自分はどうやら、この『手』に弱いらしい。 上掛けからはみ出した和希の右の肩に、無造作に乗っかっているその人の左の手を、両手で持ち上げ眼の前にかざしてみる。 誰に聞いたのだったか、空手有段者でありながら足技しか使わないのは、手の形が変わるのを嫌ったからだと―― なるほどそんな理由が頷けもする、綺麗な手。 肉厚の掌。けれど無骨な印象がないのは、すんなりと長い指のせいか。関節もそれほど目立たない。 男子高校生の手、という感じもしない。当たり前だが、働く人間の手でもない。 ――瓦を割ったり…とか? それだって、どうにも眼の前のこの手と上手く結びつかない。 「――なんだ?」 大事な手を無断で弄ばれているというのに、持ち主は怒りもしないでさっきから和希の好きにさせている。 「…勝手に触るなとかって、振り払ったりしないんですか?」 大真面目に語るのに、彼の人は破顔して、 「勝手に触るな、はむしろお前の言い分じゃないのか?」 するりと和希の手を抜け出すと、何気ない仕種で頬に触れた。 「…っ」 ぴくっと必要以上に反応してしまったのを、目敏いこの人が見逃すはずもない。 どうにも英明の、この手に自分は弱いらしい…と薄々気づいていた。 触れられるだけで、あっと言う間に理性が崩壊しそうになるなんて、どれだけ魔性の手? 今も、おそらく確信犯のその指先が和希の外耳をやわやわと弄んでいる。 それだけのことで、身を捩りたくなるような感覚に襲われる。 「――」 ぎゅっと眼をつぶれば、予定調和とばかりに添えた手で頭をそちら側に引き寄せて、口唇を重ねてくる。 英明が半身を起こしたので、狭いベッドが僅かに揺れた。 キスを貪る合間にも、這うような手つきが和希の肌をしっとりと辿る。 「…っ……ん…」 再び快楽に引きずり込まれそうになるのを、さっきと同じように、その手を掴んで押し留めた。 息を乱しながらの抵抗を、英明は面白そうに眼を細めて眺めている。 「…今度は何だ?」 「やっぱり、…タラシの、手……」 またその話かと呆れ気味の溜息が、ちょっとだけ忌々しい。 和希としても、別にそれを蒸し返すつもりなどなかった。ただ他に言い訳が浮かばなかっただけのことで。 「だって、中嶋さんの手…ヘン…」 「また急に、貶められたものだな。どこがどう変なんだ」 年甲斐もなく拗ねた口調を揶揄いもせずに訊いてくれるから、本音は易々と口を吐いて出る。 「中…嶋さんの手…に触られると、俺が、ヘン…」 「妙な気分になるというなら、結構なことじゃないか?」 「どこが…っ」 この男に口説き落とされたのはほんの数週間前。流された、と自戒も込みで言い訳しておく。 もちろん後から文句を言うつもりはない。――が、有体に言えば口惜しい。 歳上としてのプライドとか、歳下に不覚をとったこととか。 「問題をすり替えるな。変なのはお前のほうだ」 「…はい?」 「俺の手が…じゃない。お前の感度が良すぎるんだろう」 ニヤニヤと薄笑いを浮かべつつ、言うに事欠いてなんですかそれ? 「人のせいにして!違いますよ、中嶋さんの手がイヤらしいから俺が…」 「身体が勝手に反応するとでも? 生憎だが、俺は手など使わずともいくらでもお前を満足させられる」 「――っ!」 宣言するなり英明は、和希のあられもない姿を覆い隠していた上掛けを勢いよく剥いだ。 「お前の身体が淫乱だってことを証明してやるよ」 名誉毀損モノの発言を否定は出来ないが、肯定だってしたくない…けれど、手技の有無など途中からどうでもよくなってしまっていた…のもまた、 隠しようのない事実であって、お約束のようにどっぷりと落ち込んでシーツに沈んだ。 どうしてなんだろう――ここまでいいようにあしらわれ、翻弄されてしまうのは。 もはやミレニアム懸賞問題並みの難問。 もう声も掠れてまともに喋れない。虚ろな視線で憎たらしい相手を睨付けてみたところで、微苦笑を生むだけだ。 「――諦めろ。俺に喧嘩を売ろうなんて百年早い」 「それ絶対…歳下に言われる台詞じゃないですよ……」 「どう見たってお前が歳下だ。問題ない」 「………」 フォローにもなってないし。第一見た目じゃなくてメンタルな部分での話なんだけど――でもまぁいいか、ってそんな気にもなる。 我ながら単純。 髪を梳く、優しい指の感触に、絆されるのも悪くないかもって思うから。 「それに」 「――えっ?」 「タラシの手は、お前専用だと明言したんじゃなかったのか?」 「………」 今きっと、耳が赤い。 英明のこの手はお前のものだって、そういう意味だって、自惚れてもいい…んだろうか。 あのとき以上の奇跡なんて二度とないと思っていたのに。衝撃的な発言は、もはや歯が浮くどころじゃない。 「…面と向かってそういうこと言われるの、結構恥ずかしいものですね」 「恋愛とはそういうものだ」 「――」 よもやこの男の口から恋愛などという単語を聞くなんて。ありえないことがこうも立て続けだと、夢でも見ている気分になっ… 「お前のような人間にとってはな」 「……え?」 今、なんだか聞き流すには問題のある発言が聞こえたような気が。 「えーとそれは、中嶋さんにとっては違うってことですか?」 「無論だ」 言い切った! それも当然といえば当然…か? いや、 「その理屈ですと中嶋さんは――」 照れ隠しで誤魔化した、とか。それもこれもこの人にとってはありえないことの羅列。 それとも、そもそも恋愛段階ですらない?もしかするとそれ以前。 「――俺がなんだ」 「…中嶋さんは俺のこと、好きでもなんでもないってことに」 「お前の論理は、どうしてそう飛躍する。頭が良過ぎるのも厄介だな」 やれやれ…と呆れた様子はフリだけで、論より証拠とでも言うつもりなのか、厚みのある体躯の下に再び和希を抑え込んだ。 「ちょ、重…っ俺、もう無理…ですから…ね!」 ぐいぐい押し返してみるも、すでに体力気力共に使い果たした肢体では、蟻のひと押しほどの効果もない。挙句、 「忘れたのか?俺のこの手はお前の所有物だからな。持ち主を喜ばせようと常に不埒な行動に走るわけだ」 「――」 それは俺の、じゃなく、本来の持ち主の意思だろう絶対…なんてことは口が裂けても言えない。 またしても完膚なきまで叩きのめされ、第2ラウンド、終了。 【和希おめでとう'11 おまけ】 Copyright(c)2011 monjirou +Nakakazu lovelove promotion committee+ |