バレンタイン狂想曲


 

 

 

 

その日、ベルリバティスクールの学生寮では、非常に恐ろしい噂が飛び交っていた。





「知ってるか?中嶋の機嫌が悪いらしいぜ?」

「アイツの機嫌が良かったことなんてあんのか?」

「まぁ、それもそうだけど。でもいつも以上に機嫌が悪いらしい」

「へぇ」

「なんせ、あの丹羽でも近づけないぐらいらしいからな」

「それはまた・・・随分、迷惑な・・・・」




なんだかんだ言っても、親友である丹羽が近づけないなんて事は滅多にあるものではない。

ある意味怖いもの知らずである彼は、どんなに怒られてはいても中嶋に接するのに怯えることなんてなかったからだ。



しかし、今日ばかりは違うらしい。

ピリピリしている中嶋を遠巻きにし始めたのは、どうも朝食の後からのようだ。



2月になった今、丹羽たち3年生に授業などない。

普通の高校ならば家庭研修というの名の下の休みが与えられるのであろうが、全寮制のBL学園は一応、寮での待機を余儀なくされている。


それでも、センター試験も終わった今、あとは私大の受験が残る者のみが校内の自習室などを使うほかは、大抵が寮でダラダラと時間を過ごしているのが常だった。

つまり、夕方にもなろうというこの時間まで、機嫌の悪い中嶋は寮内に放置されていたということだ。



中嶋といえば、部屋に篭りがちというイメージが定着しているのだが、何故か今日に限って食堂や多目的ルームをうろついている。

しかし、誰も「機嫌が悪いのなら部屋に居てくれ」というたったひと言が口に出来ない。


あの丹羽が言えないのに、誰が言えるというのだ。

そんな事を思いながら、遠巻きに中嶋を眺める視線が辺りを彷徨う。





そんな中に、彼の友人と言える人間たちのものも混ざっていた。







「丹羽。中嶋をどうにかしろ。周りの迷惑だ」

「そういうこと言うなら、篠宮がどうにかしろよ!」

「お前は親友だろう?」

「お前だって友だちだろうが」

「・・・・・・俺も丹羽が言うべきだと思う」

「あのな、岩井。言えるもんなら、とっくに言ってる!」





小声で押し付けあっているのは、比較的中嶋と友人づきあいのある篠宮と岩井、そして丹羽だ。


ある意味、周りを気にせず自分の道を行く人間たちである。

普段であれば、彼らの中に中嶋を恐れるものなどいない。


丹羽だけだと思われがちだが、篠宮や岩井など、自分の世界を持っている人間は中嶋の破綻した性格を少しは理解しているらしく、それなりに親しい付き合いをしているからだ。



しかし、今日はさすがに誰もが彼には手を焼いているらしい。




「大体、何が原因なんだ?俺が朝、挨拶した時は普通だったが」

「知らねぇよ。俺が食堂行った時には、もうあんなだった」

「丹羽が怒らせたんじゃないのか?」

「俺じゃねぇよ!濡れ衣着せんな、岩井!」

「丹羽じゃないとすると、一体誰・・・・・」

「「「・・・・・・・・・・・アイツだな」」」





疑問を口にした岩井本人と、篠宮と丹羽の頭に、1人の人物が同時に浮かぶ。





「俺としたことが迂闊だった・・・原因なんて丸分かりじゃねぇか」

「あぁ・・・理由は分からんが、間違いなくアイツだな」

「まったく、あの2人は・・・どうしてこう、人を巻き込むことばかり・・・」

「ホント迷惑だよなぁ」

「少し面白いけどな」

「っ、何処がだよ!岩井!」

「あの中嶋がアイツの前でだけ変わるなんて面白いじゃないか」

「まぁ、卓人の言うことも一理あるが」

「・・・・・あくまで自分に害がなければ、だけど」

「害・・・・ありまくりじゃねぇか」





面白いなんて言ってる場合じゃねぇよ、とぼやきながら丹羽は多目的ルームで新聞を読む中嶋に目を向ける。


大抵、こういう時に一番の被害を受けるのは丹羽だ。

事あるごとに中嶋に八つ当たりされている事実が全てを物語っている。



大人しく1人で怒っていてくれればいいものを、と思うのも仕方あるまい。





「つーか、何でヒデのやつ、こんなとこでいるんだよ・・・」

「さぁ・・・3時ぐらいからずっといるようだが」

「ったく、もう部屋戻れっつうの」




