恋愛天国 #6
「そうそう、丹羽くんの柔道部との対決は見物ですよ。弱いという設定で申し訳ないぐらいの有段者にお願いしましたから」 「ちょ、長谷P!それ、俺に対する挑戦ですか!?」
ステージ上の些細な攻防を余所に、着々と会見は進む。
演出と役者の駆け引きが、こんなに早くから行われているのと同時に、目の前で隠しもせず意見を闘わせているのを見せつけられた報道陣もヒートアップしてきたようだ。 連ドラの会見にしては珍しく矢継ぎ早に質問が上がり、スキャンダルがないにもかかわらず長い時間が割かれた。
「代表質問は以上です。続いて個別質問に移ります。挙手の上、社名、お名前を言ってから質問をお願い致します…じゃあ、まず前列。グレーのジャケットの…木塚さん、また貴方ですか」
藤原アナウンサーの言葉に、待ってましたとばかりに手を挙げたのは記者会見場にはどんな事があっても駆け付けるという名物ルポライター。 彼の質問はベテランの役者でも答えに詰まることが多く、壇上のメンバーは息を呑んで木塚の言葉を待つ。
「ちょっと藤原さん、またとか言わないで下さいよ」 「もう貴方の姿は会見で見慣れましたから。そうですよね、松岡さん」 「藤原さんの言う通りですね。新番の会見やるたびに俺も木塚さんの顔見てますから」 「ひっどいな、松岡さんまで。いいじゃないですか、今日は貴方がターゲットじゃないんだし」 「へぇ、じゃあ誰です?」 「遠藤さんに」
自分の名前が彼の口から出た事に驚いたのだろうか。 瞬間的に身を揺らした和希は、思わず隣りにいる哲也のジャケットを掴む。 そんな彼を見た哲也は、安心させるように和希の頭をポンと叩いて木塚を促した。
「木塚さん、俺の弟分をあんま苛めないで下さいよ?」 「丹羽さんまで、そういうこと言います?もう…えぇと、フリーライターの木塚です。遠藤さん、今回の役をお受けになった理由を教えて下さい」 「え…理由、ですか?」 「最近の傾向を見ると、いわゆる若い子にウケる役が多いですよね?爽やかで二枚目的な。鈴菱和希という役柄は、今までとはだいぶ違うと思うんですが」 「そうですね。でもそれは、今までの遠藤和希から脱却できるチャンスだと思っています」
自分の言葉で答えを返して、少し落ち着いたのか。 和希は哲也のジャケットから手を放すと、木塚の目を見つめながら言葉を続けた。
「BLというジャンルが、特殊である事は承知の上です。それでも鈴菱和希という役がやってみたかった」 「それは何故ですか?」 「幼い頃の恋を実らせるために引っ越して同じ学校に通ったり、塾や予備校で接点を持とうとするのは一般の世界でも少ないながらも皆無じゃありません。でも理事長なのに年を偽って自分の学園に通い、なおかつ相手を呼び寄せる。これは俺の常識の中には無い選択肢でした」
その言葉に、報道陣の頷く様子が壇上から見てとれる。 木塚も同様で、和希は満足げに笑いながら続けた。
「非常識な恋って、どれだけの力がいると思います?木塚さん」 「さ、さあ…僕には分かりませんが」 「俺も分かりません」 「なっ…」 「だから、擬似体験だけでもしてみたかったんです。リスクをかえりみず自分の地位、存在、すべてを賭けた恋を。人間はどこまで強く、どこまで一途になれるか知りたかった。それが鈴菱和希の役を引き受けた理由です」
言い切って浅く息をついた和希の隣りで、哲也は目を丸くした。
あれだけ中嶋に会いたいと駄々をこねていた裏で、そんな事も考えていたのか。 確かに演技力はかなり必要とされる役だし、最終的には和希にとってプラスとなるだろう。
そこまで考えて受けたのなら…コイツは俺にとって、かなり手強いライバルになる。
いつまでも、ただの可愛い弟分でいてはくれないらしい。 少しだけ淋しいけれど、なんだか誇らしさも感じて哲也は微かな笑みを浮かべた。
「では、続いて…中央右手、ブルーグレーのジャケットの方」
木塚が一礼して座った後、藤原アナウンサーの進行で会見が再び進みだす。 さすがに色々な分野の著名人が出演するとあって、記者も人気どころはしっかり抑えているようだ。
「CBC放送の山田です。中嶋さんに質問です。ドラマ中では手の形が悪くなると空手の足技しか使いませんが、実際はいかがですか?」 「……実際も足技メインですね」 「理由も同じなんでしょうか」 「いえ。昔からピアノをやっていまして…ピアノを習った事のある方は誰しも覚えがあるかと思いますが、怒られるんです」 「怒られる?」 「突き指でもしようものなら自覚が足りない!とピアノの先生が一喝です。学校の授業でバスケなどの球技をやる事すら良い顔はしませんから」 「……そういうものですか?」 「そういうものです。ピアノの試験やコンクールの前とかは、手の筋が痛くなるほど練習しますし、腱鞘炎を防ぐために金属で固定したりします。そんな日常だったので、空手は自然と足技がメインに」 「なるほど。ありがとうございました」
ピアノに空手、相反するものを両立させているのは中嶋ならではだろう。 どちらも大切にし、精一杯の力を注いできたのが記者とのやり取りで見てとれる。
「中嶋さんって…空手やってるんだ」 「なんだ、知らなかったのか?和希」 「うん。哲は知ってた?」 「あ〜ワリと有名な話みたいだぜ?だからこそ、あのナリでも無事に芸能界でやって行けてるとか」 「え?」 「……お前は知らなくていい話」
子供扱いするなと頬を膨らます和希の頭を軽く叩き、哲也はこっそり溜め息をつく。
これだけ純粋培養な和希を守ってきた自分の苦労も結構なものだが、あれだけ整った容姿の中嶋も相当苦労しているだろう。 この世界は男女問わず、綺麗なものを愛でる傾向が一般人より強い。
中嶋の飛び抜けた眉目秀麗ぶりは誰の目からも明らかで、手段を問わず彼を手に入れようとする輩は多かった。 自分の身を守るために実力行使も仕方ない、という立場にある事は言うまでもない。
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