恋愛天国ラブパラダイス #7


 

 

 

 

「和希」

「あ、郁ちゃん!」

 

 

記者会見も無事に終え、出演者たちは着替えて個々に会場を後にしようとしていた。

顔合わせは後日改めてとの事だったので哲也と帰宅の途につこうとした和希だったが、横から掛けられた声に表情を緩める。

 

「郁ちゃんも今帰り?」

「和希…」

「なに?郁ちゃん」

 

何じゃないだろう?と言って溜め息をついたのは西園寺郁。

丹羽と同じ年の俳優だ。

隣りに立つ七条臣とは幼馴染みで、2人は幼い頃から舞台や映画をメインに活動していた。

 

西園寺の父は映画監督、母はスクリプター

七条の父は舞台監督で、母はPA…ミキサー卓などの音響効果を仕事にしている。

両親揃って華やかな業界に身を置いている西園寺や七条にとって、芸能界へ進むのは自然な事だった。

 

 

和希とは前に映画の撮影で一緒に仕事をした事があり、大人ばかりの共演者陣の中でこの3人は年齢が近かった。

そのため西園寺と七条に和希が懐きまくり、2人が和希を甘やかすという構図が出来上がったのだ。

 

それからはテレビなどで共演する事もあり、和希への甘やかしっぷりはひどくなる一方。

まあ主に七条が、という注釈付きだが。

 

 

「そう呼ぶなと何度言えば分かる、お前は」

「え〜だって郁ちゃんは郁ちゃんだし」

「……これがこんなに我儘に育ったのはお前のせいか、丹羽」

「悪いな、郁ちゃん=v

「撮影外でそう呼んでも返事はしない」

「冷たいなあ、西園寺。和希には許してるくせに」

「言っても聞かないだけだ、和希は」

「まあ可愛らしいからいいではありませんか、郁」

「お前もそうやって甘やかすから和希が好き放題になるんだぞ、臣」

「仕方ありません。和希くんが可愛いからつい」

「臣さん、優しー」

 

にこにこと笑いながら頭を撫でる臣の手を、和希も笑顔で受ける。

ほのぼのとした空気が流れるなか、その柔らかな時間を壊したのは中嶋の鋭い声だった。

 

「郁!道の真ん中でたむろするな」

「英明…悪い、邪魔だったな」

「臣がついていながら、どういうことだ」

「すいません、英明さん」

 

ちらりと、こちらを一瞥する視線はひどく冷たい。

それが何だか耐えられなくて、和希はそっと瞳を伏せた。

 

「あぁ、そうだ。英明は初めてだろう?遠藤和希と丹羽哲也だ。私たちと何度か共演している」

「……お前たちの仕事をのんびり見ている暇が俺にあると思うのか?」

「と思って郁は貴方に紹介しているんですよ、英明さん。何より丹羽さんは貴方の相棒です、学生会副会長」

「そういえばそうだったな」

 

そんな答えにやっぱり、いけ好かない奴≠ニ再認識した哲也の目の前で、中嶋は艶然とした笑みを浮かべる。

 

何だ、その笑顔は。

哲也がそう思った瞬間、手が伸びて和希の頬を長い指先がくすぐった。

 

「丹羽よりお前のほうが興味があるな」

「……っ」

「遠藤和希」

「は、はい!」

「そんなに緊張するな。ふてぶてしい1年を演じるんだろう?あまり初々しい反応ばかり見せると、伊藤じゃなくお前にお仕置するぞ」

「な!?テメぇ、中嶋!ふざけんな!!」

「英明!子供をからかうな!」

「貴方と違って和希くんは純粋なんですよ!?」

 

 

言われている和希より、周りの方が大騒ぎなのは致し方あるまい。

色事において、中嶋に対しては「性質の悪い男」という評価が闊歩していたのだから。

 

そんな周りの反応など目にも入らないのか、和希はただ中嶋の顔を見つめて頬を紅く染める。

幾らでも見てきたそんな反応を、珍しく可愛いなどと感じた中嶋は手を伸ばして頭を撫でた。

 

 

「な、か…じま、さん…?」

「幾つだ?」

「え、あ、あの!16です!」

「高校生か…この頃の郁と臣は、こんな可愛げなどなかったな」

「英明相手に可愛げなど必要ない」

「郁の言うとおりです」

「つうか、いい加減手を放せよ!中嶋!!」

 

怒鳴った哲也をひと睨みで黙らせた中嶋は、口ごもった和希を促す。

どうした?と聞く声は昔馴染からしてみれば、ありえないほど柔らかく響いた。

 

 

「あの俺、ずっと中嶋さんのファンで、あの…!」

「光栄だな、理事長殿にそう言って頂けるとは」

 

楽しげに笑った中嶋は緩く上げた口を、笑みをかたどったままの形で和希の頬に押し当てる。

受け止めた場所が瞬時に紅く染まった行為を容認する人間は、この場にはいなかった。

 

 

「英明!」

「中嶋、テメぇ…!」

「英明さん!」

 

三者三様の呼び方に込められたのは非難と焦り。

和希を純粋培養で育てた覚えのある哲也は怒りで顔を赤く染めたし、西園寺と七条は付き合いの深さから和希が恋愛に免疫がないのを知っていたから中嶋の毒牙に掛けさせてたまるかと憤慨した。

 

 

「あああああ、あの…!?」

「中嶋」

「え?」

「中嶋英明だ。よろしく、遠藤」

「は、はい!こちらこそよろしくお願いします!!」

 

 

勢いよく頭を下げた和希は、同じような勢いで顔を上げると手を差し出す。

誰もが意味を計りかねて首を捻るなか、当の本人は恥ずかしそうに俯いて目線だけを上げた。

 

「あの…」

「なんだ?」

「握手、して頂けませんか?」

 

 

自分も同じ芸能人だろうとか、多くのファンがいるアイドルだろうというツッコミは哲也と西園寺、七条の心の中でだけ行われた。

言われた中嶋はと言えば、昔馴染からすれば信じられないほど柔らかな笑みで和希の手を取る。

 

 

「業界の…しかも畑違いの人間に握手を求められたのは初めてだな」

「す、すいません!」

「違うだろう?遠藤」

「え?」

「お前の望み通りに握手をした。嬉しくないのか?」

「っ、嬉しいです!」

「なら言うことは?」

「……ありがとうございます!」

「よく出来たな」

 

 

ポンと頭を叩き、あっさり和希から離れた中嶋はそのままエレベーターに向かって歩き出す。

後ろ手でひらひら手を振る仕草は、まるでドラマの1シーンのようだ。

 

 

「理事長との対決、楽しみにしている。失望させるなよ?」

「精一杯頑張ります!!」

 

エレベーターに乗り込む瞬間、向き直った中嶋は七条に視線を移し、今度は意地悪げな笑みを浮かべる。

 

「臣も全力で向かって来い」

「言われなくても、そのつもりです。冷血非道な副会長殿」

「悪魔の相手にはちょうどいいだろう?」

 

 

そんな言葉を残してエレベーターのドアを閉ざした中嶋には、確かに場の空気を攫う存在感があった。

居なくなった瞬間に喪失感を覚えたのは、きっと和希だけではない。

 

 

 

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