:第65回アンケート:

【7月といえば…】


1位 七夕!(票)
2位 ボーナス! (票)


投票、また、コメントありがとうございました〜















『七夕というのは、針仕事の上達を願う祭りが由来という説もあるんですよ』


月遅れの七夕を祭る、どこかの地方の映像を見て、そんな話を思い出した。


『…雑巾さえ店で買うようなご時世には、まるで意味のないイベントだな』
『それでも、入園準備だとかで手作りを求められることも多いそうですから』
『そんな輩は、結局手作り品を購入して仕舞だろう』
『相変わらず身も蓋もない言い方をしますね、中嶋さんは』
『単なる事実だろう。――お前にしても、』
『え?』
『今更、針仕事の上達でもあるまい』
『それ、褒められてます?』


そんな会話をしたのはもうひと月も前の話だ。当の和希は目下、長期出張中で学園島を離れている。
夏休みに入った途端、今まで学業で奪われていた時間を埋めるかの如く本来の業務に駆り立てられ、
寮に残った英明も、ほとんど顔を合わせることがなかった。
まず、こちらには戻ってきてすらないのだろう。今現在国内にいるのかどうかも怪しい。
時折メールが届くものの、深夜だったり早朝だったり、時間さえまちまちだった。




《来週早々にそちらに戻ります
戻ったらようやく夏休みです
予定を空けておいてくださいね》




そんな折、和希から帰寮を知らせるメールが届いた。顔文字も付いていたが見なかったことにした。


「夏休み…?」


どうせ三日かそこらがいいところだろう。出掛けるにしても遠出は無理だ。何をするつもりだか知らないが。
歳を顧みず無駄に張り切る傾向がある和希のことだから、また奇怪な提案をしてくるかもしれない。
少しは自重しろと――英明にその資格があるかどうかは別として、一度諌めておいたほうがよさそうだ。


「休みは休むものだ」


そう返信してから数日、和希は土産と共に帰ってきた。
思ったよりは元気そうだが、疲労が顔に出ている辺りがやはり年齢の壁だろう。


「――中嶋さん!」
「…おかえり」
「あ、はい。ただいま戻りました…」


英明の部屋を訪れた和希は、英明の労いの言葉が意外だったのか、照れ臭そうに微笑った。


「…休暇のことだが」
「ええ、明日から。急で予約も厳しいかと思われるので、近場で何処か…あっ、もちろん中嶋さんの予定次第ですが」
「大きな予定はないが、出掛ける気もない」
「えっ?」
「このくそ暑い中、わざわざ人混みに出ていく必要がどこにある」
「うーん…じゃあプライベートビーチのあるホテルとか、クルージングとか…」
「海なら徒歩5分、それで十分だ。この島からは出ない。無論お前もだ」
「えぇ?そんな理不尽な話は納得できかねます」
「納得しようがしまいが、そんなことはどうでもいい」
「――命令ってことですか。それならせめて理由を聞きませんと」
「…知りたいか」
「………」


冷え冷えとした英明の声音と視線に、和希は自ずと口を噤んだ。
無論和希が、本来は自分の生徒である英明の戯言などに耳を貸す必要もないのだが、奴は強気に出ることもなく権威を振りかざすこともせず、 ただし不承不承といったていで、最終的に英明の独裁的な命に頷いた。


「――で?そこまで言うからには、何か計画があるんですよね?」
「ああ、ひとまずお前の課題を片付けるのが先決だな」
「うっ」
「どうせまだ1頁も手を付けていないんだろう?」
「い、忙しかったものですから…」
「そんなことは理解っている。手伝ってやるからさっさと終わらせろ。それ次第で、休暇の後半出掛けてもいい」
「ホントですか?言質を取りましたからね。約束ですよ」


単純な――フリであっても嬉しそうな表情は、無理を強いた英明の自尊心をくすぐる。身勝手極まりない話ではあるけれども。




翌朝から、さながら小学生の夏休みスケジュールのようにきっちりタイムテーブルを組んで、和希の課題を片づけ始めた。
普通クラスは何しろ量が多い。
いくら和希が優秀であって、速読の技術に長けていたとしても、かなり時間を食うことには変わらない。
四日かかって、何とか目処が立ったところでインターミッションを入れた。
「飴と鞭ですね、中嶋さんお得意の」と和希が微笑う。
学園島からは出ないと明言した手前もあって、与えたのは単なる海岸沿いの散歩。飴にもなっていないと思うが、和希はそれでもやはり嬉しそうだった。


「……中嶋さんのお蔭で、課題は片付きそうだし、十分休養も取れました。ありがとうございます」
「………」


何だ気づいていたのか、と顔には出さないで、砂浜を一歩先んじて歩く。
すっかり陽が沈んだ浜辺は、温気の中にも時折心地よい浜風が混じって、過ごしやすい。


「――さすがに夜は涼しいですね、日中が嘘みたいだ」
「旧盆も過ぎたんだ。そろそろ秋らしくなってきてもいい頃だろう」
「ですね、寂しいですけど」
「今のうちに何処か出掛けるか、この調子でいけば、課題も休み中に終わるだろうしな」
「え?いいんですか?やった!――あ、でも…」
「なんだ? ああ、お前の休暇がもう終わりか」


週明けにはほとんどの企業で盆休みが明ける。和希もまた同じように理事長に戻る。


「そうじゃなくて、えぇと…その、」
「――? 口籠るような恥ずかしいことか」


揶揄ったつもりだったが、和希の反応が眼に見えて変わるものだから。


「どうした、」
「…なんでも、ないです。ホントになんでも」
「仕事中はクールな上司というのが信じられないな。それだけ判り易いと」
「今はプライベートですから」


反射的に応じてから、余りにも当たり前すぎる答えだったと気付いて、和希はまた口籠った。
そんな反応をされればますます英明の加虐心を煽ることくらい、十分認識しているはずなのだが。


