ぴったりと身体を寄せ合い、時折言葉を交わしたりキスをしてみたり、ゴロゴロと床の上で戯れて時間を過ごす。
なだれ込むばかりが能じゃない。たまにはこんな日があってもいい。
ふと気づけば、和希は腕の中でうとうとしかけていて、疲れているのだろう、直に夕飯の時刻だが起こすのも忍びない。
ベッドへ運ぶのさえ躊躇われたのだが、無遠慮な携帯の着信音で、和希は即座に覚醒した。


英明の携帯は、丹羽からの緊急要請コールに備えて電源を切ってあったが、和希の側はそうもいかない。
寝起きから素早く頭を切り替え、経営者の顔になって通話を――相手は部下だろうか――やや厳しい口調で、だが決して叱責ではなく、
論理的につまずいた点を指摘して、軌道修正を促している。
頭ごなしに指示するのはどんな人間でも可能だろうが、上司としての和希はあくまでも理知的で有能だ。





10日程前――学園島から仕事で外へ出ていた和希から、メールが入った。
今から帰ります――と、おそらく車中からだろう、後15分くらいで着く予定と書かれてあった。


英明といえばちょうど学生会の仕事が片付いて、帰り支度を始めたところだった。
学生会室の施錠をし、学園を出てサーバー棟へ向かえばいい具合に和希と落ち合える。
折りしも外は春の雨。
それを見越してメールを寄越したのだろうと揶揄ってやるつもりで、傘を差し木立の中の道を歩く英明の脇を、すっと車が横切って行った。
黒のベントレー。後部座席はスモークガラスで和希の姿は確認出来なかったが、向こうは気づいたのだろう。
間を置かずに携帯にメールが届いた。着替えてくるので少し待っていてくれと。


あまり近づけば厄介なことにもなりかねないと危ぶんだが、実際には、和希の乗った車がサーバー棟エントランスで停車するほうが早く、
車から見て後方で立ち止まった英明の位置から、先に助手席のドアが開いて見知らぬスーツ姿の男が降りるのが見えた。
即座に、後部ドアから降りかける和希の頭上に傘を差し出した――あれは秘書か誰かだろう。


奇妙な光景を見たようだった。幼い頃に盗み見た親の秘事のような。
何故だか眼を逸らしたい気分になった――





通話中の和希の姿を横目に見てから、英明は部屋を後にした。
和希が、あ、という顔をしたが、それを、手を挙げて制した。
別に気を遣って出てきたわけではない。理由などない。
この部屋に居続ける意味がなくなっただけのことだ。




夕飯を摂り終え、自室に戻るその途中、3年のフロアでまだまだ残業中であるはずの丹羽と出くわした。


「げ、ヒデ!」
「…何がゲっだ。この時間にここに居るということは、さぞかし仕事がはかどったようだな。哲也」
「あー…あーと、半分くらいは…なんとか、な」


がしがしと頭を掻き、しかし正直に申告する辺りが嘘の吐けないこの男らしい。


「残り半分、明日中にきっちり片をつけろ。そのくらいの猶予はやる」
「んなの無理に決まっ…」
「何か言ったか」
「い、いや…その…――あ、そういやさ!次の日曜に遊びに行かねぇ?」


こいつの頭の中は一体どんな構造になっているのか、スイカ割りの要領で一度叩き割ってみたいものだ。


「…断る」
「いや、啓太がな?遠藤誘って4人でどっか行きてぇからお前に予定訊いてこいって」
「…尻に敷かれまくりだな、丹羽」


伊藤が転入してきてまだ日も浅い。MVP戦をきっかけにふたりが付き合いだして、それでこの有様とは。


「そうは言うけどよ、啓太がお前に直接訊けるわけねーだろ? で、どうする?」
「断ると言ったはずだ。二度も言わせるな」
「あーなんか先約でもあんのか?」


単に参加する気がないだけだ。そんな単純なことさえ、伊藤に骨抜きにされてコイツは気が回らないらしい。


「お前達で勝手に行けばいいだろう」
「3人で行っても意味ねぇって」
「………」


誰が和希を頭数に入れろと言った――だがもう、話を続けるのも面倒だ。


「第一お前が来ねぇとマズ…」
「アレに直接問い合わせろ」
「え?」


理解できずにぽかんと口を開ける丹羽にくるりと背を向ける。


「遠藤次第だ。向こうに任せる」
「それって、アイツがいいっつったらお前も参加するって意味でいいのか?」
「――」


それには返事をせずに、英明は自室の扉を開けた。
らしくない対応に、別に深い意味はない。ただ面倒で――それならばっさりと断って終わりじゃないか?


その日のうちに、和希から連絡があり、事情がよく飲み込めませんがOKでいいんですかと。
丹羽がどう伝えたのか知らないが、和希が伊藤の頼みを断りはしないだろうということだけはわかっていた。









【和希おめでとう'10】
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