新婚中嶋家の、本日の夕食はロールキャベツ。家政婦ではなく新妻和希作。
そういえば先日はミートローフだった。
ハンバーグしか作れないのかと思い込んでいたが、少しは成長したらしい。


それとも…単なるミンチ好きか?


現在、少々猟奇的な事件を公判中である英明:職業弁護士――は、
ちらと脳裏にグロテスクなものを思い浮かべた。


テーブルの上には他に、シャンパングラスが2客。まだ何の液体も注がれていない。
今日は何か…あっただろうか。
互いの誕生日はすでに過ぎた。
無理矢理作った結婚記念日も済ませた。
なら今日は――…特に思いつかないが、
和希のことだから、英明が言い当てるのを、おそらく焦れながら待っているんだろう。
ならばあえて言い出さないのも一興。
まるで気づかないフリをして、夕飯を終えた。


「今日は少し仕事がある。先に休んでいいぞ」
「あ、英明さ…」
「なんだ?」
「いえ、お忙しいなら――…あとでお茶、お持ちしますね」


意外なことに、和希はごねなかった。
訝しく思いつつも、持ち帰りの仕事もまた事実だったので、そのまま書斎に入る。




何とか一区切りついたところで時刻を確認した。
和希はもう寝ただろうか。
結局お茶は運ばれてこないままだった。
別段どうというわけでもないが、いささか気になって、キッチンに足を向ける。
と、やはり――と言うべきなのか、テーブルに和希の後姿を認めた。


「なんだ、まだ起き…」


背後から近づいたが反応がない。
覗き込めば、頬杖をついたまま寝息が聞こえてくる。


「器用だな…」


テーブルの上には、英明のところに運ぼうとしていたと思われる、
すっかり冷めたコーヒーがトレイに載ったまま。それと…


「あ…英明さ…ん? あれ、俺…」
「寝るなら部屋にしろ。風邪を引く」
「えっ…と、ハイ――すみませんお茶!」


立ち上がろうとする和希を制して、英明も席に着いた。


「これでいい」
「でも…」


冷えたコーヒーを口にすれば、嫌味と受け取ったのか、和希の整った眉が微かに曇る。


「すみません…」
「早く休めと言ったはずだが――考え事でもしていたのか」
「え、えぇその」


僅かに躊躇い、和希は視線をテーブルの上の白い箱に向けた。


「ケーキを買ってきたので、お出ししようかと思ったんです。今日バレンタインでしょう?
 それでチョコのケーキ…でも英明さん甘いものお嫌いだし、どうしようかなって」


テーブルには冷めたコーヒーのほかに、ケーキ皿とフォークも並んでいた。


「随分殊勝なことを言うじゃないか。昔なら食べろと強引に押し付けてきただろう?」
「そんなこと…」


和希はやはり、どこか変わった。
10年も一緒に過ごしていれば、なあなあになるのも当然だろうに、むしろ今の方が控えめな気がする。


「どうかしたのか?」
「な、なにがです?」
「自覚なし、か。まぁいい。ひと口くらいなら食べてやる」
「えッ?」
「ケーキだ。まだあるんだろう?」
「無理しなくても…」
「お前ひとりで食べる気か? 太ったら離婚するぞ」
「な…ん」


暴論に呆れた和希が、おずおずとケーキの箱を開ける。
カットされたものがいくつかだろうと読んでいたせいで、
白い箱から現れた黒く大きな塊に、己の発言を少しばかり悔やんだ。


「どれくらい食…」
「あぁ、切らなくていい」


ナイフを持つ手を留めさせて、え?と言う顔をする和希の前に、口を開けてみせる。


「英明さん…?」
「ひと口でいいと言っただろう」
「で、でもでも」


躊躇い躊躇い、和希はフォークの先でケーキを削り取ると、英明の口元まで運ぶ。
何かの罠とでも考えていたのか、口の中にチョコが納まってやっと肩の力を抜いた。


「甘い…」
「これでも結構甘さ控えめなんですけど…な、なんですか?」


焦り含みの問いには答えずに、皿の上にあったもう一本のフォークを手に、
今度は和希の口の前にケーキを差し出してやった。


「ほら」
「う…」


観念して、あーと口を開いた、羞恥を捨てきれない表情が、何ともそそる。


「昔はこんなこと、いくらお願いしたってやってくれなかったくせに――」
「昔は昔だ。お前だって変わった」
「そうですか?」


かりこりと指先で頬を掻く。照れ臭いときの癖は昔のまま。


「そういえばお前は、まるで歳を取らないな」
「はぃ?」


あれからもう10年も…過ぎたとは思えない容貌も。変わらず若いままで。


「――なんでもない。もう休むぞ」
「あ、はい」


飲み終えたカップを流しへ運ぼうとすると、後ろから和希が追いかけてきた。


「俺がやりますから」
「いい」


言い合いをするまでもなく、カップのひとつやふたつすぐ洗い終わり、
手を拭って、傍らの和希の細腰を自然に抱き寄せる。


「…やっぱり今日の英明さん、どこかオカシイですよね。何か怪しいものでも食べました?」
「……ロールキャベツか?」
「あ、ヒドイ。あれ結構がんばったんですよ」
「あぁ、悪くない味だった」
「ホントですか?」


半信半疑ながらも、表情はぱあぁっと明るさを取り戻す。


「嘘じゃない。お前自身ほどじゃないが」
「…?」


きょとんと見上げてくる細君の背中を促して、寝室へと向かった。
ダイニングの灯りと入れ替わりに、ベッドサイドのナイトランプが点り、
それが消されるのもそう先のことじゃな――…


「あ!英明さん。さっきの謎かけわかりました!」
「謎かけ?」


謎なんかかけた覚えはないが?
英明はスイッチに伸ばしかけた手を留めて、背後のベッドを振り返った。


「床上手って意味でしょう?旨いと上手いをかけた…あれ?違う?」


あまりに自信満々に言い切ったのがソレだったもので、さすがに唖然としてしまい、
その反応に和希は急に恥ずかしくなったらしく、


「なんでもナイです…」


口の中で呟くと、上掛けの中にずりずり姿を消した。
忘れかけていたランプを消し、暗さを取り戻した部屋で、英明は見えない相手に苦笑する。


「料理上手で美人で、おまけに床上手なら、非の打ち所のない伴侶じゃないか」
「………」


自身も上掛けに潜り込み、恥らう新妻を探し当てる。


「床上手はどうした?披露しなくていいのか」
「聞き流してください…」


聞かずに済ますにはあまりに遅いし、惜しい。
哀願するか細い声こそを聞き流し、シーツの中で躊躇いごと強く抱き寄せた。





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