恋愛天国 #2
「主役は素人、オマケに出演者は全部、実名出演だって?」 「しかも、役者だけじゃなく、モデルやミュージシャン、アイドルまで起用して」 「顔だけで視聴率取れると思ってんのかね」 「ま、女のコたちは騒ぐだろうけど、それが数字に反映するかどうかは・・・なぁ」 「大体、BLが何処まで世間に受け入れられるものか」 「幾ら同窓会って成功例があってもね」
ドラマ『学園ヘヴン』の制作発表の会場となったのは、都内の某ホテル。 会見が始まるのを待つ記者たちの声が、控え室に居ても聞こえて来る。 まあ、当然と言えば当然の批判。
確かにメンツ的には豪華とは言えるけれど、演技をしたことがないのは何も素人の主役だけに限らない。
「――― お前らには迷惑な前評判か?迅」 「役者が本業の俺たちに負ける気なんか1ミクロンほどもないくせに、そういうこと言うんじゃないよ、英明」 「そうそう、僕らミュージシャンだって歌ってる時はその世界に入り込んである意味演じてるんだから。ね?中嶋さん」 「・・・・そんなのはお前だけだ、成瀬」 「えぇ〜?そんな冷たいこと言わないで下さいよ!」 「大体、俺はお前と違ってドラマが初めてなわけじゃないからな」 「はいはい。『中嶋様』は前クール、連ドラで主役を喰う目立ちっぷりでしたからね」 「まぁ・・・アレは完全に英明に雰囲気のまれちゃってたからなぁ」 「あまりに軍服似合ってて、ファンが中嶋様って呼び始めたらしいですよ?迅さん」 「あぁ、それで由紀も面白がって『中嶋様』か」 「はい」 「じゃあ、俺も中嶋様って呼ぼうか?英明」 「・・・・・いい加減にしろ、成瀬、迅」 「「お〜こわ」」
ユニゾンでそんな風に言う松岡と成瀬だったが、言葉ほどに怖がっている表情など見られない。 むしろ楽しそうに見えるのは、恐らくある意味仲間意識が生んだ気安さからだろうか。
どんな役でも器用にこなし、若手俳優の中では有望株の松岡迅。 高校生の頃からこの世界に身を置く彼は、21歳になった今では連ドラに引っ張りダコな役者だ。
そんな松岡の中学時代の同級生・中嶋英明は、出すCD全てがミリオン確実と言われる日本有数のトップアーティスト。 他ミュージシャンへの楽曲提供、プロデュースも行うマルチぶりを見せながら、最近ではドラマ出演もこなすなど多才ぶりを発揮している。
その中嶋と同じ事務所の後輩、成瀬由紀彦は18歳ながら見事な歌唱力でファンを魅了。 デビュー年など、各賞レースの新人賞を総なめにし、今では中嶋も成瀬と期間限定ながらデュオを組むなどその才能は方々から認められつつある。 年下ではあるが、案外自分と似通った所のある成瀬を中嶋はたまに連れ歩いており、その時に松岡とも知り合ったようだ。 夜の街で遊ばせるにはまだ早い年齢ではあったが、それなら人の目の無い所に行けばいい。 ほんの少しばかり常識が欠如している大人2人と、その2人に負けないぐらいの強かさを持つ子どもは、どうやらかなり馬が合うらしい。
それでも畑違いの3人の会話が弾んでいる様子は周りからは相当奇異に映っているようで、この控え室に居る人間全てが共演者ではあるが、誰もが遠巻きに彼らを眺めていた。
そんな一種、凍った空気を壊すようなけたたましい声が記者陣がいる方向とは別のドアに近づいてくる。
「あ〜っ、もう!何で起こしてくれないんだよ!」 「何度も起こした!お前がさっぱり起きなかったんだろ!?」 「俺のせいなわけ!?」 「当たり前だろうが!大体、俺がバイク出して・・・」 「あーはいはいありがとう!」 「ありがたみが感じられねぇぞ!?」
ダカダカ、という音は走り抜ける音か。 かなり早いペースにもかかわらず、声に乱れは感じられない。
「「すいません、遅れました!!」」
力いっぱい開かれたドアは、むしろ壁にめり込む勢いだったが、それに負けないぐらいの勢いで控え室に飛び込んで来た2人に全員の視線が注がれた。
「・・・・・・・まだ会見始まってないから俺たちに謝る必要はないけど・・・ホテルの人には謝ったほうが良さそうだね、丹羽くん」 「んげっ、松岡」 「ほら、蝶つがいが歪んでる」 「あー哲、壊したー」 「お前が寝坊したせいだろうが!和希!」 「ドア壊したのは関係ないし」 「和希っっ」
