:第57回アンケート: 【今年1年の感謝を込めてリクエスト募集】 1位 卒業後の二人 (6票) 2位 いつもの日常での、甘々なお二人v (3票) 投票ありがとうございました〜 |
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真夜中にふと目が覚めて、闇の中、すぐ近くから穏やかな気配を感じるとき、何とも言えない気持ちになる。 夜に覆い隠されていてもわかる、他に並ぶものがない端正なその姿は、いつまで経っても和希の心を掴んで離さないし、また切なくさせる。 英明が学園を卒業してかれこれ6年近くだ。 現在は法科大学院の院生であり、この後司法修習、考試、そして弁護士へと確実に歩んでいくであろう英明を見ていると、 不安――としか言いようのない感情が、足元を濡らす波のようにひたひたと押し寄せてくるのがわかる。 いつまでも自分の生徒ではなく、いつの間にか二十歳を数え、学園にいた頃に時折見せた、大人びた外見に相反するような年相応の子どもっぽさもすっかり鳴りを潜めた。 いつまで――飽きずにいてくれるのだろう。この美しい人は。 いつまで和希を隣に置いていてくれるのだろう。 「――おはよう、珍しくゆっくりだな」 「………おは、よぅ…?」 取り留めのない考えを巡らせるうちに再び寝入っていたようで、すでに周囲はすっかり明るく、闇の欠片もなく眩しいばかり。 寝返りを打つと、見慣れていてもどこまでも艶美な姿が視界に入り込んできた。 「朝飯はどうする」 「あーうん…」 英明はベッドの端に腰かけ、呆ける和希の顔を覗き込みながら微笑う。 「なんだ、具合でも悪いのか?」 「………」 英明の言葉は昨夜のことを暗に匂わせていて、無論それが理解できない和希ではないのだけれど、例え冗談交じりでも案じるような労りのような問いかけに、 切なさが蘇ってまた苦しくなる。 「――なんでもない。英明の顔に見惚れてただけ」 「何とも判り易い誤魔化し方だな」 「嘘じゃないって。ホント。もちろん学生の頃から格好良かったけど、最近特にそう思うし。これで弁護士になったら大変だろうなって」 「顔で弁護するわけでもあるまいし」 「そうだけど…やっぱり第一印象って重要だろ?今は特に」 法の場で私情に流されることなどあってはならないが、人の心というものは得てして流されやすいものでもある。 「TVなんかに出たりしたらそれこそ」 「飛躍しすぎだ。世の中にどれだけ弁護士がいると思っている」 「うん…」 言わんとすることはよく理解っているつもりだ。 けれど、と言い返したくなるのを堪えて口を噤んだ。 本当の不安は、見当違いの心配の根っこは、いつか…いずれ英明が和希の元を去って行くのではないのかという杞憂。 いつまでも手元に置いておきたいという、理事長と学生――庇護者と守られるもの…そんな 学生時代の関係性から、和希だけが抜け出せていない。 出来ることなら、弁護士としてある程度経験を積んでから、和希の会社へ企業内弁護士として勤めて欲しいと幾度か持ちかけたこともある。 形式上、社員であって和希の部下であるけれど、役員待遇でなら悪い条件でもないと思う。 「……またその話か。お前も懲りないな」 「そ…」 「司法試験さえまだ先の人間を、青田買いするにしても気が早すぎるな」 「………」 自分のエゴだってことも見抜かれているかのように、英明はいつも話を切り上げる。 離れて行って欲しくないだとか、そんなことは言えない。口にしたくない。 自分だけが英明のことを、一方的に好きだって、片恋だって認めてしまいたくない。 「――惜しいですよね。でも、一応頭の片隅に置いておいてください。気が向いたときには是非」 「ああ、気が向いたら、な」 「そしたら、気が向きついでにウチのイメージモデルもお願いしたいところです」 「お前…言ってることが矛盾しているぞ」 かなり強引に話を軌道修正したせいで、英明が堪え切れずに吹き出した。 そうでもしなければ、この堂々巡りから抜け出せなかった。 「だって勿体ないでしょう、それだけの器量を遊ばせておくのは」 「そんな粋狂なことを思うのはお前ぐらいだろうな」 「そんなことない。ウチの広報に打診すればすぐにでも――」 「……本当に今日のお前はどうしたんだ?変な夢でも見たのか」 「どうもしない…」 情けない話だと思った。地位や身分や所得や、そんなものでしか英明を繋ぎ止める術を持たない。 手放したくないのに、それを真っ直ぐ伝えることも出来ない。 出来るのは、冗談めかして誤魔化すことだけだ。 「――じゃあ…どちらか片方でいいのでお願いしますと言ったら?」 「どちらもお断りだ」 「絶対どっちかひとつ選ばないといけないなら?」 「……お前は大きな代償を払うことになるぞ?」 「え…?」 「見返りもなしで割に合わない仕事をさせる気か。随分と独善的な経営者だな」 「そんなことはない。きちんと見合った報酬を用意して…、モデルなら一時的だろうけど、インハウスローヤーなら」 いつの間にか年齢にも相応しくなった、その蠱惑的な笑みでもって、英明はぐっと和希の側に上体を寄せた。 「鈴菱の財力で俺の一生を買い上げるつもりなら、お前の側にもそれなりの対価が必要だ」 「た、とえばどんな…?」 「――例えばも何も、ひとつしかない。お前の」 「俺、の…?」 ごくりと息を飲み込んだのは、徐々に間合いを詰めてくる英明の圧倒的な美貌に眼を奪われたせいではなく、気圧されたからでもない。 …それもゼロではないにしろ。 「お前そのもの以外に何がある?」 「――今、なん…」 起き上がろうとしたところを制せられて、形ばかり浮いた背中が再びシーツに沈んだ。 逞しい両腕で組み伏せて、英明は尊大そのものの口調で語る。 「俺の人生が欲しいとお前が望むなら、いくらでもくれてやる。ただし、それに見合うのはお前の存在くらいだと、しっかり認識しておけ」 「英明…?」 本気を推し量るために、必死で何か問おうとするのだけれど、肝心な時に役立たずな口が上手く働かない。働いてくれない。 「英明は……、英明も――俺が、欲しい…?」 どんな答えが与えられても、これ以上を望んだら全てがぱちんと弾けてなくなるような気がした。 そんな心細さも、英明は易々と破り捨ててくる。 「…なんだ、もうボケたのか?そんなことなら今まで何度も言ったはずだぞ」 「聞いてない…俺じゃない相手に言ったんだ、きっと」 「――お前以外に言う相手などいないだろう?」 「それ、信じるよ…?」 英明は何も言わなかったが、了承の意だと悟った。 素直に認めるんだ?随分大人になったんだね、なんて言おうものなら、また機嫌を損ねるだけだろうか。 時間は無為に過ぎてはいなかったし、和希を置き去りにもしなかった。 「…歳を取るのも悪くないってことかな」 「誰の話だ」 「もちろん英明の」 「自分は歳を取らないつもりか?」 会話の合間にキスが、キスの合間に言葉が顔中に後から後から降って来て、くすぐったさに身を捩る。 「――ふふ、それもいいかもしれない。昔から英明の方が歳上に見えていたから、ちょうどよくなる」 「やめてくれ。お前が言うと洒落にならん」 「――?」 首を傾げると、英明は笑みの形の口唇で優しいキスをくれた。 −了− |
【アンケ御礼】2012 monjirou |