ずっと、逢ってみたい人が居た。 半分は同業者で、ライバルとも言える人。
本当はこんな憧れのような感情を持ってはいけない。 そう、知っているんだけれど。 でも俺は、どうしても逢ってみたかった。
だから俺は、今回の話を受けた。 合っていないんじゃないか、なんてことも幼馴染に言われたけれど。
もう、気持ちを抑えられなくなっていたんだ。
恋愛天国 #1
「哲!哲ってば!」 「・・・・・なんだよ、和希」 「これ、哲んとこにも来てただろ?なんで教えてくれなかったんだよ!あの人もこれ、出るんじゃないか!」
和希が血相を変えて目の前に突き付けてきた紙に嫌というほど見覚えのあった哲也は、少しだけ顔を逸らす。
どちらかと言えば、それは和希には見せたくなかったもの。 意識して和希の耳に入らないよう配慮もしたし、それが渡る事のないように色々手をうったはずなのに。
そんな事を考えながらため息をつけば、和希は逸らした哲也の顔を無理やり自分のほうに向け、一気にまくし立てる。
「聞いてるの?哲也!」 「・・・・聞いてる」 「じゃあ、なんで教えてくれなかったんだよ!?」
普段は哲と呼ぶ和希がちゃんと『哲也』と呼ぶ時は、大抵が怒っていたりする。 この幼馴染みの機嫌を損ねると後が大変な事を身を持って知っている哲也は、渋々ながら理由の一端を口にした。
「―――― お前には合ってない」 「え?」 「面白いドラマだと思う。人気のある若手ばかり集めてるし、ドラマ畑だけじゃなく、舞台俳優とかミュージシャンなんかにも声掛けてるみたいだしな」 「だったら!」 「でもそれは、『俺だったら』の話だ。お前にその役が合ってるとは思えない。せっかく人気出てきた所だろ?こんなクセのある役・・・」 「っ、でも!やりたいんだ!」 「和希・・・」 「そりゃ、BLっていうのが特殊で一歩間違えばそっちの仕事ばっかりになるかもしれないリスクがあるなんて分かってる。でも、面白そうな台本じゃないか!」
必死に言い募る和希を見ていると、つい絆されてしまいたくなる。 でも、ここで許してしまっては何のために今までそのドラマの企画書や台本を隠していたのか分からない。
だから哲也は、心を鬼にして和希の手から出演者リストを取り上げた。
「確かに台本は面白いな。でも、このメンバーの中でお前に『鈴菱和希』みたいなアクの強い役が出来るわけないだろ」 「・・・・哲の意地悪」 「意地悪ってな、お前」 「俺が、なんでこのドラマに出たいか分かってるくせに」 「・・・・・なおさら許すわけないだろうが」 「う゛〜・・・」
小さく唸り声を出しながら口唇を噛み締める様子は、とても16歳には見えないほど子どもっぽい。 そんな所が4つしか離れていないはずなのに、もっと年下の子どもを面倒見ているような気になってしまう原因だろう。
もっとも、和希のそんな所が気に入っていて長年傍に置いているのだというのは二人を知る人間にとっては周知の事実だ。
「・・・・・ダメ?」 「ダメ」 「どうしても?」 「どうしても」 「だって、会いたいんだもん・・・」 「・・・・・・あのな」 「ズルいよ、哲ばっかり共演しようとしてさ。俺だってあの人の演技、間近で見てみたいのに」 「そんな理由で仕事受けたらスタッフに迷惑掛かるだろ」 「ちゃんと仕事やるもん!」 「やるもん、ってな・・・」 「二面性のある役だって、初めてで面白そうだしさ。俺になら出来るかもって考えて、演出陣がオファーしてくれたんでしょ?」 「そりゃそうだろうけど」 「大体このままじゃ逃げるみたいだし。それに、あの人、こういう鈴菱みたいな役、得意そうじゃない?もしかしたらアドバイスくれるかも」 「・・・・・・っ、アドバイスなら俺がしてやる!」 「ホント!?じゃあ、やってもいいんだね。ありがと、哲!」
しまった、と思っても後の祭り。 言質をとったとばかりに得意そうな表情を浮かべる和希のあまりに楽しげな様子に、哲也は自分が折れるしかないことを知る。
大体、誰よりも和希に甘いのは哲也自身なのだ。 日頃の行いがものを言うという事か。
「・・・・なら俺も受けるからな」 「え?哲、まだ返事してなかったの?」 「まぁ、迷ってたからな」 「もしかして、俺のせいで受けるの決めた?」 「それだけじゃないから心配すんな」
眉を寄せ、頼りなさげな表情を浮かべた和希の頭をくしゃりと撫でる。 サラサラな髪の間を指先が通るたび、安心したような表情に変わっていくのは哲也の中の何かを満足させた。
それは、一種の独占欲なのかもしれない。
――― まだ、1人で勝手に行くなよ
そんな風に願う哲也の心のうちなど、和希は知らない。
哲也が兄貴分として、近所の幼子を面倒見るようになったのは13年前のこと。 あれから2人とも大きくなり、他人の手に頼らずとも生きられるようにはなったけれど。 それでもやっぱり、まだ簡単に自分の手を離れて欲しくはない。
可愛い弟分が、もうしばらくは自分の傍に居てくれる事を願って哲也は和希の髪を一房掬い、口づけた。
きっと、いつかはこの手を離れ、自分だけを見つめる誰かと出逢うのだろう。
「哲?」 「・・・・・・なんでもねぇよ」
だけど、出来ればあの男にだけは引っ掛かってくれんな。 そんな哲也の想いなど知らず、和希は甘えるように手に頬を擦り寄せ笑う。
哲也がこのドラマに和希を出させたくなかった本当の理由は、リストに名を並べた出演陣にあまり良い噂を聞かないからに他ならない。
それは主に色事においてで、更に言えば、男ばかりのメンツにもかかわらず名前が上がる相手は男女問わず。 中でも、和希が会いたがっている人間が一番タチが悪い。
出来る事なら、このドラマにだけは出て欲しくなかった。 自分の所に先に話が来たからこそ和希の耳に入らないよう配慮したのに、一体どこから洩れたというんだろう。 今さらではあるが気になった哲也は、何気ない調子で和希に尋ねる。
「なあ、和希。お前、誰から今回の話聞いたんだ?」 「ん?竜さん」 「・・・・んだと?」 「竜さんも、哲の父親役で少し出るんだって」 「――― あんのクソ親父!いっつもロクでもないことばっかしやがって!」
哲也のうった手を根本から崩した実の父親への罵倒は、本人の耳にはきっと入らないことだろう。
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