ありきたりなロマンス act.2 恋愛天国 -ラブパラダイス- 番外編
「・・・・着いたのか?ああ、分かった。すぐ迎えに行くから動くなよ?・・・ふん、ナンパなんて、されててみろ。明日の保証は出来ないと思え」
撮影も終わり、タレントたちが一斉に帰り出す喧騒にみちた、スタジオの地下駐車場。 車に乗り込む前に掛かってきた電話に、中嶋は一瞬動きを止めて応対した。
そんな会話のあと、携帯を切った中嶋の耳に届いたのは、聞きたくなかった馴染みのある声。
「なあに、今の。もしかして彼女?」 「え〜っ!中嶋さんに彼女!?」 「だって由紀、英明のあんな気持ち悪いほど優しげな声、聞いたことある?」 「そう言われてみれば初めてかも・・・どうしよう、迅さん、僕、見たい」 「安心して、由紀。俺も見たいから」 「――― お前ら・・・」 「「ついて行くから」」
中嶋のキレそうな表情もなんのその。 まあ、ある意味彼に近しい存在の2人にはそんなモノは見慣れたもので、怯えるはずもない。 無理やり中嶋の車に乗り込んだ松岡と成瀬は、同乗したまま駅前にたどり着いたのだった。
「中嶋さん、彼女ってどんな人?」 「だから彼女なんかじゃないと言っているだろう!」 「タクシー乗り場近くの子?美人だけど、英明の好みじゃなさそうだな」 「だから彼女じゃない!人の話を聞け、迅!」 「あ、じゃあスタバ前のあの人?」 「成瀬・・・」
本気で中嶋がキレそうになったその瞬間、待ち人が目の端に映り、中嶋は近くまで車をつける。 サングラスを掛けていても、見間違うはずはない。 所在なさげに移ろわせていた彼の視線が、近付く車の影を捉えて柔らかなものになる。 その変化は同乗者の存在を一瞬忘れさせ、中嶋を満足させた。
「和希」 「中嶋さん」
待たせたな、と声を掛けようとした中嶋だったが、それを遮るようにして望まざる同乗者が声を上げる。
「和希!」 「あれ?迅さんに、成瀬さん。どうしたんです?・・・中嶋さんの車で」 「英明の彼女、見に来たんだ」 「――― へぇ・・・中嶋さん、彼女なんていたんですか・・・」 「違・・・」
何て事を言い出すんだ! 勝手に車に乗り込んで、あまつさえその暴言か!!
松岡の言葉に口元を引きつらせた和希を見て、中嶋はその秀麗な顔をしかめる。
和希の幼馴染と、この撮影を通じて実際に彼の親友という存在になった主役。 その二人しか、中嶋と和希の関係を知るものはいない。
それはある意味、当事者になった二人だったからなのだが、それ以外に公言していないからといって、このまま誤解させておく気は微塵もなかった。
中嶋はその見た目を裏切って、案外嫉妬深い男なのだ。 やっとの事で落とした恋人の目を他に向けたままにさせるほど、度量は広くない。
「そうそう、びっくりだよね!僕、あんな優しい声出す中嶋さん、初めて見たし」 「・・・・優しい?」 「彼女にベタボレみたいだよ、英明ってば」
そう言って和希の手を掴んだ松岡の手を、中嶋は無言で叩き落とす。
「痛いんだけど、英明」 「・・・・迅。それは俺のだ。手を出すな」 「は?」 「人のものに手を出すほど餓えているのか?お前は」
そう言って昔からの友人を睨みつける中嶋の視線は、いつもの気を許したものではない。 痛いほどの鋭い視線。 それを真っ向から受け、松岡は笑った。
「へぇ・・・英明に本命、ね。ちょっと興味あるな」 「ちょっとも、ほんの少しも興味なんて持つな」 「そう言われたら余計そそられると思わない?」 「俺のものに手を出して、五体満足でいられると思うなよ」 「ちょっ、中嶋さん!?」
松岡を睨みつけた中嶋が和希の腰を抱き寄せると、腕の中で暴れながら顔を紅く染める。 運転席に座ったままの中嶋は、珍しく和希を見上げながら口を開いた。
「何だ?」 「何だ、って・・・ここ外!それに迅さんと成瀬さんもいるのに・・・っ」 「気にするな」 「気にします!」 「じゃあ、気にならなくさせてやろうか?」
そう言って肩を掴み、無理やり和希の顔を自分と同じ高さにまで下げさせた中嶋は、すばやく顔を近づける。
「・・・・っ、馬鹿!こんな所でなに考えて!?」 「黙らせてやろうかと」 「もっと人の目を気にして下さいっ」
中嶋の口唇を自分の手の平で受け止め、すんでのところでキスを阻止した和希だったが、まだ甘い。 そのまま受け止めた手の平を舐め上げられ、思わず掠れた声をもらしてしまう。
「・・・・っ、ちょっ・・・やめっ」 「――― 邪魔だ、迅。成瀬。自分たちで帰れ」
和希の手に舌を這わしたまま後部座席に向けられた目は、これ以上邪魔するなら殺すと書いてある。 間違いなく書いてある。
まだ自分の命が惜しい二人は、おとなしく車から降りて地下鉄に向かった。
「迅さん・・・遠藤、明日ちゃんとスタジオに来れますかね?」 「・・・・由紀。それは幾ら俺でも分からないよ・・・帝王に聞いてくれなきゃ・・・」 「僕には聞く勇気がありませんでした・・・」 「まあ、多分・・・・」
和希は明日も休みだろう。 今ごろ中嶋が監督を言いくるめているに違いない。
黙り込んだ二人の思考は、寸分違わず同じものだった。
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