「急に熱でも出たのか?そんな赤い顔をして」
「違います――って」


額に手を遣ると、不機嫌そうな眼で見上げてくる。動揺はほとんど見せない。
英明の指摘にすぐに体勢を立て直してくるのはさすが年の功だ。


「…熱はないようだな」
「ないですよ、熱なんか」
「じゃあ何を拗ねている」
「拗ね…ってどうして急にそっちに話が飛ぶんですか」
「そう見えたからな」
「………」


しれっと嘯くと、今度は作り笑顔――で、強引に話題を逸らした。


「――あ、ここでも結構星が見えるんですね」
「………」
「さすがに天の川は無理のようですが、場所を考慮すればこれでも十分なんでしょうね」


夜空を見上げる和希の呟きに、釣られて英明も空を見上げた。
眼前に広がる黒い海と、境目の見えない夜空。都心に近い分、無駄な灯りが邪魔をして、見える星もまばらだ。


「そういえば、七夕がどうのと言っていたな」
「え?…あぁ、はい」
「俺が話を混ぜ返したせいで、願い事が出来なかったと今頃恨み言か?」
「そ――…そうですね。願いはほとんど叶ったので、それはないと言っておきます」
「ほとんど?」


意味深な和希の返事に、ここはあえて乗ってやる。


「中嶋さんと一緒にいられますように、と願いましたから」
「限りなく胡散臭い感じがするのは俺だけか」
「それは…中嶋さんの受け止め方次第ですよ?」


にっこり張り付いた笑みが、どこぞの犬を彷彿とさせるから、


「いつからそんな性格になったんだ?」


のらりくらりとかわして真意を悟らせない和希を、正面からぬ、と覗き込む。
ついでに腰に両腕を回せば、和希は大人しくその枷の中にすんなりと納まっている。


「…久しぶりですね」
「何の話だ」
「…こんな風に、中嶋さんの匂い…を近くで感じるのが」


煙草も煙草の匂いも嫌いなくせに、和希はすんと鼻を鳴らして英明のシャツに額を寄せた。


「そうだったか?」
「そうですよ。帰国してから一度も、…キスもしていない」
「………」
「もう俺に、飽きたのかなって。俺が居ない間に、誰か都合のいい相手を見つけたのかなって」
「そんな理由で拗ねていたのか」
「拗ねてなんかいませんって ただ少し…寂しいなと思っただけです。でも、
 無事帰国できて、また中嶋さんに会えて、それで十分贅沢なのに、課題を手伝ってもらったり労わってもらったり――
 それ以上望むのは間違っているなあって」
「世界はこんなに広いのに、オレは小さいなぁ…とでも続くのか?テンプレの見本のような台詞だな」


超能力者ですかと俯いたままで和希が微笑う。
どうせそう思い込みたいだけだということも、聡いこの男はそんなことくらい重々承知なんだろうということも、判ってはいたが口には出さなかった。


「――だが、欲求不満の対処法としてはあまり正しいとは言えない」
「勝手に決めつけないで下さいよ!」
「ムキになって否定すると余計に怪しまれるぞ」
「だから…っむ」


おもむろに両腕に力を込めると、押し潰された和希が妙な声を上げた。


「星なんてあてにならないものに願う前に、俺に直接言う方が余程手っ取り早いし効率的だと思わないのか?」
「………」
「何か言いたいことは」
「…情緒がなさすぎる。でも、」
「うん?」
「一理ある、かも」
「――」


強引に覗き込めば、苦い顔でそっぽを向く姿がたまらなく感じる。決して性格がいいとは言えない英明が、意地の悪い思いを抱くのも必然といえる。


「だったら、お前が口にすべき言葉はひとつだけだな」
「………」
「言わなくていいのか? 黙っていても――…」
「仮に俺が勇気を振り絞ってみても、相手が相手なので、そうか、って終わる気がするんですよね」
「それは致し方ないだろう。願いがすべて叶うものではないからな」
「そんな風だから…」
「面倒な男だな――戻るか。そろそろ消灯の時間だ」
「…相変わらず意地悪な人ですね、中嶋さんは」


黙り込んでいても埒が明かない。そもそも急かすつもりもない。
促すと和希は、投げやりな言葉をぶつけてきた。聞こえよがしに小さな声で。


「嫌がるお前にいやらしい言葉を無理矢理言わせるのは、意地悪と言えなくもないが…別にお前は恥ずかしがって言わないわけじゃないだろう?」
「は…」
「それとも…、おねだりの仕方から教えて欲しいアピールか?」
「だっ」


ふたりしてどうしようもない性格だから、悪ふざけも度を越すといつまでもキリがない。
いい加減切り上げるつもりでの挑発的発言は、勝手な思い込みでなければ、理無い仲であるところの相手には正しく伝わった筈だった。


「別に、言葉に出さなくても――キスぐらい、」
「――」


不意に和希が顔を上げ、負けん気の強い眼で英明をひと睨みすると、首を傾げて強引に口唇を押し当ててきた。
勢い任せで、キスというよりほとんど衝突事故だったが、どうやら本人は満足らしかった。
してやったりとでも言いたげな、ドヤ顔――とでも表せばいいのかこの場合――に、さすがの英明も苦笑するしかない。


「…さすがにこれはないな」
「――」
「子どもでももっとましなキスをする」


絶句した和希にはお仕置きにもならないだろうが、


「一からやり直しだな。みっちりとその躰に教え込んでやろう。今夜は特別授業だ」







−了−






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