「あ!そう言えば和希、もうすぐ誕生日だよな。何か欲しいものとかあるか?」 啓太が、わざわざ副会長に聞こえるような大声で何か言ってる。 ただでさえ仕事が押しているのに加えて、またしても王様の脱走で緊張度MAXの学生会室なのに、そんなことしてると嫌味が飛んでくるぞ。 一度作業に没頭すると他のことが眼に入らない性質だし、 タイピングするだけの単純な仕事なら尚更で、啓太の声に気づいても、反応するまでにちょっとだけ時間がかかった。 「――伊藤」 「は、はいっ」 「随分と余裕な様子だな、伊藤は余程仕事の手が早いようだ」 「すみません、まだです…ちゃんとします、ごめんなさい」 「――ああ、そのファイルはもういい。遠藤にやらせろ。お前は丹羽を探しに行って来い。首に縄を付けてでも連れ戻せよ。もし一緒にサボるような真似をしたなら…わかっているな?」 「っ、はい!行ってきますっ」 和希が声を掛けるより僅かに早く、英明が啓太をその鋭い眼光で竦み上がらせた挙句、こちらの仕事がまた増えた。 ばたばたと足音も荒く啓太が出て行って、和希はふぅと小さくため息を漏らす。 早々にノルマを終わらせてサーバー棟に戻る予定だったが、この分ではいつになるかわからない。 「…遠藤」 「は、はい。サボってなどいませんから!」 「……そうじゃない」 「えっ?」 そこで和希は改めて副会長の方を見遣った。 本音を言えばちょっとだけ、この男が苦手だったりする。 長身に見合うすらりとした肉付きで、如何にもインテリ然とした見た目なのに、実は空手の有段者だったりする。 丹羽だって文武両道の猛者だけれど、どちらかと言えば男に慕われるタイプだろう。 それに比べて英明は、絶対的に女受けする顔つきだ。実際かなり遊んでいるという噂も耳にする。 この容姿なら頷けもする。童顔の和希としてはコンプレックスを刺激されて仕方がない。 「――じき誕生日だそうじゃないか。何処か連れて行ってやろうか?」 「……………はい?」 絶対に聞き間違いだと思った。でなければ耳に問題でも生じたか何かだ。 「聞こえなかったのか?お前の誕生日に何処かへ出掛けないかと訊いたんだ」 なのに嫌味な副会長はわざわざ繰り返して、和希を益々混乱させる。 「ど…どうして…でしょうか?」 「どうして?誕生日を祝ってやろうと言う以外、他に理由はないだろう」 ――大ありじゃないですか… 大声で問い詰められない我が身が憎い。 「何処か希望はないのか」 「え、えーっと」 「お前のところのアミューズメントパークはどうだ。あそこなら特別学割も利く」 「はぁ…」 まだ行くと返事もしていないのに。 いや、和希が端から断るとは思っていないのだろう。 本人の意思などまるで無視。眼の前の副会長はそういう人物だ。 実際断ることができないわけだが――情けないことに。 「え…っと、念のために訊きますが…、啓太も誘います、か…?」 「お前がそうしたいなら。だが伊藤は断るだろうな」 「え?」 どういうことだろう。しかも何故ベルグループの施設なのだろう。 遊園地など、英明から一番遠い印象で、だがそれすら訊けない。嫌味が降ってくるのは眼に見えている。 お前のところは、客を差別するのか云々―― 全く、この男に正体を知られたのは一番の問題だった。 他言無用で。それは今のところ守られている。それどころか、和希に対する態度さえ一切変わらない。 バレたと思ったのが勘違いだったのかと首を傾げたくなるほどだ。 特別学割というのは、ベルリバティの生徒にのみ、学生証提示で優待利用できるという特典で、言わば社員の福利厚生のようなものだ。 それでスムーズに入園できるものの、梅雨入り前の好天の休日、園内はやはり大変な人出だった。 