恋愛天国ラブパラダイス #5


 

 

 

 

会いたいと思っていた人が、すぐ近くに居る。

でも彼は俺に興味なんかない。

 

成瀬や松岡に向ける視線と、自分に向けられた視線。

そこに含まれた感情の違いをはっきり見せられ、和希は微かに頭を振った。

 

分かっていた事じゃないか。

中嶋さんが俺を知らない事も、2人が彼と仲の良い事も。

ショックを受けるなんてお門違いもいいところ。

 

頭ではそう分かっているのに割り切れなくて、和希はそっと中嶋の横顔を見つめる。

 

だが、その視線に先に気付いたのは隣りの幼馴染みだった。

 

「和希?どうした、気分でも悪いのか?」

「・・・・・・ううん、何でもない」

「お前の何でもない、は信用出来ないからな。ったく、どうせ昨日ほとんど寝てないんだろ?」

「うっさい、哲」

「心配してる兄になんて言葉遣いだ、コラ」

「だ〜れ〜が〜お兄ちゃん〜?」

「テメ・・・2度と遅刻しそうになってもバイク乗せてやんねぇぞ」

「あ〜っウソウソ!哲也お兄ちゃん大好き!」

「・・・・・・・・和希、それ俺以外に言うなよ?」

「へ?」

 

微かに頬を赤らめた哲也は、それを隠すように片手で顔を覆う。

その反応の意味が全く分かっていない和希は、ぽかんとした表情で首を傾げた。

 

無意識にその口から零れた言葉の影響力を分かっていないのは本人だけ。

満面の笑みでそんな事を言われたら、普通の人間なら思わず何処かへ連れ込むこと間違いなしだ。

 

免疫のある哲也ですら、うっかり抱きしめそうになった言葉の威力に彼は肩を竦めてため息をついた。

 

「ホントお前は天然だよな」

「・・・・ムカツク。哲のくせに」

「どういう意味だよ!」

「そのまんま!」

 

きっ、と視線を鋭くして哲也を睨んだ和希だったが、同時に頬を膨らませていたため子供の怒り方にしか見えない。

その表情は綺麗な顔立ちとあいまって誰の目にも可愛らしく映った。

 

それは冷淡と評される中嶋にも有効だったのか彼の顔に一瞬、柔らかな笑みが浮かぶ。

 

 

中嶋の珍しいくらい穏やかな空気に気付いたのは成瀬だけ。

眉を寄せ、悔しそうな表情を微かに見せた彼だけだった。

 

 

「――― なんで・・・」

「どうした、成瀬?」

「・・・・中嶋さん、ずいぶんアイツのこと気に入ったみたいですね」

 

そう言って中嶋から目を逸らした成瀬は、答えを聞きたくないとばかりに俯いた。

 

きっとそれは、彼でなければ分からなかった事だろう。

中嶋をずっと、見てきた成瀬だから気付いた機微に違いない。

 

テニスで世界を狙えるほどの腕を持ちながら、それをあっさり捨てた成瀬の本音を知る人は少ない。


松岡が言ったように、中嶋のプロモーションビデオを見て彼が音楽業界を選んだのは本当の事だ。

ただ、それは単に派手だったからとかそんな理由ではない。

 

 

中嶋を初めて画面越しに見たとき、成瀬は息が止まるかと思った。

 

睨みつけられているのかと思うほど、苛烈なまなざし。

冷たい空気をその身に纏いながら、耳に届く声はひどく甘いものに感じられた。

 

・・・・・自分だけに、その詩に秘めた想いが向けられている。

 

そんな風に錯覚してしまうほど、彼に魅かれた。

 

 

恋に落ちるのに、時間はいらない。

そう認めるしかないほど、成瀬は中嶋に焦がれた。

 

 

だからこそ、彼が遠藤を気に入っているような素振りを見せたのが悔しくて、苦しかった。

 

 

 

 

「誰のことを言ってるんだ?」

 

怪訝そうな声色で首を傾げた中嶋に、何かを隠そうとしている雰囲気はない。

 

気付いていないのなら、それでいい。

遠藤を気にしていることなんて、気付かないままでいて。

 

そう願いながら、成瀬はそっと隣りにいる中嶋のジャケットの袖をひっぱる。

 

 

「中嶋さん、このあと暇?」

「会見の後か?」

「うん・・・何処か連れてって」

「――― まったく、この俺にそういう我が儘なことを言うのはお前ぐらいだ」

「ダメ・・・?」

「捨てられた犬みたいな顔をするな。迅と飲みに行く予定だったが、さすがにこの時期にお前を付き合わせるわけにもいかないしな」

「中嶋さん!」

「何も駄目だなんて言ってないだろう?家に場所を変えればいいだけの話だ・・・どうした?今日は随分と甘ったれだな。成瀬にしては珍しい」

 

ポンと軽く成瀬の頭を叩いた中嶋は、カメラ席の方に顔を向けて静かに口を開く。

 

「初めてのドラマで緊張しているのか知らないが、仕事は仕事だ。カメラの前では普段通りの自信満々な顔でいろ。私情を見せるな」

「・・・・ごめんなさい」

「―――― 後で聞いてやる」

「っ、中嶋さん・・・っ」

「シャキっとしろ」

「はい!」

 

もう一度ポンと成瀬の頭を叩いた中嶋は微かに笑みを見せ、足を組み直す。

とても21歳の青年と思えないほど様になった仕草は、数々のスターを追いかけ慣れている報道陣の間からもため息が洩れるほどだった。

 

それを隣りで視界に入れてしまった哲也は軽く首を横に振って、和希の頭に手をやると無理やり顔を前に向ける。

 

「っ、哲!痛い!何するんだよっ」

「いいから前を向け。特定の個人を気にしてる暇はないだろう?鈴菱和希≠ノは」

「・・・・・・っ」

「自分で受けた仕事だ。全力でやれ」

 

哲也の言葉に悔しそうな顔で口唇を噛みしめた和希は一瞬、瞳を伏せてから前をしっかり見つめた。

その視線は先ほどまでの頼りないものではなく、俳優としての責任感ある力強いものだ。

 

「・・・・分かったよ、哲。まず仕事のことだけ考える」

「ああ、そうしてくれ。俺に、お前と一緒に仕事をすることを後悔させんな」

「共演出来て良かった、って言わせてやるからな!」

「・・・・・楽しみにしてる」

 

そう言って笑った哲也の表情は、和希の前で普段見せる兄貴分のものではなく、同じフィールドで闘うライバルに見せるようなもの。

 

初めて、この人に認めてもらえたのかもしれない。

そんな風に思って和希は嬉しそうに、そっと微笑んだ。

 

 

 

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