知らぬは本人ばかりなり


 

 

 

 

書類を会計部に届けたあと、学生会室に戻ってきた中嶋の目に映ったのは自分の恋人がこそこそと何かをしている姿。

 

「・・・・・・何をしている」

 

一瞬で機嫌の悪さが分かるほど、低い唸り声が学生会室に響く。

誰か他の人間が聞いていたら、ひどく怯えていたのだろうが残念ながらそこに居たのは笑顔で中嶋を見つめる和希だけだった。

 

「お帰りなさい、中嶋さん」

「挨拶なんかどうでもいい、遠藤。笑っているだけじゃ分からないだろう?俺の携帯に何をしている、と聞いているんだ」

「んー、新しいストラップつけてる?」

 

自分でやっているくせに、何故疑問系か。

ため息をつきながらそんなことを思った中嶋は、和希の手から携帯を奪って・・・固まった。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・なんだ、これは」

「だからストラップ」

「ストラップ、じゃないだろう!」

 

わなわな震える中嶋の手が握る携帯の先で揺れるのは、木の札。

良くありがち、と言えるかもしれないそれには文字が彫られていた。

 

「俺がこんなもの、つけるとでも?」

「ねぇ、中嶋さん。今日、何の日?」

「今日?」

 

お前の誕生日以外に何かあるのか。

そう呟いた中嶋に、和希は笑って首を横に振った。

 

「いいえ。俺の誕生日ですよーだから、それ、いいですよね?」

「意味が分からん」

「土曜日でお休み、俺の誕生日。そんな日に学生会室で仕事してるぐらいだから、俺の我儘聞いてくれたっていいでしょう?」

「・・・・・っ」

 

中嶋の負い目を何処までも突くように満面の笑みを浮かべた和希は、なおも畳み掛けるようにして言葉を続ける。

 

「何も遊園地に付き合えとか、動物園に行こうとか言ってるんじゃないんだから、ストラップつけるぐらいいいじゃないですか」

「・・・・・・・・・・・・・お前の名前入りだがな」

「あぁ、それは女除けです」

 

放っておいたら本当に何処だかのテーマパークにつき合わされそうだ。

それよりはマシかと思いながら、微かな頭痛を憶えた中嶋が唸るように発した言葉に和希は軽い調子で答える。

 

「こういうのついてれば、貴方に群がる女の子だって少し躊躇するでしょう?」

「なに言って・・・」

「かずき、なんて女の子でもいる名前だから、つけてても平気でしょう?」

 

にっこり笑って和希はそれを指先で弾く。

 

「お前は俺との関係を公言していいのか?」

「別に公言なんかしてないじゃないですか。啓太とか、王様とかは元々知ってるし」

「うちの生徒が見たら?」

「俺の名前なんか、誰も知らないですよ」

 

目立たない生徒、演じてるんですから。

 

そう言って、腕に抱きついてきた和希の身体を引き寄せながら中嶋は先ほどより深いため息をついた。

 

 

『1年に可愛い子いるよな』

『あぁ、学園MVPとよく一緒にいる子だろ?』

『成瀬もすっげぇ構ってんだろ』

『噛み付いてキャンキャン吠えてるの、可愛いよな』

『篠宮に怒られてるとこも、シュンとしてて可愛いぜ?』

『名前、似合ってるよな』

『和希だろ?一度でいいから呼びてぇよな』

『いっそ、伊藤がいるとこで一緒に呼んでみっか』

『お、いいねぇ』

 

小耳に挟んだ、3年生同士の会話。

だが、和希を気に入っている人間は彼らだけではない。

 

成瀬や七条を筆頭に、良く構われている姿を見るたびに中嶋の視線は険しくなり、眉はどこまでも寄せられる。

 

 

知らないのは、本人だけだ。

自分がどれだけ人をひきつけているか、という事実を。

 

まぁ、いいと言うなら大人しくつけていてやる。

少しは周りへの牽制にもなるだろう。

 

かずき、という名前入りのプレートを見て何も感じない馬鹿はこの学園にいない。

 

 

そう思いながら、上向かせた和希の口唇にキスを落とした中嶋の手の中で。

彼の名前が記されたそれは、静かに揺れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

<おまけ>


「・・・・・・・・・・・・・・中嶋さん。なんです?それ。これ見よがしに」

「ふん、文句ならお前の大好きな理事長に言うんだな、七条」

「まさかあの人が自分でつけたとでも?」

「信じる信じないはお前の自由だがな」

 

ふふん、と鼻で笑ったような中嶋の表情に、七条のこめかみに微かに青筋が立った。

 

やられっぱなしでいるのは、性に合わない。

やられたらやりかえす、が信条の七条にとって中嶋への攻撃など朝飯前だ。

 

「可哀想に、中嶋さん」

「何がだ」

「明日からさぞかしご多忙になるでしょうね・・・・彼のファンクラブに絡まれて、会長は遊び歩いて、もちろん会計部からは大量の書類が回ってきて。あぁ、もしかしたら彼も放っておかれてばかりで浮気を疑うかも」

「・・・・・・・貴様、何をする気だ?」

「別に。ただ滝くんに食券でも差し上げようかと。きっと成瀬くんも楽しいことになるでしょうし」

「ふん、負け犬の遠吠えだな」

「あぁ、それに、明日1日、貴方のPCは使い物にならないかと思いますよ?」

 

くすっ、と笑った七条の言葉に、さすがの帝王も一瞬、顔を引きつらせる。

 

「・・・・・・・・・・・・あさってまでに理事会に提出する書類があるが?滞ったらお前たちも困るだろう?」

「僕たちは、学生会がやらなかったので、と一言だけ伝えておきますよ。理事長のお怒りが怖かったら今晩、死ぬ気で頑張ることですね」

 

そう言い残して七条が出て行った途端、学生会室には中嶋が丹羽を電話で呼び出す声が響き渡った。

 

 

 

written date 07/06/14

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