「――サプライズパーティ?」
「はい!誕生日にこっそり和希を驚かせたくて。どうせだから皆呼んでお祝いしたいなって」
「ん〜…俺は別に構わねぇけど。ヒデは?どうだ?」


席を立ち上がりかけた英明に、椅子の背もたれから、かなり強引に身を仰け反らせて丹羽が訊いてくる。


「――お前達の好きにしろ。俺は関わる気はない」
「え?中嶋さん、参加してくれないんですか?」
「他人の誕生日など祝ってどうする。それにどうせ、余計な奴等も誘うんだろう」
「……」


啓太が言葉に詰まったのを合図に、英明は今度こそ本当に席を立ち、扉に向かう。


「ヒデ、どこ行く?」
「――出張だ」


追いかけてくる声には振り返らず、手元のファイルを頭の脇で振って見せ、学生会室を出た。
各部の代表にサインを貰うだけなどという単純な作業。
本来なら、伊藤にでもやらせるような仕事を自ら持って出たのは、単純に煩わしかったからだ。
あの場にいることが。もっと言うなら――伊藤の存在そのものが。


子犬のような無邪気さは、ときに英明を故なく苛立たせる。
丹羽が、こと伊藤に関しては、何だかんだと甘いのも――…



「中嶋さん」
「……」


廊下の角を曲がったすぐのところで、真下の階段から上ってくる和希の姿を認めた。


「遅れてすみません。あ、どちらへ?」
「あぁ…野暮用だ」


説明するのも面倒で、さっきと同じようにファイルを無言で示してやる。


「あ、それなら俺が行きましょうか」


即座に状況を悟り、申し出る。コイツの頭の回転の速さはさすがと言うべきか。


「いや…、それより早く行ってやれ。伊藤が待ちかねていた」
「あ、はは…そうですか」
「ガキのお守りも大変だな」


ストレートな皮肉に、遠藤は浮かべた作り笑いを引っ込めただけだった。
そのまま英明は階段を下り、数段進んだところで不意に足を留め振り返る。


「――遠藤」
「はい」


同じように振り向いた相手は、そんな英明をきょとんと見下ろしていた。


「お前、もうすぐ誕生日らしいな。いつだ」
「え…来月の9日…ですけど」
「何か予定は」
「今のところは何も」
「なら、何処かへ出かけないか。お前さえよければ、だが」


珍しいと断言していい、英明の下手に出た態度に、和希はややたじろいだ様子で「どうしてですか?」などと問い返してくる。


「誕生日に誘うのに、それ以上の説明が要るのか」
「でも…」
「飯でも食わせてやる。希望を考えておけ」


返事は聞かずに、改めて階段を下り出した。
早い話が、返答などどうでもよかった。





数日経った頃、学生会室で予想していた騒ぎが持ち上がった。
遠藤と、大っぴらにひそひそと会話していた伊藤が、急に声を荒げる。


「ダメって…どうして!」
「あーちょっと先約があって。…ゴメン」
「先約――…」


あまりのことに椅子から立ち上がり、啓太は呆然と和希を見下ろしていた。


「どうした」


聞き耳を立てるまでもなく(実際聞こえてくるのだが)、大凡の見当はついていた。
が、ここはあえて声をかけてやる。


「あ、いえ…なんでも。すみません」


サボるなと釘を刺されたとでも感じたのか、和希のほうが伊藤を庇うようにフォローして、席に着くよう促す。
けれど啓太は立ち竦んだまま動こうとしない。俯き、口唇を噛んで。


「って…」
「――啓太?」
「和希っていっつも、肝心なときにいないよな。
 無断外泊だって、授業サボるのだって、何も訊かないから俺が気にしてないとでも思ってた?
 そりゃあ…約束なら仕方ないけど、誕生日の1日くらい――…」


今にも涙腺を決壊させそうな様子の伊藤は、遠藤の影での動きを知らない。
やむにやまれぬ事情で、和希に一連のあれこれを打ち明けられたとき、啓太には黙っていてくれと懇願され、
英明は律儀に今でもそれを守っている。

伊藤の――親友の知らない秘密を知っている。
それは英明にとって、おそらく優越感と呼んでいい感情に違いなかった。
素直に認めるかどうかは、また別として。


「啓太…」


多忙な遠藤のことだから、肝心なときに捕まらない可能性も大きい。
あらかじめそれとなく仄めかしておけと、誰かに知恵でもつけられたのだろう。
伊藤はどうやら、和希の先約、を、いつもの事情と誤解したようだった。



「――はっきり言ってやったらどうだ。その日は俺と約束があるからと」
「中嶋さんっ!?」


見事に口を揃え、4つの眼が英明に向かって真っ直ぐ注がれる。


「…そうなのか?和希」
「う、うん、まぁ…」


頷きながら頬を掻く和希を素通りし、啓太の感情は一気に英明に向かい噴き出した。


「どーして…この前誕生日なんかどーでもいいって…」
「だったら何だ」
「俺がその日計画立ててたのだって…知ってた…くせに」

「お前の都合など考慮してやる義理はない」


かぁっと頭に血が昇ったのだろう、
色んな意味で若い啓太は大きな瞳で英明を睨みつけ、勢いよく部屋を飛び出して行く。
単純な思考…まさしく子どもそのものだ。


「――中嶋さん…これは、どういう…」
「お前が、啓太と俺のどちらを取るのか試してみただけだ」
「な、何の、ために…――」

「…行かなくていいのか?」
「っ…」


顎をしゃくって扉を示せば、
心残りをあからさまに顔に出し、それでも啓太を追って、和希も学生会室を出て行った。



「――くだらない」


次第に遠ざかっていく足音に耳を貸しながら、英明は取り出した煙草に火をつけた。








そのに

【和希おめでとう'08 そのいち】
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