結婚生活とはいっても、所詮形ばかり…の形もないに等しい。 むしろ「ごっこ」に近いものがある。 ソレがどうにも不満だったらしく、ある日和希はいつものくだらない思い付きを口にした。 「俺の誕生日と、英明さんの誕生日のちょうど中間を結婚記念日ってことにしませんか?」 計算によれば8月の下旬。和希は嬉しそうに、 「ささやかなお祝いをしましょうね」 決めたとたんに1周年となるのはいささか納得がいかないが、 別にコレといった弊害もないなら――… 「一年目は紙婚式といって、紙でできたものを贈り合うんだそうですよ」 「……」 結局イベント目当てか。 いくつになっても(そもそもいくつなんだ)和希は子どもじみている。 「何が欲しいのかちゃんと書き出しておけ」 「え〜そういうの言っちゃうとつまんないですよ」 「…面倒を言うならひとりでやれ」 「やです」 和希は鮮やかに微笑んで、ぎゅっと腰の辺りにしがみつき、 首を逸らして上目遣いに見上げてくる。 以前なら考えられないような仕種もそぶりも、こんな風に暮らすようになってから…か。 「おねだりなら、その出来次第で考慮してやる」 「それじゃ…」 首元に腕を絡め直すと、和希は自らそっと頬に口唇を寄せた。 「お願いします、英明さん」 「その程度で終わりか?」 「――英明さんて意外と…」 「なんだ」 「いいえ、なんでも」 口元を綻ばせる表情が、何処となく歳上を誇示しているように思えて憎らしく、 吸血鬼並みの勢いで、首筋に大袈裟に喰らいついてやった。 「――っ〜〜!」 □ ■ □ ■ □ 一概に紙製品といっても、障子紙からノート、書籍に… 手っ取り早いのは札束だろうが、一部上場企業の経営者にそんなもの、ありがたくもないだろう。 大体あっちは何を贈るつもりなのか。 それとなく探りを入れてみたが敵も然る者。なかなか尻尾を出さない。 当日になり、和希はいそいそとケーキの箱を抱えて帰宅。 「遅くなりました、英明さん…どうかしました?」 「いや」 「あ、プレゼントが何か気になったんでしょう? まだダメですよ。 乾杯してから交換しましょうね」 なにがそんなに嬉しいのか、いい歳をしてコイツは。 呆れる英明をよそに、和希は自分の書斎へ駆けていく。 戻ってきた手には、やたらでかくて薄い包み… 「でも俺も気になるんで、先に渡しちゃいます。これ―― えぇと…強引に作った記念日ですけど、こうして祝えたことが何より幸せです。 来年も…その先もずっとこうして一緒に…いられますように」 照れながら頬を掻くお前は…ホントにいくつなんだ? 「あ、開けていいですよ」 急かすように身を乗り出す和希の意を汲んで、A3サイズはありそうな包みを破く。そして固まる。 「なんだこれは…」 「ペーパークラフトです。かわいいでしょう?」 かわいい?これの…一体何処が。 大体ペーパークラフトなんてものは、エッフェル塔やらサグラダファミリアやらそんなところだろう普通は。 「…何処に飾る気だ、こんなもの」 「うーーん、玄関?」 おそらくもれなく客が卒倒するに違いない。 「英明さん、こういうの好きかなって思ったんですけど…」 「……」 どう返すべきなんだ、こういう場合。 ペーパークラフト実物大人体骨格模型を眼の前にして一気に脱力し、言葉もない。 「ねぇねぇ、英明さん…は?」 こちらからのプレゼントを無邪気にせがむ伴侶との落差はかなり激しい。 「ほら」と傍らから無造作に箱を取り出せば、和希の眉がわかりやすく曇った。 「なん…ですか、これ」 さっきの英明とまんま同じに、ぽかんと。 「ティッシュだ。紙製品には違いないだろう」 「ですけど――」 「お前のソレと大差ない。これでも高級品だ」 当然のように、和希のむーとした表情は崩れない。 「……どうせ必需品だろう?」 だから額を寄せて、甘ったるく吹き込んでやる。 「…英明さんが言うと、途端にいやらしく聞こえます」 「その通りだ。よくわかってるじゃないか」 ぱっと朱に染まる耳朶。 そのまま強引に背中を促して、寝室へと向かう。 「英明さ――…!」 少しばかりの不満を唱える声が、色鮮やかに変化する瞬間。 部屋に一歩足を踏み入れて、和希は即座に後ろを振り返った。 「英明さんこれ…」 「――気に入ったか」 壁紙は濃紺のクラフト風。雫の形の、和紙のランプシェード。 柔らかな灯りを反射する手漉き和紙のロールカーテン。 考えつくまま買い揃えて、寝室は数日前とはすっかり様変わりしている。 言葉の代わりにぎゅっとしがみついてくる和希を抱き上げ、後は言わずと知れたこと。 「ねぇ英明さん――あの辺りに和箪笥を置いたら素敵だと思うんですけど」 「お前の好きにしたらいい」 「じゃあじゃあ、船箪笥…それで、その上にさっきのペーパークラフトを飾ってみま…」 「和希」 「…はい?」 腕の中から、なんです?と不思議そうな声。 こちらの不満など、気づきもしない風に。 「そんなに好きなら、髑髏でも抱いて寝てろ」 「えーイヤですよ、そんなの。俺は英明さんじゃないとダメなんですから」 「その割には態度が伴ってない」 「そんなこと――知ってるくせに、意地悪なんだから」 無邪気な口ぶりで、その実妖艶な口唇がキスをせがむ。 これだから「ごっこ」も悪くないなんて思ってしまうんだろう、迂闊にも。 【愛と欲望のマスカット劇場/第三夜】 Copyright(c) monjirou +Nakakazu lovelove promotion committee+ |