・・・・・・何か言ったか?」
「だから、啓太と・・・・」
「何か言ったか」
「・・・・・・・・・・・す、すいません、何でもありません・・・」
「いいから、さっさとやれ」
「ハイ」
ももももも、もしかして、さっきから機嫌悪いのってアイツらのせい!?
そんな事を瞬時に思った丹羽は、自分がとんでもない時に学生会室に来てしまった事にようやく気づく。
どうやらホントに最低な放課後になりそうだ。
啓太も和希もいないこんな所に七条まで来たら・・・そんな事を思って、丹羽は一瞬泣きそうになりながらパソコンを立ち上げた。
「・・・・・・・・・丹羽」
「な、なんだよ、ヒデ」
「俺は用事を思い出した。後はお前がやっておけ」
「へ?」
「やっておけ」
「・・・・・・・・・ハイ」
俺、まだ座ったばっかだけど?
今日なにやるか聞いてないけど?
そんな、もっともな疑問を口に出すほど丹羽は馬鹿ではない。
仮にも王様と呼ばれる人物は、どれだけ親友に弱かったとしても引き際をちゃんと押さえているのだ。
「イッテラッシャイ」
「じゃあな」
つーか、マジで何であんなに機嫌悪いんだよ・・・。
そんな丹羽の呟きは、携帯の着信音に遮られたのだった。
「はいはいはい、もしもしっ!」
『王様?啓太ですけど』
「啓太?お前っ、何処にいんだよ!?」
『えー・・・保健室なんですけど』
「具合でも悪いのか?大丈夫か?」
『いえ、別にそんなんじゃなくて・・・えーと、中嶋さんは?』
「ヒデならさっき出てったけど」
『っ、ホントですか!?何処行くとか言ってました!?』
「いーや?何か用事あるってだけ」
『まままま、マズい!ヤバいよ、和希!逃げたほうがいいって!!!』
『何で俺が逃げなきゃいけないんだよ!』
『だって、絶対中嶋さん和希のこと探・・・』
「おい、啓太?そこに遠藤もいんのか?」
『え?あ、はい』
「お前ら、2人揃って何してんだよ?今日はこっち来ないのか?」
『行ける状態じゃないっていうか、なんていう・・・うわっ』
「啓太?!」
『こんな所に逃げ込んでいたのか』
「・・・・・・・・・ヒデぇ?」
電話の向こうから聞こえるのは、確かにさっきまで学生会室にいた中嶋のもの。
用事って保健室?なんて思った瞬間、直接は聞きたくもないほど鋭い声が響く。
『俺から逃げるなんて、いい度胸だな?遠藤』
『っ、貴方が悪いんです!』
『ほう、言うに事欠いて人のせい、か』
『だって、君が悪いんだろう?』
『・・・・・・・お前がけし掛けたのか?松岡』
中嶋の口から出た名前が聞こえた瞬間、丹羽はほんの少し青ざめる。
保健室、って聞いた瞬間にアイツの名前が浮かばなかったのは、うかつだった。
どう考えてもコレは修羅場以外の何物でもないじゃないか。
遠藤のヤツ大丈夫かよ、なんて思ってはみても、これからその現場に向かうほど丹羽は命知らずではない。
『君には関係ないだろう?中嶋くん。これは、僕と和希の問題だからね』
『それこそお前には関係ないだろう。これは、俺と遠藤の問題だからな』
「・・・・・・なんの話してんだ?コイツら」
『大体、君が和希を苛めるから悪いんだろう?』
『苛めてなんかいない。ただ全力で相手をしてやっただけの何が悪い?』
『全、力・・・?』
『そうだ。それでも不満だったか?遠藤』
呆然としたように呟く遠藤の言葉に畳み掛けるようにして中嶋は問いかける。
きっと、もの凄く獲物を追い詰めるような目をしてるんだろうな。
遠藤が逃げる隙間なんて、1ミクロンほども残されてねぇよ。
そんな事を思いながら、丹羽は携帯の向こうから聞こえる声に耳を澄ました。
『・・・・・・・適当に相手、してたんじゃないんですか?』
『そんなわけないだろう』
『ホントに、全力で?』
『そうでなきゃ、「また相手をしてやる」なんて言ってやらない』
『・・・・・・・・・・ホント、に?』
『くどい』
そう、中嶋が言った後に聞こえて来たのは、ピシャンという音。
これは・・・・遠藤のヤツ、連れ去られたな。
しかも、99%の確率で姫抱きだ。間違いない。
心の中でそう頷きながら、丹羽は固まっているであろう啓太を促した。
「啓太?遠藤とヒデのヤツ、一体なにモメてたんだ?」
『あの・・・オセロなんですけど』
「・・・・・・は?」
『いや、だからオセロ』
「オセロって、あのゲームの?」
『はい。ここ2・3日、ずっとオセロやってたんですよ、あの2人。だけど和希、中々勝てなくて』
「まぁ、ヒデ相手ならそうだろうな」
『で、和希ってば頭に来ちゃったらしくて、「もう!中嶋さんなんか嫌いです!」って学生会室飛び出しちゃって』
「それで機嫌悪かったのか、ヒデのヤツ・・・」
聞いてみれば、なんて下らない理由。
それでも本人たちにしてみれば、何よりも重要だったのだろう。
『思わず俺、和希が飛び出すの見送っちゃったんですけど、そしたら中嶋さんが「俺を嫌いって言うなんて・・・お仕置きだな」なんて言うから怖くなって。
だから、和希に謝るように説得してたんですけど』
「説得し終える前に、ヒデが来たと」
『はい』
「・・・・・・・啓太」
『はい?』
「アイツらは勝手にやってっから、お前、こっち戻ってきて俺手伝えよ」
『はい・・・ってあれ?王様、今もしかして学生会室なんですか?』
「もしかして、ってのは何だ!」
『いえ、だって珍し・・・・』
「っ、いいから俺が逃げ出す前に来い!」
『はい』
了承した啓太は、くすくす笑いながら言葉を続ける。
『ちゃんと待ってて下さいね』
「りょーかい。早く来いよ」
『すぐ行きます』
ピっ、と携帯の通話終了ボタンを押した丹羽は、苦笑いを浮かべながら呟く。
「もしかして、今日一番の貧乏くじって松岡?」
中嶋と和希は収まるとこに収まったようだし、啓太は丹羽の下へちゃんと来るようだし。
引っ掻き回されるだけ引っ掻き回され、放置されぎみの校医が一番気の毒かもしれない。
でも彼なら、きっと自分の手で報復するだろう。
願わくば、俺と啓太だけはそれに巻き込まれませんように。
そんな事を思いながら、丹羽はキーボードに手を伸ばした。
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