「――混んでいるな」 「そうですね…、最近『恋人たちの聖地』って企画を始めたんで、その影響も少なからずあるとは思うのですが」 「くだらないことを考えるものだな」 「まぁそれが仕事ですからね」 二番煎じのような企画でも、実際集客効果は抜群だった。それも相まって余計に、英明がこの場にいるのが不可思議でならない。 周囲は当然ながらカップルも多い。人目もはばからず、ベタベタと意味なく密着度を高めている。 「…さすがに鬱陶しいのが多いな」 「中嶋さんもうちょっと声…」 衆目を集める美丈夫の、こちらも耳目をはばからない発言に、和希ひとりが焦る羽目になる。 程度の差こそあれ、休日のアミューズメント施設がどんな有様かくらい、英明なら想像がつきそうなものだ。 理解った上での行動ならば、余計に首を捻らざるを得ない。 「――中嶋さん、ここじゃなくて別の…」 「観覧車にでも乗るか」 「へっ?」 ここのメインはテーマパークだが、他にも様々な施設が付随している。スパもあるし、屋内プールもある。カラオケも、ゲームセンターもある。 何処も人出は多いだろうが、もう少し落ち着いた場所を探せばいいと提案しようとしたところに被った、英明の声。 「観覧車…ですか…」 「なんだまさか、高所恐怖症か? お前のオフィスは最上階だった筈だが」 「そうじゃなくて、あまり…」 英明とは結びつかない乗り物だ、と思わず口にしそうになり、わざとらしい咳払いで誤魔化して観覧車の方角を指で示した。 「――えーっと、あっちですね」 観覧車は、予想していたほどの混雑ではなく、英明の機嫌が悪化する前に無事にゴンドラがやって来た。 「空いていて助かりましたね」 「夜に目掛けて乗る奴も多いんだろう」 「え、あ、夜景ですね。なるほど。さすが中嶋さんだ」 「馬鹿にしているのか?感心されるほどのことじゃない」 「いえ、中嶋さんのことだから、さぞかしモテるんだろうなぁって」 和希としては本気で称賛したつもりだったのだが、やはり一筋縄ではいかない人物だ。 「…こんなところに来るほど暇人でもないつもりだが」 「あ、やっぱりホテルに直行とかそういう…」 「……俺に対するお前の認識は最悪のようだな」 「いえあの、…すみません」 それからしばらく沈黙が続いた。 この観覧車は確か1周、16〜7分だった筈で、まだ頂上に着いていないということはここまでの所要時間はたった5分ほどのことなのに、やけに長く感じる。 ふたりしか居ない狭い空間は、途方もなく気詰まりだ。間が持たない。 ゆっくりゆっくり空に近づいていく小さな箱から、外の景色を眺めていればそのうち地上に着くだろう。無理矢理意識を他に向けるしかない。 自分の周囲は静かなのに、風に乗って喧騒が聞こえてくる。 いいお天気の休日にみんな楽しそうで幸せそうで、こことの温度差に気が滅入りそうだ。 「――遠藤」 「…は、はい」 「どうして今日はのこのことついて来たんだ?暇なわけでもあるまいし」 「えーと…」 断れる雰囲気ではなかった、と正直に話した場合、どんな反応が返ってくるのだろう。 「まぁそれに関しては、まともな答えは期待しない」 「はぁ…」 「もうひとつ訊くが、どうして俺が今日お前を誘ったと思った?」 「それは…気まぐれ、とか?」 「………」 あ、黙った…。 「これでは、伊藤も俺もただの道化だな」 「えっ?啓太が…ってよくわかりませんが、啓太も一枚噛んでいるってことですか?」 「さすがに伊藤の話になると食いつきがいいな。ヤツの名誉のために言っておくが、俺が伊藤に頼んだんだ」 混迷が深まるのと同時に、軽い衝撃が来てゴンドラが地上へ戻ってきた。 1周の前半の遅さと後半のスピードの差が鮮明過ぎる。 