そりゃあ、忙しい人だって分かってるよ。 日本中にファンが居て、皆が新作を待ってるのだって知ってる。
でもさ・・・俺の恋人、でしょ?
ありきたりなロマンス act.1 恋愛天国 -ラブパラダイス- 番外編
「中嶋さん?ご飯・・・」 「今はいい。後でキリが良くなったら食べる」 「でも・・・・」 「・・・・・和希。締め切りがもうすぐなんだ。分かるな?」 「――― はい」
怒った。 そんな風に感じた俺は、それ以上なにも言えずにスタジオのドアを閉めた。
彼、中嶋英明が自宅内にある簡易スタジオにこもり始めてから10時間が経つ。 日本が誇るトップアーティストであり、俳優業もこなす中嶋さんの仕事量はハッキリ言って半端じゃない。 新しいCDの制作が予定より押し込んでいることが、それを何より物語っていた。
作詞に作曲、さらにはアレンジまで自分でこなす彼が新たに曲を手がけるときには大抵スケジュール調整が行われる。 しかし現在、2クールに渡る長期ドラマ『学園ヘヴン』に出演中の中嶋さんにとって、これ以上の調整は無理だったようだ。 極力、他のテレビ出演などは断っていたようだが、ドラマというのは拘束時間が長い。 そんなこともあって、夏の特番時期で比較的スケジュールの緩い隙を狙って出来た時間をいま、曲作りの時間にあてている。 だが、それでもタイトなスケジュールに変わりは無く、丸1日休みとなった今日はずっとスタジオにこもっていた。
「大丈夫かな・・・」
昨日の撮影のときに食べたロケ弁以降、何も口にしていないんじゃないだろうか。 いや、間違いなく煙草とコーヒーしか口にしていないに違いない。 こういう時は丸っきり自分の身体に無頓着になる恋人の事を思うと、ため息しか出なくなる。
大体、ゲーノー人は身体が資本でしょ。 そんな事をぼんやり考えながら、俺は中嶋さんのために用意した遅い昼食にラップを掛けると冷蔵庫にしまった。
さて、どうしようか。 今日は珍しく、俺も1日休みだったりするんだよね。
啓太の相手役として案外俺の出番って多いんだけど、今日はホント、ぽっかりとスケジュールが空いた。 中嶋さんが忙しいのは分かってたから、休みが重なってもあんまり意味が無いと思ってたけど、考えていた以上に本気で意味が無い。 俺が今日したことって、ここんちの掃除と洗濯、あとはご飯の支度ぐらい。 それも、家主には食べてもらえなかったけど。
「分かってるけど、ちょっとヘコむよな・・・」
中嶋さんの家に来れるようになって、1か月。 それがそのまま、俺たちの付き合いの長さだったりする。 普通、付き合って1か月目の恋人ってもっとラブラブだったりするんじゃなかろうか。 そりゃあ、俺たちは男同士だし、芸能人だし、人前でイチャイチャ出来ないことだって分かってる。 でも、そんなことなんて関係ないぐらい中嶋さんはそっけない。
哲にタンカ切ったのが信じられないぐらい露ほども執着を見せない恋人に、さすがにポジティブ思考の俺もどうしていいか分からなくなる。 大体、俺を甘やかすだけ甘やかしていた哲が幼馴染なのだ。 これだけ放っておかれることなんて、今までほとんど無い。 どんなに忙しくても哲は必ず俺を構ってくれて、家族以上に近くに居てくれた。
だから、こんな風になると淋しいを通り越して帰ってしまいたくなる。
「――― 哲に迎えに来てもらおうかなぁ・・・」
まだオフは半日あるわけだし、遊びに行ってもいい。 朝方、仕事を終えて帰ったはずの哲も、たたき起こせば文句を言いながらも来てくれるだろう。
もうこれ以上、1人でここで待っていることなんて出来そうにもなくて、俺は携帯をポケットから取り出すと哲の番号をコールした。
『・・・・・・・・も、し・・・もし・・・』 「哲?ごめん、寝てた?」 『あ?・・・・和希か?どうした?』 「ん・・・悪いんだけどさ、青山の方まで迎えに来てくれない?」 『―――― アイツと一緒なんじゃなかったのか?』
電話に出たときの口調から言っても、確実に寝ていたはず。 それなのに電話の向こうでガラリと雰囲気を変え、一番触れられたくなかった事を口にしたのはさすが幼馴染、ってところか。
「んー、一緒と言えば一緒なんだけどね」 『喧嘩でもしたのか?』 「そんなんじゃないよ」 『じゃあ、放っておかれてんのか』 「――― な、んで・・・」 『中嶋っていま、来月からの新しい主題歌作ってんだろ』 「あぁ、哲も知ってるんだ」 『まぁな。ヘヴン≠ェ2クールだから、1クール切り替えで歌も変えるって聞いたぜ?』
通常、ドラマというのは3か月を一区切り、いわゆる1クールで放送される。 ただ、この学園ヘヴン≠ヘシナリオが膨大であることと視聴率がとれると踏まれたメンツがあまりに集まっているため、最初から異例の2クールでの放送が決まっていた。 半年を掛けての放送ということで、歌は1クールずつになったのか。 なんだかアニメのような手法に一瞬笑いが漏れる。
