恋愛天国 #3
「本日はお忙しいなか、お集まり頂き誠にありがとうございます。これよりドラマ学園ヘヴン≠フ制作発表会見を始めさせていただきます」
このドラマを放送する読日テレビの局アナ、藤原貴之の司会で始まった会見。 それは、ドラマの記者発表にしては珍しいスタイルで行われた。
通常、新ドラマの制作発表というのは、ある程度撮影が始まってから行われる。 というのも、大抵撮影が始まるのは前クールに当たるドラマの放送がスタートしたばかり。 次のクール・・・つまり撮影中のドラマの詳細を発表するにはタイミングが早すぎるのだ。 そのため、前クールのドラマ終盤ぐらいに発表されるのが普通のこと。
しかし今回、学園ヘヴン≠フ記者発表は前クールに当たるドラマの会見と同じタイミングで行われた。 それがどれだけ異例の事なのかは、集まった記者の数が物語っている。
さらに、このドラマは半年をかけて放送されることが事前に告知されていたため、業界内でも注目されていた。 3か月を一区切り、いわゆる1クールで放送されるドラマ。 それが、この学園ヘヴン≠ヘシナリオが膨大であることと視聴率がとれると踏まれたメンツがあまりに揃っているため、最初から異例の2クールでの放送が決まっていたのだ。
壇上にいるのはドラマの衣装に身を包んだ出演者と、視聴率を稼ぎ出すことで有名な高梨監督。 そして、このドラマの総合演出を担当する長谷山プロデューサーも同席している。
「まず、プロデューサーの長谷山 誠から皆様にご挨拶させていただきます」 「ただいまご紹介に預かりました長谷山です。このたびは先の遠いドラマのために足をお運び頂きありがとうございます」
そんな挨拶に、記者陣から微かに笑いが洩れる。
確かに3か月も先のドラマ。 各局とも、今月から始まる新ドラマのために奔走している時期とあって、記者会見に出すEJの数も半端じゃない。 伝票の事を考えれば無尽蔵に取材に出ている場合でもないのは、どこも同じだろう。
「今回のドラマ、学園ヘヴン≠ヘここにいるメンバー全てが実名出演になります。しかし、同じ名前でありながら自身とは似て非なる部分も演じなければなりません」
そんな言葉に、記者陣だけでなく、壇上の出演者たちの顔にも疑問が浮かぶ。
「今回、シナリオをお願いするに当たって私たちの出した要望はこの演者の生い立ち、性格、友人関係を考慮してのキャラ作り≠ニいうものです。キャラが先にあっての演者ではなく、演者がいてこそのドラマになっています」
タレントありきの台本。 それは、ある意味どのドラマにもない手法だろう。
大抵、台本が先にあり、ある程度数字の見込めるタレントをそのまま当てはめるか、タレントに合わせて台本が多少手直しされる。 初めから出演陣の希望があって、それに合わせて台本が書かれるのは本当に異例な事だ。
「もちろん、彼らの力量、持つ雰囲気に合わせて、脚色を加えている部分はかなりあります。その最たる例が遠藤和希、そして岩井卓人」 「え・・・」 「俺・・・?」
会場中の視線が集まり、二人が瞬きする間、激しくフラッシュが焚かれる。
「遠藤和希≠ヘ、鈴菱グループの御曹司で理事長でありながら全てを偽って学生として通う、二面性の強い役です。もちろん、遠藤くん自身が実はある大会社の御子息だったりなんていう裏ネタはありません」 「長谷P、そういうブラックなネタは止めて下さいよ・・・」 「和希はずっとウチの隣りの子だ!」 「哲・・・そのツッコミもどうかと思うけど」 「でも和希、長谷Pは放っておくと何言うか分からないだろ!?」 「はいはい。遠藤くんだけじゃなく、丹羽くんまで噛みつくのは止めてもらえないかな?」
会見とは思えないやりとりに、記者たちから笑いがもれる。
「遠藤くんと遠藤和希≠フ共通点はただひとつ」 「共通点?」 「それは、君に大事な幼馴染がいるという事だ」 「え・・・」 「君にとっての丹羽くんが、伊藤啓太≠フ存在だ。誰よりも大切に思う幼馴染。でも、そこに現実との相違点がある」 「相違、点」 「遠藤和希≠ヘ伊藤啓太≠ノ恋をする・・・それが、君に演じてもらう一番大事な相違点」
その言葉に和希が考えこんだ瞬間、長谷山は岩井に視線を移す。
「岩井くんの場合は、親への思慕がテーマだった」 「親・・・」 「彼が隠していないから皆さんも知っていると思いますが、岩井くんは名門と言われる家を飛び出している。勘当されても舞台という路を選んだ君になら岩井卓人≠フ持つ葛藤が分かるだろうと、岩井くんには目一杯重い設定を脚色させてもらった」
そこで一度言葉を切った長谷山は、ぐるりと会場を見渡してから口を開く。
「自分と似た想いを持つがゆえ、相違点を演じる時に感じる違和感。それをどれだけ自分と一体にできるか。そこにこのドラマはかかっています。逆に、伊藤くんは・・・主役キャラがあって伊藤啓太≠ニいう役が生まれた、みんなとは正反対の立場です。そこをどうこなしていけるか、どう周りに溶けこめるかが見どころですね」
手元に配られた簡単な設定資料に、記者が改めて目を落としているのが壇上からも良く分かる。 恐らく、ほとんどの人間がタレントだけを揃えた視聴率稼ぎのドラマ≠ニ思いながら取材に来たのだろう。 長谷山の説明で、考えていたより作り込まれたように感じられる台本に興味をおぼえた記者が、個別質問を前に動きだしたようだ。
「それでは、このまま私、藤原が代表質問を務めさせて頂きます。まず・・・丹羽さん」 「はい」 「ドラマでは猫が苦手なようですが、丹羽さん御自身は?」
そんな質問が飛んだ瞬間、会場は急に静まりかえった。
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