今日は朝から、秘書たちの様子が妙だった。
午前中は石塚が、憂い顔で、心まるでここに在らず。書類をぶちまけ、返事は上の空。
具合でも悪いのかと訊いても、本人に自覚さえない始末。

午後からは第二秘書の岡田が、出張の報告の合間に、盛大な溜息をかまして肩を落とした。
バレていないつもりなのか、無意識なのか。


「…そういえば岡田」
「はいっ」
「さっき石塚が」
「せ…せせせ先輩が?どうか?」


ふたり共有能な秘書ではあるけれど、わかりやすさという点では岡田に軍配が上がる。


「いや、なんでもないが、少し気になることがあって」
「それはあの、具体的にどのような――」
「何か心当たりがあるのか」
「い、いえ、そのような、ことは…決して…」


デカイ図体がしゅんと小さくなって、如実に原因を語っている。


「…岡田、これからの予定は?」
「は、はい!」


これが石塚なら、頭に叩き込んだスケジュールを淀みなく告げるところだが、
岡田はそもそも外回りが主な役割だから致し方ない。
システム手帳を取り出したところを、やんわりと制す。


「いや、俺のじゃない。お前の、夜の予定だ」
「は?…えっと…」
「呑みに行かないか?」
「――り、理事長とですか?めめ滅相もない」
「…最近の若いサラリーマンは、上司に誘われるのを迷惑がるらしいと聞いたが、やはりそうなのか?」


嫌味のつもりではないが、岡田は瞬時に顔色を変え、「是非お供致します」と背筋を伸ばした。


「そうか?無理はしなくていいぞ。先約があるんじゃないのか?」
「とんでもございません!」


…どうも出だしからつまづいている感が否めない。
これでは、酒の勢いを借りて、あれこれ白状させようという目論みも危うい。
そもそも上司とはいえ歳も近いし、もう少し砕けた付き合いがあってもよさそうなのだが、
明確に線引きしたがる石塚のせいか、和希のふがいなさのせいか、なかなか予定調和とはいかない。


「…まずいな」
「はっ、――あ、私のことでしたらどうぞお気になさらず」
「いや、そうじゃ…――あ?」


部屋を辞そうとした岡田がドアノブに手を掛け…振り返った。


「理事長、何か?」
「いや、大丈夫だ。あぁ、今夜のことは石塚には口外しないように」
「は、はい!」


その名を出した途端、情けないくらいに眉が八の字を描いた。
ふたりの個人的な関係に口出しする気は毛頭ないが、秘書が揃ってあんな調子では、仕事にも支障が出る。
それだけだ。おせっかいなんかじゃ…ない。


――それより今夜は、大事な先約が入っていたんじゃなかったか…


勢いで岡田を誘ったが、上司の体面というものもあって言い出せなかった。
いやそれより、思い出すのが遅かった。


――マズイ…より命がヤバイ……かも




『申し訳ありません。今夜の約束はまた後日でお願いします。ごめんなさい』


直接伝えると、どうも余計なことまで白状させられそうなので、メールで伝えることにした。
第一相手はまだ授業中――のはずなんだけれど、送信して幾らも経たないうちに、電話が、鳴った。


「――はい」


表示されている、滅多に電話などしてこない相手の名を見ても、今は全く喜べそうにない。


『俺だ』
「あ、えと、今日の約束――のことなんですけど」
『仕事か』
「…の一環です」
『接待か』
「えーっと…に近い、です」


弁護士より検察向きなんじゃあ?と思えるような手腕に、結局諸々全てを白状させられる。


『それはどうしても今日済ますことか』
「え…?」


文句を言ってごねたり、なんて、いつものこの人らしくない。
あっさりそうか、って引き下がってオシマイ、が予想パターン…で…


「中嶋さん、あの」
『お前の奢りだろう、俺にも呑ませろ』
「……はい?」
















「――岡田!」


秘書の片割れに見咎められると厄介で、終業後、外での待ち合わせにした。
岡田は駅に程近いカフェで、スーツ姿のまま、体育会系のがっしりした身体をちんまりと椅子に収めている。
背後から威圧感を漂わせている連れをどうやって説明したものかと思案しつつ、声をかけた。


「あ、理事…長…?」
「遅くなったな、すまない。えーとこっちは…」

「――中嶋です。急に参加させてもらうことになりましたが、よろしいですか」
「あ、岡田です。――もちろんです、よろしくお願いします」


何がよろしくなんだか、岡田はしゃちほこばって頭を下げた。これじゃあどっちが目上だかわからない。
並ぶふたりは、どう見ても同世代。違和感なくスーツ姿の社会人に溶け込んでいる高校生って…
しかもあの中嶋さんが、下手に出てる?の上に敬語?って、思わず咳き込みそうになった。

正直ちょっと…気持ち悪い…



「――それで和希、何処へ行くんだ? 予定はあるのか」
「え?中――…?」


いきなりの名前呼びで、動転しない方がおかしい。


「英明、だ。敬語もなし。バレても構わないのか?」


耳打ちされて、更に動揺。
気を回してる?あの、厚顔不遜で怖いモノなしの、あの中嶋さんが? うっわ益々不気味…
なんて焦ってる場合じゃない。


「えっと、じゃあ岡田、先に食事でもどうだ? ひ、英明もそれでいい?」
「あぁ」


中嶋さんが隣にいると、どちらの顔をしていいのか迷うから、正直やりにくい。
店を選ぶにしたって、上司としてと中嶋さんとではやっぱり違ってくるものだし。
ふたり、折り合いのつきそうな場所…


「どこか予定は?」
「あ、いえ…じゃない、特にないけど、何か希望あ…る?」


よそゆきの顔をした中嶋さんは、そこで更に意外性を上書きしてくれた。
予約済みだったという店に、1名追加という形で案内されて、つまり…
中嶋さんは今日ここへ来る予定だった…ということだ。


初めから出掛ける約束にはなっていたから、すなわち一緒にレストランで食事コース。
えぇと…今日は何かあった…っけ…? 


今日――は6月の…


たっぷり考え込んだあと、あぁッ!と思わず手を打ちそうになった。
思いつく今日、はひとつだけだった。まさか、と思いたいが、今日は揺るぎない今日だ。
これは…おそらくもれなくお仕置きコース…だろうか。だろうな。
背中にじんわりと冷たい汗が滲んでくる。


「理事長、どうかなされましたか?」


岡田の声にはっと我に返ると、眼の前のスレンダーなグラスに、シャンパンが静かに注がれていた。
底から湧き上がるパールが、華やかに煌いていて、
ここまで――テーブルに案内され、オーダー…――一切合切任せっきりだったことに気づく。
すっかり中嶋さんのペースだ。いいも悪いもない。
だけどなんだか、薄ら寒い予感…









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【和希おめでとう'09】
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