「なぁ和希、最近…好きな人できた?」 「…へ?」 あんまり唐突だったので、思わず声がひっくり返った。 「えーと…啓太?」 「だって和希、この頃妙に嬉しそうだし。ぼんやりしてるし急にニヤけたりしてるしさ」 「き、気のせいだろ、うん、気のせい気のせい」 「えーそうかぁ?和希って意外と秘密主義なんだよなー」 啓太はつつつ…と小脇ににじり寄り、上目遣いにこっちをじっと見上げてくる。 「俺にも内緒、なんだ?」 「うッ…」 秘密なのはそれだけじゃないって後ろめたさからか、動揺しすぎて、 裏で手を引く誰かのことなんて、考えもしなかった。 「あ、俺、ちょっと用事…」 逃げるように戻ってきてしまったけど、冷静になって考えるとちょっと大人気ない。 好きな人、なんてそんな甘酸っぱい響き、久しぶりに聞いたからかも。 啓太を諦めてから、それほど時間は経っていない。 でも自分の中では、それを昇華するための長い長い期間があった気がしている。 「――好きな人、か…」 「おや、どうしました?浮かない顔ですね」 「あ、七…七条さん」 「学生会室に入り浸ってばかりいるせいで、悪い電波に犯されたのではありませんか?」 この人は至ってニコヤカに――実際、どれが本当の顔なのかも怪しいが―― 毒を吐くから、実のところ対応に苦慮する。 「たまにはこちらにも顔を出してくださいね?郁も待っていますから」 「え、ええ今度是非」 今から夕飯なのか、食堂に向かう背中を見送ってため息をつく。 ――浮かない顔? ってどんな…? 何となく窓ガラスに映りこむ、自分の顔を眺めて見るけれど。 「顔色が悪いんじゃないか、遠藤」 「は…」 「具合でも悪いのか?」 廊下の向こうから歩いてきた篠宮さんが、随分と遠くから目ざとく声をかけてきた。 相変わらず心配性フィルターが、過剰に働いてるよな。この人は。 「いえ、大丈夫です」 「そうか?何かあったらすぐ言え。遠慮はするな」 「はい」 普段面倒ばかりかけている分、ここは神妙に返事をしておく。 それにしても今日は何の日なんだか。皆してあれやこれやと… 「遠藤」 背後からかけられた声に、もう誰が出てきても驚きはしない――と振り返ってみれば。 「――」 確かに驚きはしなかったが、それ以上に言葉に詰まった。 焦った…というのが一番正しいか。 「化け物にでも出逢ったような顔だな」 「あ、え、その、あの」 何を焦っているのか、自分にもよくわからない。 相手が私服だったことが、焦りに更に動揺を増し加える。 夕飯時の今時分なら、生徒のほとんどがTシャツやスエット…部屋着で過ごしているが、 中嶋さんはどう見たって外出着で、ジャケットがやけに大人びて見えてかっこよくて。 「…どこかへお出かけですか?」 「ああ、今戻ってきたところだ」 すでに門限の時刻なのだし、考えてみれば当たり前のことなのに。 「あの、えっと…?」 「――出先で、テーマパークのチケットをもらった。2枚ある。伊藤とでも行くといい」 「え…いいんですか?」 「いつも仕事を手伝わせている礼だ。気にすることはない」 差し出された横長の封筒を受け取ろうと手を伸ばして、不意に、心が動いた。 「中嶋さん…一緒に、行きませんか」 「お前と?それとも3人でという意味か?」 「えぇと…俺と…です」 顎に手をやり、無表情すぎるくらい無表情な中嶋さんからは、一切の感情が読み取れない。 せめて呆れるなり、してくれれば…まだ、冗談ですって笑って誤魔化せるのに。 「――お前と出かける理由があるなら、行ってやっても構わない」 「え…? あ、そ…うですよね」 無表情のまま遠回しに断られて、むしろそれが当然だろうなと、妙に納得した。 大体自分が言い出したくせに、その意味がよくわからない。 もうじき誕生日なんで、なんて言い出したら、それこそ恥の上塗りでしかないし。 「そうですよね、すみません」 一礼して立ち去ろうとしたけれど、それも出来ずに、ぎくしゃくしながら次の言葉を探した。 「やっぱり啓太と行くことにしま…」 「――お前は、出来がいい割に、何処か抜けている」 「…はっ?」 「俺と一緒に出かけたい、とひと言言えば済む話だろう?」 「そ――…そ…」 痺れを切らして、なのか、きっぱりと言い切った中嶋さんは、 今まで見たこともない顔で、微笑っていた。 【和希おめでとうのいち】 Copyright(c)2007 monjirou Material/Mon petit bambin +Nakakazu lovelove promotion committee+ |