第7回アンケート 投票1位:「俺以外の男にそんな笑みを向けるな、頼むから」
「和希、甘い」 「は?」
突然、顔を近付けてきた親友の口から出てきた言葉に当惑して首をかしげる。 そんな俺の戸惑いに気を止める事なく、啓太は鼻をひくつかせて同じ言葉を口にした。
「すっごい甘い匂い。チョコレートのボディシャンプーでも買ったの?」
楽しげな口調の啓太は多分、冗談で言ったんだろう。 でも俺は、その言葉で自分の顔が青褪めて行くのが分かった。
「やばい…やっぱり作るんじゃなかった…」 「和希?え、もしかしてチョコ作っ…」 「啓太、俺は部屋に帰る!今すぐ風呂に入りたくなったから!じゃあなっ」
そう叫んで教室を出ようとした瞬間、会いたくなかった人の顔が視界に入った。 普段は1年の教室になんて足を運ぶ人じゃないのに、どうして間が悪いんだろう。
「遠藤。そんなに慌ててどうした?」 「どう…もしません。中嶋さん、そこ退いてもらえません?」 「何で」 「俺が教室から出られないからです」
出来れば退くだけじゃなくて、何処か遠い所まで行ってくれるとベストなんだけど。 今だけは、中嶋さんと会いたくなかった。
「ひとつ聞きたい事がある。それに答えたら退いてやる」 「後にしてもらえませんか?夜なら時間ありますから」 「そんなに手間は取らせない」 「急いでいるんです!」
大体、なんでにじり寄って来るんだよ! こんな状態で近付きたくないのに!!
「面白い話を篠宮から聞いてな…お前、昼休みどこに居た?」 「っ、何処…って、別に普通にご飯食べ…」 「成瀬とか?」 「な!?」 「犬猿の仲と言われるお前たちが、しかも2人きりで何をしていたんだ?」
篠宮さんってば余計な事を! よりによって何でそんなとこ見てて中嶋さんに言っちゃうんだよ!
どう誤魔化すか、どう逃げ出すか。
それしか考えていなかった俺は、中嶋さんがさっきより近付いて来ていた事に気付くのが遅れて腕を掴まれる。 振りほどこうとしても離れない手は、逆に俺の身体を引き寄せた。
「放し…」 「随分と甘ったるい匂いを纏わりつかせているな」 「っ、放して!」 「駄目だ」
なんで、どうして。 そんなに顔をしかめながら抱きしめないでよ!
放して欲しくて、抗うのに拘束は弱まる気配もない。 好きな人に嫌がらせをしたかったわけじゃないのに。
「お前は…わざわざ製菓会社の陰謀に乗るような年でもないだろうが」 「っ、すいませんね!」 「家庭科室に篭ってまでするような事か?」 「寮だと…貴方に気付かれるかと思って」 「で、余計に目立ったわけか」 「茶化すなら…っ」 「食べてやるぞ?お前が食わせるなら」 「……は?」
今、一体この人は何を言った? 言われた事の意味が分からなくてマジマジと顔を見つめれば、中嶋さんは意地の悪い笑みを浮かべて俺の腰に手を回す。
次の瞬間、身体が浮いて慌ててしがみつけば、楽しげな声が耳に届いた。
「啓太。和希の鞄は?」 「これです、中嶋さん」 「ちょっと、啓太!?」 「良かったね、和希。お風呂入らなくても大丈夫みたいで」 「啓太!」
初めて中嶋さんに名前を呼ばれた事より、啓太の言葉を彼に聞かれた事のほうが恥ずかしくて肩口に顔を埋める。 紅くなった耳に囁かれたのは、この人にしては最大の譲歩だろう。
「お前が作ったものなら、何だって食べてやる」 「中嶋さ…」 「だから、その代わりに約束しろ」 「何を?」 「…俺以外の男にそんな笑みを向けるな、頼むから」
言葉の意外さに頬が紅い事も忘れて顔を上げれば、そこにあったのは一転して不機嫌そうな表情。 今日は本当に、違う顔ばかり見せてくれる。
「何、それ」 「随分と楽しそうだったらしいな」 「は?」 「…あんな無邪気な顔で笑うんだ、なんて篠宮に言われた時の俺の気持ちが分かるか?」 「中嶋さん…」
拗ねたような物言いが常とは違った年相応な感じで、なんだか可愛らしく見える。 くすくす笑いながら中嶋さんの肩にもう1度顔を伏せれば、笑っていられるような状態じゃない言葉が聞こえてきた。
「お仕置だな」 「は?」 「成瀬の前で無防備に笑ったお仕置だ。バレンタインだから、いつもより豪華なコースにしてやるよ」 「そんな気遣いはいりません!」
良いバレンタインを〜なんていう啓太の声は耳を素通りで、いかに逃げ出すかだけを考える。 それでも中嶋さんの腕は腰から離れる事もなく、俺は頭を抱えた。
明日、起きられるかな…。
こればかりは、神様だって分からないに違いない。
written date 08/02/14 Copyright(C)Aya - +Nakakazu lovelove promotion committee+
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