そう、丹羽が言った瞬間、中嶋が立ち上がる。





「ひっ、まさか聞こえた!?」

「いや、どうやら出て行くみたいだぞ?」

「へ?あ、ホントだ」




スタスタとドアに向かって歩いていった中嶋は、そのまま丹羽たちには構わず出て行く。

いつもであれば、必ずひと絡みぐらいはあるものを、と不思議そうにその後ろ姿を眺めた丹羽と篠宮だったが、その呆然とした2人を現実に戻したのは岩井の声だった。




「そうか、ここから見えるから、か」

「え?」

「ほら」




そう言って岩井が指差した先は、窓。

一体何が見えるんだ、と目を凝らした2人にもすぐに答えが分かる。





「なるほど、な」

「気にしたこともなかったぜ・・・寮に帰ってくるとこ、見えるんだな」

「まぁ、この部屋は玄関に近いからな」

「ってことは・・・・」

「帰ってきたんだろ、アイツが」

「なら、後は良くも悪くもアイツ次第、か」

「そーいうこと。あーまったく疲れたぜ」





首をグルっと回して、伸びをした丹羽は、親友の面倒を見る必要がなくなった事に安堵して、そのまま自分も多目的ルームを後にした。















「随分遅いお帰りだな?」

「中嶋さん・・・どうしたんです?こんな所で」




寮に戻って来た途端、玄関で会った人物に驚いた和希は目を見開いて、一瞬動きを止める。

その手から靴を奪い、中嶋は下駄箱の中に入れてスリッパを出した。




「何かあったんですか?」

「いいから来い」

「ちょっ・・・中嶋さん!?」





中嶋が今日、機嫌の悪かったことは寮に残っていた学生全員が知っている。


だからなのか、和希の手を掴んで歩きだしても、和希が騒いでいても、誰も何もつっこまず、ただ胸を撫で下ろしていた。

これで、平穏が戻ってくる、と。


どうやら学園の帝王を宥められる人物として、和希は認定されているらしい。






「何なんですか、まったく・・・」




寮に戻って来るなり、中嶋の部屋に有無を言わさず連れ込まれたことで和希は少しばかり腹をたてたのか、険しい表情で放された手首をさすっている。

白い肌が、紅くなっているのは余程強い力で掴まれたからなのか。

幾ら恋人とはいえ、訳の分からないまま拉致されるように連れて来られては、腹もたつというものだろう。





「なに、だと?お前が悪い」

「は?」

「ずっと待っていたのに帰ってきやしない」

「あー・・・ちょっと用があって」

「ふん、大方、ペットとその主人の所にでも行っていたのだろう?」





犬猿の仲である七条をことのほか嫌っている中嶋は、和希が近づくのも嫌がる。

それを知っているからこそ、なるべくバレないように気は使っているが、こうもあっさり見破られるとバツが悪くて居たたまれない。





「あのー・・・何か用ですか?」

「用がなければお前と一緒にいることも許されないような人間なのか?俺は」

「そうじゃなくて!わざわざ玄関まで迎えに来てたみたいだから・・・用事があるのかと思って」

「用事・・・か。そうだな、ある。とても大事な用がな」

「な、中嶋さん・・・?」





まるで追いつめるように距離を埋められて、少しずつ後ずさった和希は、いつの間にかベッドの近くに自分がいることに気づく。


中嶋の視線の険しさに息を呑んだ瞬間、その隙を突かれて柔らかなマットの上に押し倒された。





「お前、今日が何の日か分かっているのか?」

「何の日って・・・何かありましたっけ?」

「ほう・・・・誤魔化すつもりか」

「っ、ちょ、何するんですか!いきなり!!」

「お前の考えている通りのことだ」





ジャケットのボタンは辛うじて外したものの、シャツはボタンを引きちぎって肌を晒され、和希は中嶋の腕から逃れようと暴れる。

しかし、そんな抵抗をものともせず、中嶋は首筋に口唇を寄せるとそのまま其処に紅い華を散らせた。




「・・・・・・っ、なん、で・・・?」

「お前が悪い」

「俺、何かしました・・・?」





理由も分からず、こんな扱いを受けて。理不尽としか言えないような物言いをされて。

和希は、自分の声が震えるのを感じた。




「・・・・・泣くな」

「泣いてません」

