・・・・・・・・・・・・・SCENE#5 リビングから繋がる、海に突き出たデッキテラス。 天井まであるガラス戸を一枚隔てた向こう側で、ウッドチェアから長い脚の先だけが覗いている。 「――中嶋さん?」 さすがにこの季節、寒空の下で寝ているわけでもないだろうに反応がなく、 戸を開けて頭上から声をかけてみた。 「風邪を引きますよ?だいぶ冷えてきましたし、そろそろ中に戻りませんか?」 「…あぁ」 吹きさらしのスペースから見渡す空は、八割の夜と残り二割の夕とがせめぎ合い、 絶妙な色合いのグラデーションを醸し出す。 「さすがに陽が沈むのが早くなりましたね」 あとひと月もすれば年の瀬で、今が秋の夜長の終盤と言ったところ。 「…和希」 「はい」 「………」 「なんです?」 呼んだくせに問い返せば返事もしないで、視線はずっと遠くに向けられている。 気まぐれなのは十分承知していて、だから気にも留めない素振りで、横目でさりげなく様子を窺った。 ――なのに眼が合うから不思議。 「…何ですか?」 少々バツの悪い思いで訊いてみてもやっぱり返事はなく、代わりにおもむろに指先で手招きされる。 「――? 何か…」 隣に移動して顔を覗き込んでも、また無言で手招き。 ――もっと寄れって? 口で言えば済むことなのに… 逆らうつもりじゃなく、ほんの一瞬躊躇した間にさえも焦れる相手は、 どこから出したものか、布状のものを和希の首元にふわりと巻きつけた。 「そんな薄着で、風邪を引くのはお前のほうだ」 「――っ…」 軽く布端を引かれて、上体が傾く。 柔らかな感触で首を覆ったそれが、一昨年編んでプレゼントしたマフラーだって、すぐに気づいた。 隠し持っていても防寒にはならないとか、まだ手元に残しておいてくれたんだとか、 ホントに色々――思い浮かぶのに、何ひとつ言葉にならない。 「どうした」 「な、なにが…です?」 「押し退けるなり抱きつくなりしないのか?」 マフラーは鎖のように、囚人を繋ぎ止め、身動きを封じ込める。 中腰の姿勢は確かに不安定で、揶揄う声もある意味正しい。 「いえ、その…」 だからって、じゃあ失礼して、と抱きつくのもおかしい… 躊躇いを見越したその人は微苦笑を浮かべ、後頭部を軽く引き寄せる。 デッキチェアからほんの少し中嶋さんの頭も離れて、口唇が触れ――… 「なんだ」 「…冷たいですよ?」 「俺がか?」 「そうです。いやそうじゃなくて、貴方の身体の話です。冷え切ってますよ、早く中に…」 一瞬だけ触れた口唇は、ひやりと背筋が竦むような冷たさだった。 一体どれだけここで呑気に潮風に吹かれていたっていうんだろう。 「中…」 呼びかける傍から再び引き寄せられ、ぬくもりを奪い取ろうとするような熱烈さで、キスを奪い取られる。 「ん――っ…」 いくら足掻いても結局根負けしてしまうってわかっているけれど。 それ以前に、中嶋さんがいつもと違うから… 「――中嶋さ…」 息を継ぐより先に、その人の名を呼んだ。 「何かあったんですか?」 「…何の話だ」 「こんなとこで、こんなにすっかり冷え切るまで何か考え事でも?」 端から明瞭な答えには期待していなかった。どうせはぐらかされるんだろうって。 「――あぁ…俺も歳を取ったものだなと」 「二十歳になったばかりの人が何言ってるんです」 だからいつもの軽口だろうって聞き流しかけて、 「それはお前が歳上だからだろう」 「…? どういう…」 思いがけず真剣な眼差しに、言葉を止めた。 「お前にとっては仮に80%でも、俺には100%だ」 「………」 3歳児の3年分も、50歳の50年も、割合にすれば同じってこと――だろうか。 「お前と…知り合って2年と少し。…10分の1だ」 「――」 理解るか、と問われた気がした。 俺の人生の10%分だって。凄いことだろうって…これは勝手な付け足しだけれど。 「中嶋さん…」 何年経っても、伝えたいことを言葉に表わせないもどかしさに焦れながら、哀切の想いでそっと口唇を重ね合わせる。 『誕生日おめでとう』 それから――… Copyright 2008(C)Monjirou +Nakakazu lovelove promotion committee+ |