「お帰りなさい英明さん。お疲れ様でした。 今日は暑かったですね。ビール冷えてますよ」 毎度のことながら、帰宅早々繰り出される出迎えトークには閉口する。 新妻ならぬ新夫(?)中嶋英明氏28歳(仮)は、軽いメマイを覚えつつ、 出迎えた妻を従えダイニングへ向かった。 テーブルの上にはすでに夕飯が並び… 「――おい」 「はい」 「どうしてお前は、毎回毎回同じものばかり作る」 「あれッ?英明さん、ハンバーグ嫌いでしたっけ?」 好きとか嫌いとかの問題じゃないだろうが! 来る日も来る日もハンバーグばかり…何処の馬鹿のひとつ覚えだ… そんな罵倒を投げつけようとしたところへ、先んじて和希が、 「でも今日はチーズハンバーグですよ? その前は煮込みでその前は和風でその前は…」 「……」 言うだけ無駄だと悟り、英明は口を噤んだ。 新婚中嶋家は、妻も仕事を持っているため、通いの家政婦が来ている。 和希が夕飯を作るのは、たまーに時間があるときだけ。 毎日毎日ハンバーグを食べさせられるわけではないだけマシ…か。 そう(無理矢理)思うことにした。 何にしろ、冷えたビールで帳消しにできる程度のこと。 「ハイ、英明さん、ビール…」 チーズハンバーグを酒肴に、差しつ差されつも悪くはないが、 手っ取り早く機嫌を直すなら、まずこっちだ。 今日は薄いブルーのレースのエプロン(いい加減にしろ)の腕を引いて、口唇を――… 「……」 「英明さん?」 「何だ?これは」 「…?」 引き寄せた白い腕の内側に残る、紅い痕。 「ああ、昨夜蚊に刺されたみたいです」 「…迂闊すぎるな」 「え?」 ぽかんと固まる和希の表情を見るのは楽しい。 揶揄い甲斐があるという点では、申し分のない伴侶だ。 「中…じゃない英明さん。さすがにそれは…無理があるというか強引すぎません?」 「――お前が俺のものである以上、勝手に虫などに刺されていい筈がない」 「う〜〜〜ん…」 わざとらしく頬を掻くのは、和希の困ったときの癖。 「…でもですよ、英明さん。 昨夜は一緒に寝てたわけですし、文句なら蚊に言ってくれないと、ね…?」 「俺よりお前の血の方が旨いという証拠じゃないか?」 悩ましげな眼差しで首に絡みつき、しなだれかかってくる和希を、両腕で受け止める。 「――なかなか見る眼がある蚊だ」 「そんな褒め言葉聞いたことありません」 「お前が格別美味だと言うことだろう」 耳元に口唇を寄せると、和希はくすぐったそうに首を竦めた。 【愛と欲望のマスカット劇場/第二夜】 Copyright(c) monjirou +Nakakazu lovelove promotion committee+ |