キスで伝えるプレゼント


 

 

 

 

「どうした?遠藤」

「なにが」

「変な顔をして」

 

人の顔をわざわざ覗きこんでまで訊ねるセリフがそれか。

ふざけてるにもほどがある、なんて内心思いながら俺は中嶋さんの顔から目を逸らして答えを返す。

 

「生まれつきです。別にいつもと違う顔なんかしてませんし」

「ふぅん?そんな不満げな表情が、生まれつきだと?」

「・・・・・生まれつきです」

「強情だな」

 

呆れたような声色が耳に届いたけれど、そんなことは関係ない。

だって、こんな日にわざわざ学生会の仕事手伝わせるような極悪非道な人に、何だって俺が折れなきゃいけないんだ。

 

「遠藤」

「何ですか」

 

何があったって、絶っっっ対ほだされてなんかやるものか。

そんな決意と共に自分の持分である書類を机の上において、横に立つ中嶋さんの目を今度はしっかり見てやった。

 

 

「何か俺に言いたいことはないのか」

「ありませんね、これっぽっちも」

「なら、何でそんな不満そうな顔をしている」

「だからしてないって言ってるでしょう?」

「だからしているって言っているだろう?」

「してません」

「してる」

「してません」

「して・・・・まったく。いい加減にしろ、お前は」

 

ため息と同時に、両脇に手を差し入れられた俺は、そのまま無理やり立たされる。

体格の違いと、ほんの少しの温もりを心地よく思ってしまった事が腹だたしくて、俺は力をこめて睨みつけた。

 

「なにするんですか!」

「お前が悪いんだろう?」

「なんで!」

「何も言わないからだ」

「はっ!?」

 

さっきから、人の邪魔をしているのか?

それとも人を馬鹿にしているのか?

 

わざわざ仕事を押し付けたくせに、一体何なんだ!

 

 

腹が立つ、とかそんな言葉じゃ言い表せないほどの苛立ちで中嶋さんの手を振り払えば、今度はその手が頬に伸ばされる。

いつになく優しく触れてくるそれが、何だか彼らしくなくて戸惑ったままその手を許してしまえば、耳に届いたのは柄にもなく淋しげな声。

 

 

 

「俺に甘えてもいいのは、お前だけだ」

「え・・・」

「この世でたった1人しか持っていない特権だぞ?」

 

なのに何で使わない?という声とともに抱きしめられれば、戸惑いはさらに大きくなる。

 

この人は一体・・・何が言いたいんだ?

 

 

「意味が分からないんですけど」

「じゃあ聞くが、お前は今日、何でそんな不満そうな顔をしている?」

「何でって・・・・」

 

貴方が俺の誕生日を忘れているから。

 

 

そんな事が言えるはずもなく、ちらりと中嶋さんを見上げれば嘘も許されなさそうな鋭い視線を向けられる。

黙ったままでいるのが、得策だろうか。

機嫌を損ねているのは俺だったはずなのに、そんな事まで考えれば不意に緩やかな笑みが彼の顔に広がった。

 

「普通は自分の希望を言うものじゃないか?」

「え?」

「何処へ行きたいとか、何が欲しいとか。お前はないのか?」

「まさか・・・・」

 

まさか、この人・・・俺の誕生日、知って・・・?

 

「あいにく俺は、金で買えるようなお前の欲しがるものが思いつかないからな」

「中嶋さ・・・」

「こんな日ぐらい、わがままになれ」

「っ、まさか、わざと学生会の仕事押し付けたんですか!?」

「だから言っているだろう?甘えてこないお前が悪い」

 

シレっとした顔で、そういうこと言うか!普通!?

 

「信じられない・・・」

「ふん、俺を好きになったお前が悪い。諦めるんだな」

「・・・・・えぇ、そうですよ。貴方を好きになった俺が悪いんですよ」

 

何を言っても無駄。

ホント、こんな男を好きになった俺の負けだよな。

 

意趣返しに盛大にため息をついて、それからほんの少しだけ自分に素直になって。

俺を抱きしめる中嶋さんの背に腕を回して、抱きしめ返しながら口を開く。

 

「じゃあ、もう仕事は終わりにして今日は1日、俺と一緒にいて下さい」

「そんなことでいいのか?」

「1日中ですよ?携帯も切って、王様が部屋に来ても絶対出ないで」

「随分と簡単なお願いだな」

 

ポケットから取り出した携帯の電源を落としながら微かに笑う中嶋さんの首に手を伸ばし、その顔を引き寄せる。

そして口唇まであと1センチ、という所で近づくのをやめ、俺はもう1つだけお願いを口にした。

 

「それで来年も・・・うぅん、ずっと。ずっと俺の誕生日を、祝って下さい」

「・・・・・これまた簡単なお願いだな」

 

さっきよりも笑いを深めた中嶋さんは、そのまま俺との1センチの距離を埋める。

 

軽く触れるだけのキス。

でも、それはひどく優しくて、俺はその感触を甘受した。

 

「お前が嫌がっても、叶えてやる・・・その願いをな」

 

 

口唇の間で囁かれた言葉は、何よりも欲しかった言葉。

何よりも嬉しいプレゼントだった。

 

 

 

written date 06/06/10

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