『なんだよ?』 「んー、ドラマでそこまでやるのって珍しいよね」 『まぁな。ただ、売れるって上が判断したんだろ』 「・・・・・・・かもね」
現在のオープニングは、俊介と聡のユニット・bitが担当。 エンディングは、中嶋さんと成瀬さんが歌っている。 ある意味、この4人はヘヴンの音楽担当チームだから新しいものも4人で上手くやるのだろう。 そんなことを思っていれば、哲の思いがけない言葉が耳に届く。
『今度はオープニングが啓太とお前で、エンディングが俺と中嶋だってさ』 「・・・・・・はっ!?」 『無謀なこと考えるよな、ヘヴン班』 「ちょっと待ってよ!?どういうこと!?」 『怒鳴るな。寝起きなんだから頭に響く』 「関係ないよ、そんなこと!」 『・・・・・・・お前、最近中嶋に性格似てきたな』 「どういう意味だよ、それ」 『自分で考えろ。ていうかお前、何にも聞いてなかったのか?』
聞いてたらこんなに驚くわけないだろ、と言う前にそんな考えが通じたのだろう。 哲は軽く笑って、自己完結する。
『ま、たまには本業以外のことやってみるのもいいんじゃないか?』 「なんで」 『アイツがなに考えてっか少しは分かるかもしれねぇだろ?』 「中嶋さんが・・・?」
意味が分からない、と思って首を捻れば突然、耳の近くで掠れた声が上がる。
「俺がどうした?」 「・・・・・っ!?」
き、気づかなかった。 ていうか・・・こんな状態になるまで気づかないっていうのもどうなんだ?
そんな事を思っている間にも、いつの間にかスタジオから出て来ていた中嶋さんは、俺の身体をすっかり後ろから抱き込んで耳元で囁く。 それもご丁寧に携帯を持っているほうの耳に、だ。 これじゃあ、会話が哲に筒抜けじゃないか。
「人を放ってお前は丹羽なんかと電話しているのか」 「ほ、放ってって、先に人をほっといたのは誰です!?」 「知らないな、そんな事は」 「っ、ご飯食べてくれなかったくせに!」 「食べない、とは言ってないだろう?キリが良くなったから出てきたのに、お前は何をしている」 「なに、って・・・・」
放っておかれたから帰ろうとしたんじゃないか。 そんな文句は、どうしても口から出なくて。 何を言ったらいいのか分からなくなった俺は、そのまま俯いた。
「・・・・・・本当にお前は・・・放っておくと何をするか分からないな」 「な、中嶋さ・・・っ!?」
俯いた瞬間、髪が両脇に流れて露になったのか、首筋に直接中嶋さんの吐息があたる。 それをくすぐったいと思う暇もなく、柔らかな口唇が押し当てられて不意に息がつまった。
「や、やめ・・・・」 「誰が見ても俺のモノだと分かるぐらい、跡をつけてやろうか」 「ん・・・・っ」
口唇だけで挟むように吸われ、たったそれだけの事で息が上がる。 首筋にキスマークなんて、冗談じゃない。 成瀬さんや迅さんに、どれだけからかわれることか。 そう思うのに、この手を、この温もりを振り払うことなんて出来やしない。
結局俺は、この人を好きなだけなんだと思う。
「・・・・・・・・哲。やっぱり迎えに来なくていいや」 『帰ってこないつもりか?』 「お母さんに上手く言っといて?」 『ったく、未成年のうちから・・・・こら、中嶋!明日はちゃんと和希、帰せよ?』 「さぁな」 『こら、テメ・・・っ』
哲の怒鳴り声が聞こえた瞬間、中嶋さんは通話を切って携帯をソファのほうに放り投げる。 珍しいぐらいの乱暴さに気をとられていると、不意に身体が浮き上がった。
「わわっ、ちょ、中嶋さん!?」 「とりあえず、手を出そうとしたヤツには見える所につけておくか」 「・・・・・・・・え?」 「食事はあとでとる。先にお前だ」 「な、中嶋さんっ!」
決してそんなに軽くはない俺の身体を横抱きにして、そのまま中嶋さんは寝室のほうへ歩きだす。 まだ明るい部屋の中、その意図がとんでもなく恥ずかしく思えて俺は慌てて抗議の声を上げるが、時すでに遅し。
「――― 逃げられると思うなよ?」
広いベッドに投げ出され。 普段は見られない、熱いほどの眼差しを向けてそんなこと言われたら・・・もう観念するしかない。
「・・・・・明日、ちゃんとスタジオまで連れてって下さいね」 「お安い御用だ」
もしかして哲に、妬いた・・・のかな? たまーに中嶋さんって、すごく可愛いよな。
そんな事を思いながら俺は、小さく笑って。 静かに瞳を閉じて、中嶋さんのキスを待ったのだった。
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