「じゃあ、これは何だ?」





頬を中嶋の指が滑り、零れた滴を拭う。

そんな優しさを見せるぐらいなら、初めから強引な事なんかしなきゃいいのに。


ふとそんな事を思って、和希は微かに笑う。





「泣いたり笑ったり忙しいヤツだな」

「貴方が変な事するからです」

「・・・・・お前が悪い」

「だからさっきから聞いてるじゃないですか。何を怒ってるんです?」

「本当に分からないのか?」





そう言ったっきり憮然とした表情で黙り込む中嶋を前に、和希は首を傾げる。


機嫌が悪いのは分かるのだが、その理由がさっぱり分からない。

お前が悪い、とそればかり言われても困る。





「分からない、って顔だな」

「だって・・・・」

「本当にお前は・・・」





呆れた、とでも言いたげなため息をついて、中嶋は首を振る。

自分の立場も、恋人への影響力も考えないのか、コイツは。


そんな風に思われているとも知らない和希は、ただ黙って中嶋の言葉を待った。





「今日は何日だ?」

「14日ですけど」

「そうだな、14日だ。それなのにお前は朝起きて何をした?」

「朝・・・・?」




ぼんやりと今朝の行動を思い出しながら、それを口にする和希だったが、ひとつを口にするたびに目の前の中嶋の表情が変わっていくのには気づいていないようだ。




「えーと、啓太を起こしてから一緒に食堂行って、朝ご飯食べて・・・あ、西園寺さんにプレゼント渡しました」

「そこだ」

「え?」

「何で西園寺に?」

「何でって・・・誕生日だから?」

「・・・・・・・誕生日?」

「はい。今日、西園寺さんの誕生日ですもん」




そう和希が言った途端、中嶋が突然動きを止める。

なんだ?と不思議に思った瞬間、中嶋は和希の首筋に顔を埋めて呻いた。





「紛らわしいことをするな」

「何がです?」

「何で今日なんかに生まれて来たんだ・・・」




そんな言葉が耳に届いて、まさか、と思いながら和希は口を開く。




「あ、の・・・もしかして、バレンタイン、とか?」

「・・・・・・・・・・」

「っ、ゴメンなさい!俺、全然気にしてなくて・・・っ」

「別にそんなんじゃない」

「だって・・・それで怒ってたんでしょう?」

「―――― そういうわけじゃない」

「・・・・・ゴメンなさい」

「違うと言っているだろう?」




肩口でくぐもった声を出す中嶋が愛しくて、和希はそのまま手を伸ばして抱きしめる。




「来年、用意しますから。許してくれますか?」

「・・・・・・・俺は甘いものは嫌いだ」

「でも、食べてくれるでしょう?」

「捨てたらお前が煩そうだからな」

「じゃあ、貰って下さい」





笑いながら、そう言って和希は中嶋の顔を上げさせる。




「でも、その前に俺のシャツ、買って下さいね?」

「俺のを着ればいいだろう?どうせ後は卒業式ぐらいだ」

「中嶋さんのじゃ大きいんですっっ」




顔を紅くしながら怒鳴る和希に、中嶋は少し余裕を取り戻したのか笑みを見せる。

きっと、ロクでもないことを言うんだろうな、と思いながら構えれば、和希の耳に届いたのはやはり文句を言いたくなるような言葉だった。




「普通、1年生ならこれから成長するから大きめでも問題ないんだが・・・そう言えば、お前の成長はもう止まっているんだったな」

「なっ、言うに事欠いてそれですかっ!?」

「まぁ、俺の好みとしてはちょうどいいサイズだから問題はないが」




そんな事を言いながら、中嶋は形の良い目の前の耳朶を舐め上げる。

それに思わず息を詰めた和希は、呼吸を整えようとしながら口を開いた。




「っ、中嶋さ、ん・・・っ」

「なんだ?」

「夕飯、まだ・・・」

「後で持ってきてやる」

「まだ夕方ですよ!?」

「俺は1日中、気分が悪かったんだ。慰めろ」




勝手に勘違いしてたくせに、どの口が言ってんだーーー!

そう叫びたい和希ではあったが、時すでに遅し。


口唇を優しく塞がれ、そのまま中嶋に美味しく頂かれてしまったのだった。

 

 

 

 

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