好きだ、と伝えられない想いは、一体どこへ消えて行くのだろう。



行き場のないその想いは、とても苦しかったけれど。

きっとそれは、一生忘れる事の出来ない、大切な恋だった。

 

 

 

 

この恋はもう仕舞ってしまおう


 

 

 

 

「遠藤くん?どうしたんですか?こんなところで」





12月に入り、昼間でも寒い日が続くこの頃。

冷暖房完備の校舎内とは違い、外は身を切るような冷たい風が吹いている。


そんな中、所在なさげに中庭でたたずむ後輩の姿を見つけた。



彼、遠藤和希は・・・僕、七条臣の1学年下の後輩でありながら、実は鈴菱和希という、この学園の理事長を務める人物だ。



本当の年齢は分からないものの、既に成人している年上の大人だというのは間違いない。

入学前、郁を巻き込んでの一騒動があった時には彼に噛み付いたものだが、今となっては非常に興味をそそられる人物である。



それは好意と言うよりは、恋と呼べる感情だった。







「七条さんこそ、どうしたんです?こんなところで」

「僕は野球部に臨時予算についての書類を渡しに行った帰りですよ」

「お仕事ご苦労様です」





不思議なもので、こうして話していると、この人が年上である事を思い出すことはあまりない。

それを感じるのは、理事長に頼まれた学園内の不正がらみの件について報告している時だけだ。





「それで?」

「え?」

「僕はこんな寒い日に外でいる理由をお伺いしているんですが?」





ニッコリ笑って問い掛ければ・・・恐らくは癖なのだろう・・・頬を掻きながら微妙に目を逸らされる。





「遠藤くん?」

「いえ・・・・あの、ちょっと人を待ってまして」

「・・・・・・人、ですか」

「はい」




誤魔化すような物言いは彼らしくもなく、歯切れの悪さを見せている。

何故だろう。そんな風な疑問を持つ暇もなく、答えのほうが向こうからやってきた。





「会計の犬は随分と暇そうだな」

「・・・・・・こちらへ回さなきゃならない書類を後回しにして、こんな所を歩いている人には言われたくないセリフですが?中嶋さん」

「弱い犬は良く吠えると言うが、まったくその通りだな」




ふん、と軽く鼻を鳴らしながらそんな事を言うのは、僕とはどうも徹底的に反りの合わない学生会副会長その人。


理事長が何故、言葉を濁したのかを知って、僕は思わず彼を見ながら苦笑いを浮かべる。




「お気遣い頂いたようで、すいません」

「いえ、あの・・・・こちらこそすいません」




申し訳なさそうな口調に含まれているのは『ウチのが失礼して申し訳ない』といったような感情だろうか。

そんな所までが『鈴菱和希という人間は中嶋英明のものだ』という事実を僕に見せつけているようで、胸の奥に鈍い痛みを感じる。





「気にしないで下さい」

「七条さん・・・」

「おい、いい加減にしろ。行くぞ、和希」

「ちょっ、中嶋さん!?」




自分を放って僕と話し込む恋人が気に入らなかったのか、中嶋にしては珍しく苛立ちの表情を見せ、理事長の腕を引いてこの場を後にする。


それでもなお、こちらを振り向いて申し訳なさそうな顔をしたまま頭を下げた彼に、気にするなという風に手を振れば、理事長はようやく僕に背を向けて歩きだした。




大嫌いでたまらない男の隣で。

腕を引かれたまま歩き、笑う。




見たくもない、そんな光景から無理やり目を逸らして僕はため息をつく。






中嶋より、彼を知ったのは早かった。

中嶋より、彼に知られたのは早かった。



それでも、彼が好きになったのは・・・・中嶋だ。





初めて僕が、郁以外の人に奪われた心は。

修復出来ないほど、粉々に砕け散った。




好きだと告げたなら。

そんな風に思ったこともある。



でも、もう遅い。



僕にはきっと、あんな表情をさせる事は出来ない。








苦しさを我慢しながら顔を上げて見つめたその先にあるのは、幸せそうな微笑み。

そんな顔をさせているのが誰よりも嫌いな男だと思うと、吐き気がするほど腹が立つ。



まして、あの男までもが笑っているだなんて。

笑い話にもなりやしない、とんだ喜劇。





「人生、上手くいかないものですね」




小さな呟きは、誰の耳にも届かない。

それはまるで僕の心の行く末のように思えて、ほんの少し身震いをした。





そんな風に淋しさを感じても、僕が彼にこの想いを伝えることは一生ない。





彼を苦しめたくないから。

彼を傷つけたくないから。




エゴだと言われてもいい。


それが、僕の愛し方。








認めたくはないけれど、中嶋の隣で笑う理事長は誰よりも幸せそうだから。




「だから、貴方の泣くようなことはしませんよ」


そんな風に呟いて、僕は彼らに背を向けて逆方向へ歩きだした。















好きだ、と伝えられない想いは、一体どこへ消えて行くのだろう。



行き場のないその想いは、とても苦しかったけれど。

きっとそれは、一生忘れる事の出来ない、大切な恋だった。





だから、この想いに鍵を掛けて。

心の奥深くに、仕舞ってしまおう。


泣きたいほど、切ない恋を。



誰の目にも、触れない所へ。





いつか、彼を見ても、胸の痛むことが無くなるその日まで。

 

 

 

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