「――中嶋さん、話の続…っ」 中途半端に途切れた会話の続きを促そうにも、英明は早足で先に立って進んでいく。 何処へ行こうと言うのか、声を掛けようとした矢先に相手が足を止めて振り返った。 「…喉が渇いたな。ついでに何か食べるか。ここの売りは何だ?経営者」 「え…っと確か…」 上司から詰問されている気分で、出てきた答えは無難なものでしかなく、それでも施設内の移動屋台で有名なピッツアを頼んでから その辺のベンチにふたり並んで腰かけた。 「…ビールがあれば文句はないな」 「何をさらりとぼやいてるんですか、未成年が」 「ここでベルリバの生徒に問題を起こされたら、お前の面子も丸つぶれだろうな」 「嬉しそうに言わないで下さいよ…それよりさっきの話ですけどっ」 喰えない人だな、と今日一日で思ったのは何度目か知らない。 「道化ってどういう…」 「――改めて訊くが、本当にお前は何も気づいていないんだな」 「気づくって何を、ですか」 「…今日の目的、伊藤の本心、俺の…」 こちらへ向けられた真摯な眼差しに、不覚にもどきりとした。どきりとした自分に、驚愕した。 「お前が予想外に鈍いから、こっちも随分と予定が狂った」 「酷い言われ様ですね…」 「事実だ。いちいちヘコむな。――まず今日の目的は、事前に説明した通りお前の誕生祝いだ」 「え、あれって本気…」 思わず口走ると、英明の眉間に皺が刻まれる。王様の件以外でそれを見るのはあと…会計部絡みくらいか。 「俺は嘘も冗談も好きじゃない。…いいか、俺がお前の誕生日を祝う。そこに意義がある」 「意義…ですか。意義…」 「そうだ。肝要かつ明確で揺るぎない理由だ」 「………」 ――わかった…かもしれない。わかってしまった…のかもしれない。気づいてしまった…のかもしれない。 だがそれは地球的規模でありえない話であって、そんな妄言を口走ろうものなら、英明からどんな恐ろしい口撃が繰り出されるかというレベルで。 けれど顔は勝手にどんどんと赤く染まり、今にも弾けて爆発しそうなほど紅潮している。 「…さすがにそこまで間抜けではなかったか。安心した」 「でもそんな…」 そんなことが本当にありえるのか?冷静になって今一度考えてみる。 英明はこの外見だ。モテないわけがない。遊んでいるという噂も、あながちそう怪しいものじゃない。 そんな男が?和希を?まさか。万一本気だったとして、それに応えるだけの器量はない。 「申し訳ないのですが――、今日のことは…何も…、聞かなかったことにしますから」 そう伝えるのが精いっぱいだった。一方それを口にしたことで安堵もしていた。 英明は動揺する風でもなく、しばらく黙って俯く和希を眺めている。 「――そう焦って結論を出すことはない。お前は必ず後悔することになる」 「…な、んですかその自信?何処からそんな」 「俺はお前が欲しい。それだけのことだ。言っただろう、俺は嘘も冗談もはったりも嫌いだと」 それを自信って言うんですよ…。 傲慢で不遜な、王様よりよほど王様器質なのは英明の方だ。 「駄目ですよ、俺そういうの慣れてないんですから」 「――アメリカにはお前を口説き落とせるほどの気概のある男は居なかったのか?」 「居ませんよ。大体そんな…――ってちょっ、と」 「俺は、お前が気付かなかっただけ説を取るがな。まぁいい。そっちのほうが好都合だ」 「いやそれより顔が近…」 「お前は素直に俺に口説かれればいい」 これは宣戦布告だ、と眼前に迫った鉄面皮が臆面もなく言う。 ――それにしては肝心なことをまだ聞いてませんけどね… 聞こえよがしに呟いたひと言に、英明はふっと口元だけで微笑うと、 「そうだ言い忘れていたな」 麗しの彼の人は、そっと眼を細めて耳元に口唇を寄せた。 「――誕生日おめでとう」 −了−
【和希おめでとう'14】 |