ドアを無理やり閉めながら怒鳴る哲也に、あっけらかんとした様子で言葉を返す和希を見て、成瀬が堪えきれずに笑いだす。
「ま、漫才やりに来たんですか、お2人さん」 「んなワケねーだろうが!・・・・と、えー・・・」 「あぁ、成瀬由紀彦です。丹羽哲也さん、ですよね。よろしくお願いします」 「よろしく・・・お願いします」 「ぷっ、別に敬語なんかいりませんよ。僕のほうが年下ですし。それに、ドラマでは貴方のほうが大先輩だ」 「そうか?じゃあ、よろしくな、成瀬」
笑いながら握手を交わす2人をよそに、松岡がスっと和希に近寄る。
「で?この子が丹羽くんの大切な子?」 「・・・・・なんだよ、それ」 「有名だよ?丹羽くんが誰にも紹介したがらないぐらい可愛がってるってね」 「え?え?」
松岡と哲也の間を行き来する和希の瞳は、これ以上にないぐらい見開かれていてサッパリ話について行けていないことがうかがえる。 ポカンとした様子の和希をいいことに松岡は、その頭に手を乗せゆっくりと撫でた。
「いつかね、共演したいと思ってたんだ」 「俺・・・と、ですか?」 「そう、君とね。和希って呼んでもいいかい?」 「あ、は、はいっ」 「俺も名前で呼んでね」 「え、そ、そんな・・・・」 「名前、知らない?」 「し、ってます・・・けど」 「じゃあ、呼んで?」 「うー・・・・じ、迅さん・・・?」 「良く出来ました」
にっこり笑いながら、松岡は和希の頭をまた撫でる。 呆然とそのやりとりを眺めていた哲也だったが、松岡のその行動にようやく頭が動き出したのか、いきなり大声で怒鳴り始めた。
「松岡!その手を今すぐ、またたく間にどかせ!!」 「やだよ」 「和希!お前もなに大人しく撫でられてんだ!」 「えーあー・・・」
どうしたらいいのか分からない様子で、2人の間に挟まれた和希は口を開いたり閉じたり。 そんな様子を楽しげに眺める成瀬とは対照的に、中嶋は眉を寄せて騒ぐ2人を睨みつけた。
「随分と暢気だな」 「な、中嶋・・・・」 「遅れた理由はどうでもいいが、着替えなきゃまずいんじゃないのか?『丹羽哲也学生会長』殿?」 「・・・・・・悪かったな、騒いで」 「別に。それから迅。お前も人のモノに手を出す悪いクセはどうにかしろ」 「人聞きの悪いこと言わないでくれる?英明」 「嘘はなにひとつ言っていないと思うが?」
淡々とその場を鎮める中嶋だったが、一向に自分のほうを見てもくれないことに和希は少し落胆する。 親しそうな松岡や、芸能活動が長い哲也に声を掛けるのは当たり前かもしれない。 でも、初対面だからと言って興味も向けられないのは淋しい。 まるで、自分とは正反対の感情じゃないか。
「和希?どうした?」
そんな思いが表情に出たのか、心配そうに顔を覗き込んでくる哲也に悪いとは思うけれど、押し退けるようにして和希はメイク室に向かう。
「おい、和希」 「・・・・早く行くよ、哲。もう制服着てないの、俺たちだけみたいだし」 「そうだった、遅刻してきたんじゃねぇか、俺ら」 「とり頭?」 「うるせ」
だって、馬鹿みたいじゃないか。
こんなに逢いたかったのに。 こんなに憧れてたのに。
―――― 中嶋さんに、興味も持って貰えないなんて。
「待てよ、和希」 「遅いよ、哲」 「元はといえば、お前が・・・」 「はいはい、俺が悪かったから早く!」 「反省の色が見えねぇって」
落ち込みそうになる気分を変えるため、和希は哲也と軽口を叩きながら控え室を一旦後にする。 だから、この部屋を出ていった和希は知らない。
「あれが遠藤和希、か」 「なに?興味持ったの、英明」 「まぁ、な」 「へぇ、中嶋さんってああいうのが好み?」 「面白そうじゃないか。あの丹羽が入れ込んでるなんて」 「んー確かに。英明の言う通りかも」 「なんです?『あの丹羽が』って」 「・・・・・・・・・わりと八方美人だからね、彼も。そんなに誰かに入れ込む子じゃないんだよ、丹羽くん」 「へぇ。じゃあ、遠藤は特別ってわけか」 「だから興味がある」
自分がいなくなった後に、交わされた会話など。
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