「っ、もうイヤだっっっ」
理事長室にそんな和希の叫びが響いたのは、2006年11月19日、午後3時4分のことだった。
世界でたったひとつのプレゼント
今日、11月19日はBL学園・学生会副会長、中嶋英明の誕生日。 朝から生徒たちのプレゼント攻撃に埋もれ、仲間内からはそれを考慮した軽いものと言葉を贈られていた帝王を、彼の恋人である和希は1度も見ることが適わなかった。 それは和希が理事長として多忙だったせいもあるし、今日が日曜日だったことも大きな原因だ。 金曜日から泊りがけの出張をこなし、ようやく戻って来れた今日は授業がないからと終始 理事長室につめている状態。 自分が逢うことも出来ない間に、中嶋を狙う人物やら好意を持つ生徒やらがプレゼントを贈っているのを、親友である啓太から逐一メールで知らされていた和希の我慢はそろそろ限界に達していた。
誰よりも先に祝いたかった。 電話やメールじゃなく、直接言いたかった。 そんな想いを我慢しているのに、何で彼の近くで自分のやりたいことを先に実行している生徒がいるんだ。
冗談じゃない。 彼の恋人は、この俺だ。 いつまで仕事、仕事、仕事って。
「っ、もうイヤだっっっ」 「和希様?」 「・・・・・石塚。あとどれくらい掛かる!?」 「そうですね、今日は寮の門限には間に合うかと」 「門限・・・」
一体、あと何時間我慢すればいい? 門限って、夜。まだ15時なのに?
「先、長い・・・・・」
一瞬、和希が机に伏せたのもいたしかたあるまい。 さすがに どんなに恋人に逢いたくとも自分がどれだけ責任のある仕事をやっているかぐらい自覚している。 それが投げ出せないものであることも、自身がこなさなければいけない仕事であることも。 痛いほど分かっているから、少しだけ泣き言を呟く。
「逢いたいなー・・・」 「俺以外だったら、即座にそいつの息の根を止めてやるが?」 「っ、中嶋さん!?」
この理事長室で聞こえるはずのない声に、和希はその名を呼びながら弾かれたように顔を上げる。 でも、そこにいるのは間違えようもない中嶋だ。 逢いたくて、逢いたくて仕方のなかった人。 まさか、願望が強すぎて見せた幻? あまりにタイミングが良すぎて、自分の頬を抓った和希は思わず声を上げた。
「いたっ」 「なに馬鹿なことをしている」 「だ、って・・・」
いつの間に近くまで来ていたのか、机の前に立った中嶋は、和希の少し紅くなった頬を指でくすぐる。 温かな感触と、優しい視線。 自分にだけ見せる中嶋の特別な一面に、和希は思わず顔を綻ばせた。
「中嶋さん、プレゼント攻撃はもう?」 「終わらせてきた。後は知らん。丹羽がどうにかするだろう」 「酷い人」 「酷いのはお前だろう?」 「・・・・・です、ね」
時間を空けられなかった罪悪感で泣き笑いのような表情を浮かべた和希の頬に、中嶋は触れるだけの軽いキスを落とす。 それは、何だか甘やかされているような仕草に思えて、和希は少しだけ表情を緩ませた。
「和希様」 「っ、石塚?」 「申し訳ありませんが、これだけサインを頂けますか?」 「あ、あぁ」
すっかり秘書の存在を忘れて中嶋だけを見ていた和希は、バツの悪い思いを堪えながら差し出された書類にざっと目を通してサインをする。 中嶋が来てくれたのは嬉しいが、夜まで掛かる仕事があるのにどうしよう。 そう思って石塚を見ながら書類を渡せば、思わぬ言葉が返ってきた。
「今日はこれで終わりです」 「え・・・門限まで掛かるんじゃなかったのか?」 「それまでここを使っていい、という意味ですよ」 「石塚?」 「寮にいたんじゃ、ゆっくり出来ないでしょう?」
にっこり笑って、そんなことを言う石塚の顔はまるで弟を見守る兄のような表情。 思わず言葉につまった和希の代わりに、中嶋が気持ちを代弁する。
「悪いな。我儘を言って」 「いいえ。さすがに理事長室にいるとは思わないでしょうから、貴方のファンも」 「こんな所まで追って来られたらお前たちも困るだろう?」 「早々サーバー棟には入れませんよ」 「なら入れてもらってありがとう、と言うべきか?」 「他ならぬ和希様のためですから、そんな言葉はいりませんよ、中嶋さん」 「・・・・・生徒に敬称つきとは」 「私にとっては生徒ではなく、和希様の大事な方ですからね」 「奇特なことだ」
交わされる会話に目を瞬かせている和希が面白かったのか、中嶋はくすりと笑う。 いつになく柔らかなその表情に思わず目を奪われ、和希はただ中嶋が引く手に促されるように立ち上がった。
「それでは、私はこれで」 「あ、ありがとう、石塚!」 「いいえ」
男の恋人を作って、鈴菱グループの後継者である立場を手放すかのような行動。 それでも温かく見守る姿勢を崩さない石塚に、感謝するほかない。 理事長室をあとにする彼の背に、心の中で深く礼を言って和希は傍らの中嶋を見上げる。
「どうした?」 「俺って、幸せなんだなーと思って」 「そういう言葉は、俺と付きあい出したときに思うべきじゃないか?」 「あの時も思いましたけど。でも、もっと幸せだなって」 「ほう、俺以外にお前を幸せに出来るヤツがいると」 「違っ、そうじゃなくて!そうじゃなくて・・・なんていうか」 「・・・・・・まぁ、周りには恵まれているな」 「でしょう?」
それは部下だったり、友人だったり、後輩だったり、先輩だったり。 色々な人が支えてくれて、見守ってくれている温かな想い。 恋人と居れる幸せが、どれほど困難な道の上になりたっているものかを知っているから、その想いが何より嬉しい。
「・・・・・英明」 「なんだ?」 「来年は、俺が一番最初に祝いたいな」 「ずいぶん大きな野望だな」 「分かってるけど。でも、やっぱり悔しいから」
どれだけ難しくても。 それでも、願いたい。
愛しい人の生まれてきた、大切な日を、誰よりも早く祝いたいと。
「・・・・・・今日は、俺が最後ってことで許して?」 「仕方ないな」
腰に手を当て、和希を引き寄せた中嶋は、そのまま耳元で囁く。
「こんな所まで来たんだ。それ相応のプレゼントは貰うからな」 「・・・・・お手柔らかに」 「理事長室でするのも悪くないと思わせてやるよ」
言葉とは裏腹に、落とされたキスはひどく優しい。 ゆっくりと、くすぐるような口唇の動きに和希は笑みを零しながら中嶋の首に腕を回した。
「プレゼントは俺?」 「十分だろう?」 「・・・・・まぁ、ね」 「それで遅かったのはチャラだ」 「じゃあ、心行くまでどうぞ」 「言われなくても」
キスの合間に交わされる会話は、甘い睦言。 それが幸せの証だった。
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