「――あ、14日ってオレンジデーだったんですね。新聞に載っ…」 「………」 「…中嶋さん?」 いつも、ひとの話を聞いていないようで聞いている。 うっかり陰口も叩けないくらいのその人が、珍しくぼんやりと上の空。 何か悩み事?何処か具合でも? 「中嶋さーん?」 眼の前でひらひらと手を振ってみると、獲物に飛びつく肉食獣の如くに、いきなりがっと手首を掴まれた。 「…何のつもりだ」 「あ、えと…」 豹変に怯んでもそれは最早条件反射に近く、慣れた顔つきで腰を屈め、座ったままの相手を覗き込んだ。 「中嶋さんこそ、何かありました?」 「別に何もない」 「それならいんですけど。考え事でもしてるのかなって」 「………」 「――え?」 考え事くらい誰だってするだろうし、それよりも瞬時に和希の腕を捉える敏捷さを鑑みれば、特に気にする必要もなさそうだ。 いつもの中嶋さんだ――って。 逆にまた余計なことを言ってしまったかなって、いささか反省モードの和希に、その人はまるで異なことを告げた。 「――聞いたことがあるような気がした」 「…はい?」 「お前から。オレンジがどうのと、同じように」 「………」 よく理解できずに、和希は首を傾げた。 4月14日をオレンジデーだとする話題は、和希も今しがた新聞で知ったばかりだ。 数年前から始まったイベントらしいが、去年以前にはまだこの人と出逢ってもいない。 ――誰か他の人と勘違いしている…? でもそれは口には出せなかった。……身の危険を感じて。 「デジャヴュとかってたまに聞きますけどね」 「………」 非科学的な説明を好まない人だってことも知ってる。案の定むすっと口をへの字で、でも…否定はしない? 常に理性的なこの人の頭の中で、流してしまえないほどの話題だってことが、逆に不思議だったりもする。 「――あ!じゃあこういうのはどうですか?」 いつの間にか腕が和希の腰に巻きつき、上体はやや反り気味の恰好で、中嶋さんの腿の間に納まっている。 見上げてくる冷ややかな眼差しと、相反するような体勢にどぎまぎしつつ、 「きっと十年後くらいに、俺が新聞を読みながら言うんですよ。『今日ってオレンジデーなんだそうですよ』って。それで」 「それで?」 「それで…貴方がオレンジの薔薇の花束を買って帰ってくるんです。『ただいま』って。そういうの…予知、とか…」 ふっ…と失笑含みながらも中嶋さんが微笑ってくれたのが嬉しくて、テンションが上がる。 「――10年後も、俺の顔など呑気に眺めているつもりか?」 「…ダメ、ですか?」 「迂闊な発言をして、盛大に後悔しても知らないからな」 「わ…っ」 いきなり背中ごと強く引き寄せられ、バランスを崩してその人の肩にしがみついた。 予定調和のように中嶋さんは、悠々と和希の身体を抱き留める。 襟足に鼻先を埋めれば、煙草と整髪料の強い香り。 「…十年後、中嶋さんはきっと敏腕弁護士で顔が売れてますね」 「――どうだろうな」 「俺は…」 何をしているんだろう。親に敷かれたレールを進む日々に、未来を思う希望はなかった。 「十年経っても、一緒に居れたら…いいですね…」 同意が欲しかったわけじゃなく、誰より自身に言い聞かせる言葉だった。 「――お前の妄想日記の中ではそうなんだろう?」 微苦笑と共に肯定してくれることが、突飛な話を許してくれることが嬉しい。 十年後、今日を思い出してくれたとしたら、それだけで嬉しい。 【4月14日オレンジDAY】 Copyright(c)2010 monjirou Material/10minutes+ +Nakakazu lovelove promotion committee+ |