神の雫


 

 

 

 

「珍しいな、こんな所に連れて来るなんて」

 

テーブルの間を縫うように先を行く和希の背に、中嶋はそんな言葉を掛けて微かに笑った。

 


正装で来て下さいね、なんて今までの付き合いの中でただの1度も言われた事がない。

未成年である中嶋をおもんばってか、和希はいつもカジュアルなリストランテばかり選んでいた。

 

それに対しての不満はもちろんあったが、自身の立場…というよりは、中嶋の事を考えてだと分かっているから文句を言えるはずもない。

 


「今日は特別だからね」

 


着いた予約席でメニューを眺めながら、和希はそんな事を言ってウェイターを呼ぶ。

中嶋の意向も汲みながら澱みなくオーダーして行く様は、大人の男である姿を存分に見せつけた。

 


「何が特別なんだ?」

「本気で言ってるなら怒るよ?英明」

「分からん」

「……意地悪いな。そこまでして言わせたい?」

「ああ」

 

 

穏やかに笑う中嶋に、いつもの冷酷さは陰もない。

こんな姿が見られるのは、恋人である和希だけなのだろう。

 

「……せっかく二十歳になったのに…相変わらずだな、英明は」

「そういうお前こそ、付き合い出して3年が経つのに相変わらずだ」

「ハイハイ。どーせ俺が子どもっぽいんですよ」

「鈴菱モードならそれほどでもないが?」

「褒め言葉になってないし」

 

苦笑しながら中嶋の言葉を受け流し、和希はウェイターが注いだワインの香りをかぐ。

グラスを持ち、ゆったりと回す仕草は普段中嶋に見せるのとは違って、こういった高級店に慣れている『鈴菱グループの御曹司』らしい一面だ。

 

「ひとまず、せっかくだからお祝いさせてもらってもいいかな?」

「いいだろう」

「……そんなとこも相変わらず…まぁいいや。英明、誕生日おめでとう」

 

言葉と共に2人のグラスが触れ合って、微かに音を鳴らす。

こうしてワインを一緒に楽しめるようになったことが、時間を重ねてきたことの証だった。

 

「ようやく解禁だな」

「お前が煩いから」

「当然だろ。俺は教育者」

「そういう所だけ常識人か。成人していながら学生として通っていたくせに」

「もう時効だろ」

「時効なわけあるか」

 

美味い料理と酒、そして誰より大切にしている恋人。

そんな3拍子が揃えば、冷酷と評される事が多い中嶋の顔にだって穏やかな表情が浮かぶ。

 

「それより英明」

「なんだ」

「これ、ボトル空けたら持って帰って」

「俺はそういう趣味はない」

「いいから。それぐらいしたってバチは当たらないと思うよ?結構頑張ったんだから」

 

和希はそう言って、ワインクーラーに入れられたボトルをほんの少し持ち上げる。

そのラベルが見えた瞬間、中嶋は目を見張って動きを止めた。

 

「通りでワインの詳しい説明がなかったわけだ」

「いいだろ?たまにはこういうのも」

「……そう、だな」

 

 

付き合い出したのは、3年前の中嶋の誕生日。

あれから毎年、趣向を凝らした誕生日祝いを和希からプレゼントされていた。

 

今年は、どうやら『生まれ年の神様の飲み物』がメインらしい。

 

 

「どう?味は」

「悪くないな」

「この年はあまり当たり年じゃなかったみたいで…美味しいがあって良かった」

 

にっこり笑ってグラスを口に動かす和希は、嬉しそうな笑みを浮かべる。

 

 

素直になれない中嶋の真意を、ちゃんと受け取った恋人は誰より彼を愛している。

きっと、この先もずっと。

 

こうやって、2人で穏やかに時を紡いでいくのだろう。

笑い合いながら。

 

 

 

 

Hideaki Happy Birthday! & Three annibersary novel 「神の雫」

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